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前夜(挿話其四)

 二年前、王都エルドラゴ。


 多くの犠牲を払った魔物との大戦が終結し、三年が経過した。城下町では復興が進み、ギルドや冒険者に対する法整備も整いつつある。まだ街中には放置されたままの瓦礫などが積み上げられている場所もあるが、人々は前に向かって歩き出そうとしていた。


「待たせて悪かったな。なかなか抜け出せなくて」

 大通り沿いにある喫茶店の最奥の席に座る男に、白い帽子を目深に被った女性が声を掛ける。

 声を聞いて立ち上がり、敬意を示そうとする男を制して女性も席に着いた。

「こんな所で跪いてみろ。町中が大混乱になるぞ」

 帽子を取ると豊かな金髪が溢れ理知的な青い瞳が現れた。その顔を隠すように、女性はすぐに手荷物から紅縁の眼鏡を取り出し、手鏡を覗き込みながら掛ける。眼鏡のつるに纏わる長い髪を白い指で耳の後ろに流し化粧を確認する。その姿はどこからみても年頃の女性のものでしかなかった。


 彼女が一国の王であると言う事実を除けば。


 今年十九歳のフィーナは正式に即位して三年経つ。まだ国政は安定しているとは言い難いが、国は新たな歴史を刻み始めている。

 冒険者との封建制度の採用。奴隷制度の廃止。ギルド法の設立。大戦前までは国の傭兵程度の扱いでしかなかった冒険者を国防の中心に据えた改革は軍部の反発を招き、国が二分されるほどの対立を招いたが、兵力にまさる冒険者が軍部を黙らせ一応の解決を見た。

 それらの改革は女王フィーナによって齎されたものであり、国の礎を破壊する魔女とも、新しい国を作り出す天女とも言われ、国民の評価も二分されていた。

 黙って座っていれば宮廷画家が魂を込めて描いたような絵画的な美しさをフィーナは湛えている。だが困った事に、この若い女王は美しさと共にただならぬ強い意志を持ち、国の腐敗を取り除こうとしていた。

「陛下。このような場所に一介の冒険者を呼び出すような事はお止め下さい。近衛騎士に見つかれば、私の首が飛びますれば……」

 落ち着かない素振りで周りを見回して男は声を殺してフィーナに進言した。

「大きな体の割には度胸がないのだな。私はお前と一緒に居るのを見られても一向に構わんぞ。五郎丸」

「陛下は構わないかも知れませんが、私にとっては大問題です」

 身を乗り出して向かいに座る五郎丸は必死に抗議しているが、フィーナは取り合おうとするつもりはないようで、珈琲を女中に注文する。若い女中はフィーナの美しさに圧倒されながら、注文を確認し去っていく。

「だから諦めて国に仕えれば良かろう。さすれば君主と臣下と言う形で何の問題も無く接触できる」

 人の悪い笑みを浮かべてフィーナは五郎丸に流し目で視線を送る。

「丁重にお断りさせて頂きます。我がギルドはまだ小さく、実績もありません。そのようなギルドが突然国の直轄になれば、また要らぬ争乱を引き起こす要因にもなりましょう」

 きっぱりと言い放つ五郎丸を見て、フィーナは嘆息する。「まったく欲の無い男だ」と思う一方で、「だからこそ信頼もできる」と言う評価をフィーナは五郎丸に対して下していた。

「で、進捗状況はどうだ」

 フィーナも声を潜めて五郎丸に顔を近づけた。二人の会話は小声で行われるので、自然と顔を近づけることになる。傍から見れば若い男女が中睦まじく愛を囁き合っているようにしか思えないだろう。

「はい。小型のオベリスクストーンをお渡ししますので詳しくはそちらに書き込まれた思念をご覧下さい」

 五郎丸は卓の上にオベリスクストーンを握った右手を置いた。その手の上にフィーナがそっと手を乗せて、五郎丸の指からオベリスクストーンを絡め取る。受け取ったフィーナは眼を閉じて石に込められた思念を読み取ろうとする。

「残念ながら、今回もリチャード卿、アイリ殿を見つけるには至りませんでした。ですが国境近くの村で目撃されたと言う未確認情報が複数寄せられておりますので、出国した可能性は高いと存じます」

 リチャードとアイリとは勿論、大戦を終結させた英雄の事だ。終戦後リチャードは龍の守護者の証を国に返納して、自らの病を治す方法を見つけるため、アイリを連れて旅立った。

 エルドラゴは国を挙げてリチャードの支援をする方針を打ち出したが、当の本人がそれを拒絶し、行方を眩ますような形で王都を後にしたのだ。

「そうか」

 オベリスクストーンを置いて長い瞬きをするフィーナの顔は恋をする少女のものであり、思い人を待つ切なさが彼女の心を締め付けているのを五郎丸は感じた。フィーナは大戦後に結婚しているが、世継ぎはまだ生まれていない。未だに大戦時に知り合った英雄王リチャードを忘れられずに慕い続けていると言うのが専らの噂であり、五郎丸もリチャードの行方を捜すように密かに命令を受けていたのだ。

「ですが、陛下。もう一人の尋ね人は捜し当てることが出来ました」

「本当か」

 フィーナの声が明るくなったのを確認してから五郎丸は一つ頷くと、新たなオベリスクストーンをフィーナに渡した。

「先日、我がギルドで髄一の女好きが、背の高い美人で紅い剣を振るう魔力大剣遣いに声を掛けたと」

 紅い剣の魔力大剣遣い。

 フィーナの脳裏に英雄たちと国を救ってくれたもう一人の冒険者の顔が浮かび上がる。己の不甲斐なさのせいで、充分な礼もしてやれなかった国の恩人。

「そうか、あの女好きの鼻もたまには役に立つのだな。……良かった。まだこの国に居てくれたか」

 呟くフィーナの顔を怪訝そうな表情で覗きこみながら、五郎丸が質問する。

「何者なのですか、この冒険者は。奴の話だと、数多くのギルドが獲得に動いているようだとの事ですが」

 二ヵ月後に新しいギルド法の施行が決定している。冒険者は須らくギルドに入る事が義務化されるのだ。増えすぎた冒険者の統括と監視、また冒険者の倫理観低下を抑えることが目的のこの法はフィーナが発案したものだ。ギルドは無所属の冒険者を掻き集め、少しでもギルドの規模を大きく見せようと躍起になっている。

「私の恩人だ。……五郎丸よ、どうかお主のギルドで彼女を雇ってくれまいか。他のギルドに彼女を渡したくはない。お主に預けておくのが一番安全だ」

 五郎丸は眼を丸くしてフィーナを見つめた。一方的に命令される事はあっても、女王の口から頼みごとをされたのは初めてだったのだ。

「私自身の網を使って、彼女の事を少し調べさせて頂いてからでも構いませんか」

「無論だ。冒険者としての実力は申し分ない」

 若い女王は自信に満ちた表情で即答し、深い溜息をついた。その姿をみた五郎丸は得たいの知れない昂揚感を感じていた。フィーナに一目置かれている冒険者がギルドに入る。まだ見ぬ仲間に五郎丸はいつになく心を躍らせていた。

「勅命、謹んでお受けいたします」

 五郎丸は椅子に座りながら低頭して、フィーナからの頼みを受け入れた。


 アンジェリナがウルフに連れられて、五郎丸の「牧場」と呼ばれる雑草の生い茂る邸宅の庭を訪れたのは、それから三週間あとのことである。

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