知将
「デイモスまで使ってくるとはな。奴等には失うものは何も無いと言う所か……」
蒸し暑く狭い部屋で回転を続けるオベリスクストーンに書き込まれた思念を読み込みながら、五郎丸は溜息をついた。和美の予想通り、アンジェリナ一行がヴァナクで戦っている事を世に拡散させ、遠く離れた王都から戦場の士気の高揚に一役かったのは、この男である。
隠密行動を取らせていたが、どうやら相手はこちらの動きを察知している。それでも制裁を加えてこないのは、敢えて泳がせている可能性が高い。ならば遠慮する事無くアンジェリナの名声を利用させてもらったのだ。今回の件は表立って元老院にたてついている訳ではなく、相手が調査対象のアンデッドだった訳でもない。ヴァナクの町を守ると言う大義名分があればこその手段だったと、五郎丸自身は考えていた。
出たとこ勝負をしているかに見える五郎丸だが、この男はいくつもの事態の成り行きの分岐を最初から頭に描いている。「裏が出るか表が出るか」言う考え方ではない。表が出たときの対処、裏が出たときの対処を其々用意しているのだ。しかし、人工的な魔物であるデイモスが使用された事を考えると、相手の出方について、更に幾通りかの可能性を今後用意しなければならないのは明らかだった。
五郎丸の手元にはアンジェリナから密かに送られたテイマーが所持していた装置が置かれている。数日間による解析にも関わらず、未だ詳細は不明。原因はクォーツやオベリスクストーンと同様、古代技術が用いられているからだ。いくら先見の才能がある五郎丸であっても古代技術の解明は困難である。
「せめて何処で造られた物かさえ特定できれば、相手の尻尾を掴めるんだがな」
聞こえるような声で独り言を洩らすと、部屋の戸を叩く音がした。返事をして部屋に迎え入れたのは、ギルドの冒険者ウルフだった。
「不景気な面をしてるな。エルドラゴきっての知将もお手上げと言ったところか」
冷やかしの言葉を浴びせて笑い声を上げると、ウルフは持っていた麻の袋を開けて五郎丸に渡した。中には採取した鉱石や、討伐した魔物から得た素材を売って手に入れた金貨が詰まっている。ギルド長の五郎丸が情報収集に専念していたとしても、ギルドに登録している他の冒険者はそれぞれ依頼をこなさなければならない。ウルフは五郎丸の指示でミーミル山脈に魔物討伐に出向いていたのだ。袋の中の鉱石をいくつか抜き取り、残りは報酬としてウルフに手渡す。五郎丸は金に頓着があるほうではないので、最低限のギルド運用費を除いて、入手した素材や金貨はほぼ冒険者へ報酬として与えてしまう。
「まあな。ああもあからさまに行動に出るとは意外だったよ」
言いながら五郎丸は目配せをした。卓の上を走り文字を刻んでいく五郎丸の指をウルフがすかさず追いかける。その文字を読んだウルフの口角が不敵に吊り上る。
「それでも、想定外という事ではないのだろう」
返事をしながらウルフも指で文字を刻み、五郎丸に意思を伝えた。
「だが、幾つか確認しなければならん事がある。帰ってきたばかりで悪いがヴァナクのアンジェリナ殿に伝言を頼まれてくれないか。あと、ブリギッドの店主に装置の解析を頼みたい。悪いがそちらも届けてくれ。誰か同行させるのであれば、人選は任せる」
「人遣いの荒いギルド長だ。まあ、この程度の依頼なら俺一人で充分だろ。報酬は弾んでもらうぜ」
下世話な声を出しながら、ウルフは更に文字を刻んでいく。声とは逆にその指先は緊張で震えていた。
「済まぬな。俺はなかなか王都を離れられん身でな。自由なお主たちが羨ましくもある」
「王都に愛しの補佐官殿を置いたまま遠征は出来ぬか。とんだ弱点を抱え込んだものだな」
唾を飲み下したウルフの顔を見て、五郎丸はゆっくり頷いた。オベリスクストーンを通して会話が盗聴されている可能性がある。それを逆手にとって五郎丸は二重の策をとったのだ。何もなくウルフがブリギッドとヴァナクに到着すれば良し、そうでなければ五郎丸の張った網に相手が足元を掬われる事になる。
「五郎丸の腕の見せ所だな。さて、俺の今日の仕事は酒場で今の話を無差別にばら撒く事かな」
館を出てから報酬の麻袋に手を入れ金貨を取り出すと、上機嫌でウルフは鼻歌混じりに呟いた。このままお遣いをするだけでは面白くない。是非とも先程の会話が盗聴されていてほしいところだが、万全を期したいウルフは、ヴァナクとブリギッドへ赴く事を自主的に言いふらすべく、冒険者が集まる王都の酒場へと向かった。
小物を釣り上げる気は毛頭ない。大物を釣る場合には、釣り針もそれ相応の大きさのものが必要である。その事を五郎丸のギルドの冒険者は知っている。
「面白くなってきたな。賭け金が俺と補佐官殿の命だけと言うのが癪に障るが、貸しにしておいてやるか」
口ではそう嘯いているが、今回の依頼は戦闘の相手が魔物ではなく人間になる可能性がある。魔物を斬る事と人間を斬る事は全く別の事だ。どれだけ自己を正当化しても、人を殺めた業を背負わなければならない。ウルフも冒険者として人を斬った事はある。だが、同じエルドラゴに住まう者同士が血を流し合うのは出来れば避けたい。そう思っているのは五郎丸も同じであることは間違いない。最優先事項として、無関係な王都の市民を巻き込まない事を掲げているはずだ。だからこそ、今回のような策を採ったのだろう事は、ウルフには容易に理解できた。
さっさと五郎丸が権力を振るえる地位について、国の安全を守ってほしいものだと思う一方、冒険者としての愉しみも奪われたくないと言う二律背反を感じながら、ウルフは酒場へと消えた。




