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夏祭(外伝六話)

本編と全く関係ない、完全一話読みきりです。暑さで脳汁垂れ流しの状態で書いてますので、ご了承ください。本当はフェーン現象を起こす風炎っていう魔物を倒す話にするつもりだったのに、字数の関係で全く違う内容になってしまったのは秘密です。

 エルドラゴ王国ナーモ平原、王国内では珍しい平原地帯の一角に、奴国なこく様式の建物がある。剣聖と謳われたウィリアムの剣術道場である。

「あらあら、和美ちゃん、ナオちゃん。二人とも良くお似合いじゃないの。奴国の職人に創らせた甲斐があったと言うものねぇ。やはり奴国文化の左右非対称アンシンメトリーの美しさは特筆に値するわ」

 道場主であるウィリアムは整えられた口髭を擦りながら悦に入った声をあげる。

 ウィリアムの前には、「浴衣」と呼ばれる奴国の着物に身を包んだナオと和美の姿がある。元々奴国出身の和美は浴衣の着こなしも慣れたもので、白と黒の市松模様に朝顔の花が幾つもあしらわれた優美な柄の浴衣に金色の帯を合わせている。長い黒髪はまとめて結われ、うなじがあらわになったその姿は少女趣味の権化であるような普段の服装とは全く異なる雰囲気を醸し出している。団扇うちわと呼ばれる竹と和紙で造られた扇で胸元に風を送る仕草は、百人の男を一瞬で虜に出来る魅力があるように思われた。

 ナオは眼が醒めるような真紅の布地に幾何学模様が不規則に散りばめられた浴衣で、紺と橙の帯を合わせている。エメラルドの輝きを放つ髪は側頭部で結われ、獣の毛で覆われた耳の下から長い尻尾が生えてような髪型になっている。髪の緑と浴衣の紅の対比コントラストが美しく、実年齢より幼く見える童顔との相乗効果により、可愛らしい印象を与えている。右手に下げる巾着と呼ばれる小物を入れる袋は希少種の火蜥蜴ファイアリザードの皮膜で作られている。

「普段締め付けられない部分に帯があるから、なんだか動き難いです」

 ナオが上半身を左右に捻りながら自分の後姿を確認しようとする。常時体を覆うクロークを羽織り猫背気味なので、浴衣だけでは心許ないようだ。

「帯には姿勢を正し、佇まいを優美に見せる効果もあるのよ。多少のことは我慢なさい」

 自身も「甚平」という奴国の服を羽織っているウィリアムは然り顔で頷き、二人の美女の浴衣姿に見入っていた。

「でも、こんなに高級そうな浴衣、ほぼ初対面のわたしたちが本当に頂いて良いんですか。何だか悪い気がするんですけど」

 上目遣いで遠慮がちにナオがウィリアムに訊ねる。

「良いの、良いの。アタシは剣術師範だった頃、国から生まれ変わっても使いきれない程の謝礼を貰ってるからね。今日のあなたたちの浴衣は金貨百枚にも満たないわ。中年の道楽だと思って受け取っておいてちょうだい」

 事も無くウィリアムは答えたが、値段を聞いたナオは軽い立ちくらみを覚えた。

「それにしてもアタシの弟子はまだかしら。ちょっと、姫。諦めて出てらっしゃい」

 更衣室にいるもう一人の女性にウィリアムは声を掛ける。師の声に応え、仏頂面で更衣室から出てきたのはアンジェリナだ。淡い黄色と白が入り混じった明るい色彩に牡丹の花が咲き誇る浴衣に白い格子模様が入った紫の帯の組み合わせで、亜麻色の髪には稀少鉱物が輝きを放つかんざしが挿されている。左の手首には、奴国の若い女性の間で流行している、西国の言葉で「可愛らしい」と言う意味を持つ、輪の形状の髪留め(シュシュのこと)をブレスレットとして着用している。

「……し、師匠。依頼は城下町の夏祭りの警護だと聞いていたのですが、どうして私たち三人はこのような出で立ちをしなければいけないのでしょうか」

 耳まで真っ赤にして、アンジェリナはウィリアムを見遣った。やはり着慣れない奴国風の服装にアンジェリナも戸惑っているようだ。

「何言ってるの。折角の夏祭りだもの、警護と言っても甲冑を鳴らしながら剣をぶら下げて行くなんて野暮な事ができる訳ないでしょ」

「そうですよ。アンジェリナ様、よくお似合いですよ」

 ウィリアムの適当な返事にナオが無責任に何度も深く頷いた。

「様付けで呼ぶな。あと、そうですよ。よくお似合いですよの意味が解らん。それ相槌になってないだろ。……和美殿からも何か言ってくれ」

 ウィリアムよりも粘着性の強い纏わりつくようなナオの視線に悪寒を感じながら、アンジェリナは和美に助けを求めた。

「仕方ないでしょ。わたくしたち三人がかりで、ウィリアム殿から一本も取れなかったんですから。ここは潔く諦めて言う事を聞くしかありませんわ」

 三人はウィリアムと賭けをしたのだ。それは、三対一の勝負で、アンジェリナたちが勝てばウィリアムから秘蔵の武器を譲り受け、ウィリアムが勝てば無償でアンジェリナたちに依頼を受けてもらうと言うものだった。結果、たった数秒でアンジェリナたちは首元に模擬刀を叩き込まれ惨敗した。

「五年以上師事しているが、あんなに殺気立った師匠を見たのは初めてだったよ」

 深い溜息と共に観念したアンジェリナは、連れ立って城下町に繰り出すことにした。


 風炎フェーンと呼ばれる、ミーミル山から吹き降ろす風が齎す特殊な気象条件下にあるエルドラゴの城下町は、日が落ちても気温が下がることがない夏特有の不快な夜であった。それでも、祭囃子や紅白の提灯、立ち並ぶ屋台が町を彩り、この日だけはエルドラゴ城下町は奴国のような異国風情を作り出していた。

「おお、誰かと思えばアンジェリナ殿たちか、今日は一段とお美しい」

 城門で恭しく礼をしてきたのは五郎丸だった。ウルフやリキュールも各々武器を携え、不審な者が出入りしないか城門を守っているようだ。

「ご機嫌麗しゅう、皆様。あら、でも皆様も警護に当たりますの。わたくしたちも祭りの警護に来たんですのよ」

「今日城下町を守るのは俺たちのギルドのみだ。この前花見をして休ませてもらったから、その代わりと言っちゃなんだが……。だから皆は祭りを楽しんでくれ」

 和美とウルフのやり取りを聞いて、アンジェリナは殺気を孕んだ視線をウィリアムに向けた。髪に挿した簪にあしらわれた鉱石が、アンジェリナの魔力に呼応して怪しい光を明滅させる。

「あら、そうだったかしら。変ねぇ。報告連絡は密にしないと駄目ね」

 他人事のように白を切るウィリアムに斬りかかりたい衝動を抑え、アンジェリナは再び溜息をついた。

「こうでもしないと、姫は浴衣で城下町の夏祭に来る事なんかないでしょ。折角の宴を楽しまないなんて、人生の浪費でしかないわよ」

 勝手な持論を展開させたウィリアムは五郎丸に武器を預けて、鼻歌混じりの軽い足取りで城門の中に入っていく。

「してやられましたわね。アンジェリナ殿」

 肩を落とすアンジェリナの隣に立つ和美が、含み笑いをしながら前かがみになって顔を覗きこむ。

「和美殿。あなたも知っていたのか」

「ふふ、どうかしら。でも師匠からのご厚意は素直に受け取らなければ、人の道に反しましてよ」

 そう言われて返す言葉もなく、アンジェリナも武器を預けて城門をくぐった。

 大戦後に催されるようになった城下町の夏祭は、今年で五回目を迎える。国交のある奴国からの支援や、各ギルドの寄付などにより、市民はほぼ無償で祭りを楽しむことが出来るのだ。

 浴衣を纏った三人の美女の姿は、祭りに来た市民の眼の保養になった事は言うまでもない。どの露店でも器量良しの三人は優遇され、アンジェリナは恐縮するしかなかった。


 調味料により過度に味付けされた鉄板で炒められる黒い麺や、綿毛のような砂糖菓子、果実がそのまま入った氷菓子などを堪能した後、一行は冒険者特権で城壁に昇った。だが、入り口ではあれほど元気だったウイリアムは別人と思われるほど落ち込んでいた。

「どうしたんですか、師匠。どこかご気分でも」

 座り込む剣聖にアンジェリナは声を掛ける。それ以上の言葉を見つけられないほど、ウィリアムの憔悴は激しかった。

「だって、これだけ美人を揃えてるのに、たった一人もイイオトコが声を掛けて来ないなんて……」

 どうやらウィリアムはアンジェリナたちを餌に言い寄ってきた男を横取りするつもりだったらしい。アンジェリナ、和美、ナオの三人は、男からしてみれば大きすぎる程の釣り針であるが、相手がプラチナランクの冒険者となれば話は別だ。遠巻きに眺めるのが関の山で、声を掛けてみようと言う無謀な男は居なかったようだ。

 ウィリアムの本心を知ったアンジェリナは瞳を閉じると、この日何度目かの溜息をついた。

 不意に大きな爆発音が響き、続いて細かな破裂音が重なった。見上げると、漆黒の夏の夜空に大きな光の花が幾輪も咲き乱れた。

「こんな特等席で花火を見られるなんて、ウィリアム殿に感謝しなくてはならないですわね」

 和美の言葉にアンジェリナも頷いた。出店を回る間に町の活気や人の優しさに触れ、知らずに笑顔になっている事に気がついていたからだ。

「また来年も一緒に夏祭に来たいです。隊長」

 顔を赤くして、ナオがアンジェリナの浴衣の裾を掴む。

「そうだな。我々は一人ではない。この花火を見上げる人の数だけ、町には日々の幸せも存在する。それを守るのが私たちの仕事だ。誰一人欠く事無く、また来年の夏祭を皆で迎えられるよう努力しよう」

 そう言ったアンジェリナの語尾に一際大きな爆発音が重なり、花火を見上げる三人の顔を空に舞った幾つもの光の粒が美しく照らしていた。

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