襲撃
エルドラゴ城の城壁から南西に広がる平原、小高い丘の上に小さな冒険者の住居がある。まだ「ブロンズランク」の冒険者のその住まいは、庭も小さく、造りも木材で建てられた質素なものである。
「中の様子はどうだ」
覆面を被った男は、冒険者の住居が見える雑木林の中で、隣で身を潜める仲間に声を掛けた。腰には片手剣を下げ、身に着けている鎧は不気味な光沢を放っていた。
「目標の女は住居の中にいる。いつもの女が三人、部屋に入って行ったが武器は持っていなかった。この人数で仕掛ければ何の問題も無く制圧する事ができる」
確かに、武装した仲間は自分を入れて七人いる。非武装の女性相手であれば充分過ぎるほどの勝算がある。覆面の下の口角が醜く吊り上り、頷くと行動を起こす決心をした。
「焦るな。監視を続けて三日。毎日女が出入りしている、罠ではないのか」
別の仲間が慎重な意見を述べたが、リーダー格の男の考えが変わる事は無かった。
「構うものか。金髪の女を拉致し、残りは慰み物にでもすれば良かろう。我々には大義がある。主も我々の行為をお赦しになるだろう」
三日間監視を行い、部屋に入って行く女性が美しい事は解っていた。敢えて知り合いらしい女性たちが居る間を襲撃を選んだのは、その三人の女性を自分たちの欲望の捌け口にしたいからだ。女一人を拉致してくるだけと言う退屈な依頼には、何か特別な報酬が無ければやりきれない。
襲撃は夜明けが選ばれた。真夜中は相手も警戒している可能性がある。緊張が途切れる夜明けを選んだのは悪い選択ではない。男たちは標的の女性の身柄を確保した後、どのように残った女性を嬲るかを考えるのに一晩を費やしてその時を待った。
白刃を連ね欲望に眼を血走らせながら、正面の扉と三カ所の窓を破って侵入した男たちを待っていたのは、寝入った女性の姿でも、助けを求める悲鳴でもなく、鈍い光を放つ槍の穂先だった。
「我等がギルド長は全てお見通しじゃ。地獄の門番の前で寝入った女性を犯そうとした罪を告白するがよい、下郎が」
それが一番先に部屋に闖入した男が聞いた最期の言葉になった。エンプレスは喉を貫いた穂先を引き抜くと、槍を半回転させて、息絶えた男の体を柄で突き飛ばした。死体となった男が後から入ってきた男に覆いかぶさり進路を塞ぐ。紅い髪を振り乱して上半身を回転させ薙ぎ払われたエンプレスの槍は、二人の男の首を同時に切り飛ばした。噴きあがった血液が天井にまで届き紅い染みを作る。
「手ぶらで待っているとでも思いましたか。己の浅はかさを呪いながら逝きなさい」
グングニルの姉の一人、スレイプニルは一合で相手の剣を叩き落すと、返す刀でがら空きの胴を貫いた。相手が絶命するより早く剣を引き抜き、襲い掛かってきたもう一人の相手の剣を手首ごと切り落とした。絶叫を上げて己の無くなった手首を見つめる男の口に片手剣を突き刺して永遠に黙らせる。
「この程度の手勢で押し入ってくるとは、舐められたものですね」
グングニルのもう一人の姉、グレイプニルが魔力を込めた攻撃を繰り出す。男は盾で防いだがグレイプニルの刃に宿った炎が男の体を包む。肌を焼かれ地面をのた打ち回る男の手首を落として無力化させると、身を翻して別の男からの攻撃をかわす。空中で印を結び、着地と同時に放たれた氷の魔法が男の顔面を捉えて一瞬で凍らせる。グレイプニルは再度飛び上がると、動きが止まった男の氷付けの頭を両断した。叩き割られた頭蓋から氷菓子状になった脳が零れ、紅い血が透明な氷を染めていく。
たった数秒で自分を除く全員が命を落とした。五郎丸の唯一の弱点であると噂される女補佐官を拉致する計画はまんまと失敗したのだ。欲望に眼が眩み、慰み物にしようとしていた女性がプラチナランクの女性冒険者である事を見抜けなかった己の愚かさを嘆いても手遅れだった。
もはや目的はおろか、切りかかる事も忘れて男は立ち尽くした。視界の正面に捉えたリンカの手から放たれたクナイが眉間に刺さり、哀れな冒険者は即死した。
「もうこの手の襲撃には飽き飽きしたわい」
辟易した声を上げて、エンプレスが無駄と知りながら死体の検分をする。恐らくこの男たちは身分が明らかになる物を持ち合わせていない。
「でも流石は五郎丸。見事襲撃を予見しましたわ」
スレイプニルは剣を振って血を払い落とすと静かに鞘に納めた。剣技に於いてギルドでも髄一の腕を持つと言われる女剣士は栗色の胸まで届く髪をかきあげて、この場に居ないギルド長を称賛した。
「私に家に帰ってから武器を練成させてたのは、この為だったんデスね」
床に転がる死体にやや怯えながらも使命を果たし、リンカは安堵の溜息を洩らした。相手にリンカたちが丸腰だと思い込ませるため、五郎丸はわざわざ慣れない練成をリンカに頼んでいたのだ。元々練成師ではないので、精度は落ちるがリンカの練成した武器は一回の戦闘をこなすには充分な強度であったと言えた。
「この邸宅が使えなくなったことは損失であるけど、後は予定通りここを焼き払って、次の目的地に向かいましょう」
窓から外を窺い増援が無い事を確認したグレイプニルは、淡い色の髪を片手で押さえて周りの冒険者に出立を催促する。
どうやら事態は動き出したようだ。それがこの国や世界を変えるかもしれない戦いになることは、ギルドの全員が承知していた。ウルフが酒場へ向かった次の日に、ギルドの全員が「牧場」に呼び出され、事の経緯を聞いた。敢えて雑草以外に何もない庭で会合が行われたのは、他の誰にも盗聴されないためだろう。
「まあ、ここが住めなくなっても愛しの五郎丸の邸宅に転がり込めば良いのだから、リンカ殿に損はないと思うが」
エンプレスが意味有りげな視線をリンカに送る。
「そうそう。これからは俺の家で守ってやるって言われる流れよね。これは」
スレイプニルもにやけながら自分の肩を抱きながら身もだえする。
「あんな狭い邸宅に男女が一緒に住んだら、間違いの一つや二つは起きて当然ね」
グレイプニルは割られて硝子の無くなった窓を閉めると、然り顔で深く頷いた。
「何を仰るんですか。みなさん」
予想通りのリンカの返答に三人は笑い出し、哀れな男たちの死体を跨いで血の匂いが溢れる邸宅から外に出た。
「さて、国賊になるか官軍になるか。どちらになるにしても退屈だけはしなくて済みそうじゃな」
無責任な笑い声を上げると、エンプレスは馬に飛び乗り騎乗の人となった。グレイプニルとスレイプニルもそれに倣い馬に跨る。エンプレスがリンカの手を引き後ろの鞍に乗せる。最終的な合流地点は決まっている。だがそこに辿り着くまでに追手が迫る事も予想できる。それを振り切るのは容易ではないが、仲間との再会と言う新たな目標が出来たと考えることにして、エンプレスは馬の腹を蹴った。
焼け落ちる小さな邸宅を背に、馬蹄の音を響かせて、四人を乗せた三つの騎影は東へと向かっていった。