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国境

 エルドラゴ王国、東方国境。なだらかな丘陵地が続く穀倉地帯だ。軍事大国として栄える王国の国庫を支える小麦、米などの穀物はその半分以上が、国境近くで収穫される。それは隣国ファールス共和国との国境を流れる大河が齎す恵みであり、エルドラゴ王国とファールス共和国は穀倉地帯を巡り、歴史上幾度も小競り合いを繰り返してきた。だが、戦争は穀倉地帯を耕す農村の国民にも悪い影響しか与えない、と言う考えから両国はここ数十年平和的な関係を築いてきた。

 ファールス共和国は五年前に魔物に襲われたエルドラゴ王国に対しても支援を行っており、こと外交に関しては失策が多いエルドラゴ王国も、ファールス共和国との関係だけは崩したくないと見え、両国の関係は良好と言えた。従って国交も盛んであり、貿易だけでなく、情報や冒険者の行き来も頻繁である。


「相変わらず、東方国境だけは平穏そのものじゃな。これで魔物さえ出没しなければ、憂いはないんじゃが」

 馬上のエンプレスは夏の日差しが降り注ぐ穀倉地帯を見渡し感心した。広大な穀倉地帯には延々と広がる小麦畑は秋の収穫を待っている状態である。大事な穀物を魔物に奪われないため、常時ギルド委員から冒険者が派遣されており、詰め所には百人を超える冒険者が控えていると言われている。

「さあ、早く目撃情報があった村に向かいましょう。いつまで彼等が国境地帯に居てくれるかわからないのですから」

 スレイプニルがエンプレスの隣に馬を進ませて催促する。栗色の長い髪が穀倉地帯を渡る風を受けて、微かに波打つ。

「そうじゃな、本来ならゆっくり湯浴みでもしたいところじゃが、我等は物見遊山に来たわけではないからの」

 エンプレスは嘆息し懐から国境の通行許可証を取り出し確認した。証書にはエルドラゴ、ファールス両国の印が刻まれており、この許可証があれば国境を自由に往来できる。

 エンプレスが許可証を懐に戻していると、国境の橋からこちらに向けて先行していたグレイプニルが馬を走らせてくるのが見えた。

「国境警備隊に確認が取れたわ。つい数日前、突然現れた魔物をたった二人で討伐した冒険者が居たとの事。間違いなく彼等かと……」

 エンプレスの一行はその冒険者に合うために国境に来ていた。頷き合った四人は馬を走らせて、隣国ファールスへ向かった。



「で、どう言う魔法を使って、俺がここで襲われると解ったんだ。しかも後方に陣を敷いて待ち構えているなんて、悪趣味にも程があるぜ」

 ムスペル山近くの村で、元老院シュウの私兵ナイトメア隊を打ち負かした五郎丸にウルフは詰め寄っていた。事前に、敢えて単独での旅をしてその行程で襲撃を受ける可能性があり、それを逆手に取る策を五郎丸の邸宅で伝えられてはいたが、あまりに都合の良い登場に間者(スパイの事)を使っているのではないかとウルフは思っていたが、五郎丸の答えは異なっていた。

「別にここだけに網を張って居た訳じゃない。お前がゆるゆると旅をしてくれたお陰で、ブリギッドへの街道にある近隣の村全てに於いて、敵の奇襲に備える事ができた」

「何が備えるだ。村人は全滅だぞ。お前、あの惨状を見なかったのか」

 悠々と答える五郎丸にウルフは掴み掛かった。黒い鎧を来た冒険者の姿をした悪鬼が、村人の死体を切り刻んでいたのをウルフは思い出し、吐き気がした。

「あれか。あれはホムンクルスの出来損ないだ。ブリギッドの武器商人から産業廃棄物の始末を頼まれていてな。丁度良い機会と思って、村に詰めている冒険者に頼んで、村人の代わりに置いといたのさ。他の村も同様だ、一般民に被害が及ぶ事は罷りならんからな。村人は少し離れた安全な所で待機してもらっている。破壊された住居などは国から補償するさ」

「五郎丸。お前、兵が村の人間を襲う事が解っていたのか」

 ウルフの疑問に五郎丸は一つ頷いた。

「確信があった訳ではない。だが、おそらく奴等は武器に呑まれている、リビングデッドのような状態だろう。通常の精神を持っていれば冒険者は村人を襲わないからな。図らずも、奴等は自身の正体を晒した事になる」

 平然と言って見せる五郎丸にウルフは舌を巻いた。この男はたった数日で戦場になる村を予想して村人を避難させ、自らは反逆罪で捕らわれた振りをして陣を敷き、更に相手の正体まで探り当てようとしていたのだ。

 確かに村で見た冒険者たちは無心に死体に武器を振り下ろしていた。新しい武器を手に入れた時は試し切りをしてみたいのが、冒険者の性ではある。だが、その相手を人間に選ぶ事は常軌を逸している。

「ただ、ここら一帯の村全てが対象だからな。余った違法な肉塊をどう処理するか、頭の痛い所だな」

 五郎丸は苦笑いをしてその場を後にした。これから事後処理をするのであろう事は明白で、事務仕事が苦手なウルフは邪魔をしないようそれ以上の追求を諦め、五郎丸の背中を見送った。


「こうも簡単に思い通りになるものかね。いつも思うが、あいつが味方で良かったよ……」

 ありふれた感想がウルフの口から漏れる。統制の取れていない魔物相手の戦闘であれば、個人の武勇で打開できる事もある。だが、人間相手であれば、戦略、戦術が戦況を決めることが多い。今回の様にほぼ同数の相手に対して、圧勝などは極めて稀な事である。

 一度ひとたび戦端が開かれれば、五郎丸の策で打開できない戦は無いように思われた。だが、それは戦闘が始まると言う事が絶対条件であり、未然に防ぐ事が難しい。事態が起こりえる事を予見できたとしても、それが神ならざる身の限界であり、いつ誰が行動を起すかまでは予想できない。


 そして、王都ではまさに、五郎丸でさえ予想しなかった出来事が起きようとしていた。

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