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奮戦

 夕陽によって紅く染め上げられた視界の奥にアンジェリナは十体程の魔物の影を確認した。プラチナランクの冒険者にとって、遅れをとる数の相手ではない。だが、姿を確認するより先に、周りの空気が異常を知らせる。アンデッドが放つ肉の腐乱した匂いがアンジェリナの嗅覚に突き刺さった。

「これはこれは、クォーツの君か。私一人で始末したら、また和美殿に怒鳴られてしまうな」

 アンジェリナは苦笑いすると、短く気合の声を上げ、目標に向かって駆けていく。

 相手の存在が機密事項のクォーツを所持している可能性があると判明した以上、戦闘の目的は防衛から殲滅に切り替えられた。被害を出さない為、また宿場の市民になるべく存在を悟られないようにする為、出来る限り宿場から離れた場所で応戦する必要がある。先程振りかけたリモの実の馨によって、数匹の魔物がアンジェリナの存在に気付く。

「良い子だ。気が付いてくれた。私から眼を離すなよ」

 魔物は人間では計り知れないような力や特殊な能力を有しているが、行動は読みやすい。目標が決まれば連携や協力なしで我先に相手に向かって殺到してくる。

 アンジェリナは素早く人間二人がやっとすれ違える程しかない細い道まで移動すると、眼を閉じて精神を手にした槍に集中する。体内の魔力に応じて槍が獲物を求めて怪しく発光する。再び眼を開いたアンジェリナの視界には既に眼前まで獰猛な唸り声を上げて突進してくる半死半生のアンデッドとなったジャッカルの姿が確認できたが、瞼を開けたと同時に槍から放たれた冷気を帯びた衝撃波が一瞬にしてジャッカルの身体を骨ごと粉砕する。衝撃波は二匹のジャッカルを灰燼に帰らせ三匹目の顔面を叩き潰した。首の無くなったジャッカルの胴体が地面に倒れ込むより早くアンジェリナは大地を蹴って跳躍していた。重力の束縛から解き放たれたような身ごなしで、細い道を通り過ぎると山道にある広場の入り口に躍り出た。

「あと、七つ」

 アンジェリナは頭上で槍を回転させて、付着したリモの実の粉末を周りの大気に拡散させ魔物の注意を引き付けた。一メートル程の体長と同じ長さのある鋭い毒針を突き出した殺人蜂の一突きを、盾を絶妙な角度で掲げていなす。盾を持つ左手に衝撃が残っていたが、アンジェリナが一歩踏み込んで頭上から槍を一気に振り下ろすと、寸分の狂い無く槍は殺人蜂の身体を真っ二つにした。体液を撒き散らしながら地上に落ちて二つに分かれた殺人蜂だった物の六本の足が細かく痙攣を起こしくうを掻き毟っているのに眼もくれず、アンジェリナは槍に蓄積された魔力を解放した。アンジェリナを中心とする半径二メートル程の大地に円が描かれ雨水として染み込んだ水分が一気に凝結し無数の氷のやいばとなって地面から突き出してきた。それはリモの実の馨によって引き寄せられアンジェリナに向かって来た二匹の毒蜘蛛の八本の足を切断し、丸々と膨れた腹部を易々と貫通した。

 地上からの氷の剣から逃れていた殺人蜂が頭上から急降下してアンジェリナの頭部を毒針で狙う。必殺の一刺しを首をかしげて紙一枚の隙間でかわすと、アンジェリナは無防備になった殺人蜂の左の頭部を渾身の力を込めて盾で殴りつけた。盾越しに確かな手応えが伝わり、押しつぶされて行き場をなくした頭部の体液が殺人蜂の右の複眼を破って噴出する。力なく二対四枚の羽を数回羽ばたかせたが、頭部の大きさが半分になった殺人蜂が再び宙に浮かぶ事は無かった。


 残り三体は人型。先刻に対峙した冒険者のように浅黒い肌に紅い瞳を輝かせてアンジェリナに向かってくる。恐らく一番奥にいる一体がくだんのクォーツを持って居ることは容易に想像出来たが、アンジェリナは後悔していた。専守防衛の装備で槍、盾、甲冑を選んで来たが、三体のアンデッドは全て片手で振るえる斧を携えている。軽装な斧遣いを相手に懐に飛び込まれて斧を振り回されたら得物(携行している武器の事)の射程が長く取り回しが利かない槍では甚だ分が悪い。

 槍と盾を捨てて予備の刀で対応するか、盾のみを捨てて槍を薙刀なぎなたのように振るうか判断しかねている所に二体のアンデッドに左右から挟撃された。左からの斬撃を盾を翳して受け止めると、乾いた音を立てて金属が灼ける匂いが一瞬立ち込める。アンジェリナは左足を払ってアンデッドを転倒させ、右からの横殴りの一撃を、突き出した槍の穂先で弾き返した。人間の指二本にも満たない幅でぶつかり合った両者の力でアンジェリナの槍とアンデッドの斧は双方とも音を立てて砕け散った。お互いに体勢を崩し一歩ずつ後退する。アンデッドが人間の拳が入るくらい大きな口を開けて雄叫びを上げ、死臭を撒き散らす。

 相手の威嚇に微塵も臆する事無く、アンジェリナは素早く手にした槍を反転させると、開いている相手の口腔目掛けて槍の柄を突き刺した。吸い込まれる様に突き刺さった槍はアンデッドの前歯を砕き、咽を突き破り、頚骨を貫通して後頭部から飛び出した。人間であれば即死の致命傷であるが、相手は手首を切り落とされても立っている事の出来るアンデッドである。アンジェリナはもはや柄だけになった槍を引き抜く事無く、体勢を低くして腰に下げていた刀を抜き放った。

 抜刀術は刀を扱う者でも会得するのが難しい技術である。の国で発祥し、永い年月を掛けて武術から「道」と呼ばれる精神論にまで昇華させられた、刀を遣う剣の道は、一対一の局面に於いて無類の強さを発揮する。

 一歩の踏み出しによって生まれる突進力と腰の微妙な回転によって生み出される僅かな遠心力を利用して抜き放たれた神速の刀身は、アンデッドの鎧の胴と腰の繋ぎ目を打ち砕き、そのまま腰を両断した。大量の血と共に上半身が鈍い音を立てて地面に落ちる。

 ここまではアンジェリナが思い描いている通りの展開だった。だが、次の瞬間予想だにしない出来事が起こる。数秒前に転倒させたアンデッドがアンジェリナを後ろから羽交い絞めにしたのだ。本来なら組み付いた所で魔物同士での連携など有り得ないのだが、その光景を見ていた残り一体のアンデッドの口角が醜く釣りあがった。笑ったのであろうか。

 二本足で立っていた最後の一体は斧を投げ捨てると腕を前足のように使って眼を血走らせてアンジェリナに駆け寄って来る。

「ワーウルフかっ」

 アンジェリナは狼狽しながらも襲い掛かってくるアンデッドの顔面を長靴ちょうかで粉砕すべく狙いを定める。こちらの首筋を狙ってくるであろう鉤爪の軌跡を予測して蹴りを繰り出した。

「なにっ」

 アンジェリナの蹴りはしかし、虚しく空を斬っただけで突進してきたアンデッドには当たらなかった。それ以前に、相手の狙いはアンジェリナの首ではなく、腰に下げている麻の袋だった。指の長さと同等の長さを持つ鋭い爪が、麻の生地で作られた袋を切り裂く。薬草や地図などが地上に落ちると同時に三つの蒼く発光する球体が地面に弾んだ。

「狙いは最初からクォーツか」

 羽交い絞めにされたまま叫ぶアンジェリナに一瞥もくれず両手に一つずつ、そして狼の様な口に一つクォーツを咥えるとアンデッドは今度は二本の足で走り出した。

「待て、それを持っては行かせないっ」

 声の限り叫ぶがクォーツを奪ったアンデッドは振り返りもしないで獣道のある草むらに逃げ込もうとしていた。

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