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覚悟

 口上を終えたアンジェリナが苦笑いをしながら一行の元へ戻ってくる。ナオが我先にアンジェリナの腰に飛びついて眼を潤ませて顔を見上げる。

「アンジェリナ様。わたし、何処までもついていきます。お許し頂けますか。こんなわたしでも」

 毛で覆われた耳を小刻みに動かしながら尋ねるナオの頭に、アンジェリナはそっと手を置いた。手入れの行き届いた艶のある薄緑色の髪から甘い香りが溢れ、アンジェリナに届く。

「様付けで呼ぶのは止めろと言っただろ。お主は私より年上なのだぞ」

「申し訳ありません。アンジェリナ様っ……」

 言いかけてナオは自分の口を手で塞いだ。その姿を見てアンジェリナも破顔し、ナオの頭に置いた手を動かして、髪を撫で回した。

「助かったよ。ナオの補助が無ければ、私は何回骨ごと蒸発させられたか解らない。何度も保護膜を練成してくれてありがとう。お主のような心優しい術士が補助してくれたから、私は生き残る事ができたのだ。礼を言う。今後も私を助けてくれ」

 その言葉を聞いたナオの両目から涙が溢れ出し、アンジェリナの腰に抱きついたまま嗚咽を洩らして泣き出した。息をするのも忘れるほどの極度の緊張が一気に緩み、感情を抑え切れなったのだ。


「これからも宜しくお願い致しますわ、雪國の姫君殿。デイモススレイヤーの称号も付きましたわね」

 和美が歩み寄り、非の打ち所の無い所作で恭しく一礼する。デイモスの足元で共に命を賭して戦ってくれた仲間だ。盾を持つアンジェリナが攻撃を引き受けると言っても、十メートルを超える魔物に臆せず立ち向かう勇気と実力はやはり、並大抵のものではない。

「茶化さないでくれ、和美殿。口上は苦手だよ。あれだけ多くの人の前で喋るのは足が竦む思いだ」

「デイモス相手にあれだけ立ち回って、よく足が竦むなど仰います事。……でも、ご立派でしたわよ。あなたはあのぐらい不器用な口上で良いと思いますわ。それに、アンジェリナ殿は人の前に立つ覚悟をした。それがここに居る皆には伝わりましたから」

 和美の言葉に仲間たちが等しく頷く。港町に吹き渡る潮風が優しく、アンジェリナはふと瞳を閉じた。

「ありがとう。私は幸せ者だ。こんなに良い仲間に巡りあえた……」

 五年前の大戦で己の無力さを味わった時には思いもよらなかった、自分を囲むこんなにも大事な仲間が居るという事実。

「……五年前とは違う。私には共に歩いてくれる仲間が居る。それが今は、とても嬉しい」

 知らず零れた言葉は風に舞って、己の耳と心に届いた。その言葉がアンジェリナの心を戒める氷の枷を僅かだが溶かしていく。



 ヴァナクの町の復興が始まった。

 物資はミーミル山脈の宿場町、バルドル、ブリギッドなど、アンジェリナと縁がある者が暮らす町からの支援されたものがほとんどで、連日運ばれてくる大量の食料などを見てグングニルやナオなどは「すごい、すごい」と異口同音に洩らす事しか出来なかった。

 特にブリギッドからの支援は多く、それは商業を生業とする者から、今のうちに恩を売っておいて損は無いと思われる活躍をアンジェリナ一行がしている何よりの証明だった。そして他の商人より多く恩を売って後で返してもらおうと言う心理がはたらき、その競争心がより多くの物資をヴァナクに呼び込んでいた。それを密かに扇動しているのが、ダウンタウンに住む能面のような顔をした武器屋の店主である事を、ヴァナクにいる人間は知る由も無かった。かくしてヴァナクには人、物、金が集まり、町は襲撃を受ける前よりも活気づいているようにも見えた。

「かつて、英雄王リチャードはバルドルの果実を国の名産品に為さしめた。今度はこの港町から、国中に広がるものがあっても何の不思議もありませんわね」

 和美は感慨を込めて呟き、自らも町の冒険者たちと共に復興の手助けに従事した。


「これからはもう少し自重して頂かないと困ります。この前のように半身が氷付けになるような真似はなさらないとお約束下さい。お召しになっているのが重鎧だったら取り返しの付かないことになっていました」

 アンジェリナの部屋を警護しているケイが、冷茶を淹れながら部屋の主に視線を向ける。アンジェリナは籐で出来た椅子に長い足を伸ばして座り、愛刀の虎鉄の手入れをしている。戦闘の直後は酷い凍傷を負った足だったが、ユミの回復魔法により元通りの白い肌と脚線美を取り戻していた。アンジェリナは鎧を着ておらず、魔力を織り込まれた薄い絹の部屋着で寛いでいるので、ケイは眼の遣り場に困っている。

「心配症だな、ケイさんは。自分が身に着けている装備の耐久度くらい、私も解っているつもりだが」

「それは承知しておりますが、あのような無茶をされては、我々の心労が絶えませぬ。実際ナオ殿も軽鎧が修復不可能なほどの損傷を受けていたと嘆いておりました」

 使い物にならなくなった武具に涙を流して抱きついているナオの姿が脳裏に浮かび、アンジェリナは深い溜息を付いた。新しい鎧を見立ててもらう必要もある。物資の分配や見舞い金や冒険者への報酬など色々思案する事が多い。ヴァナクに届く支援はアンジェリナ宛てに送られてきたものがほとんどで、町長とも相談するが、使い道を町のギルド案内所や国のギルド運営本部に任せる訳にはいかないのが現状だ。体を動かすのが得意な和美は現場で指揮を執ってくれているが、事務的な事はアンジェリナが決めなければならなかった。

 色々なことが重なり忘れていたが、アンジェリナは大切な事を思い出した。

「ケイさん。この前はありがとう。まだ礼を言ってなかったな」

 テイマーの凶行からアンジェリナだけでなく、町に住む人々もケイの矢は救ったのだ。

「いえ、アンジェリナ殿をお守りするのが臣下たる我々の役目であります」

 不意に掛けられた言葉にケイは恐縮しながらも、いつものように敬礼の姿勢を崩さずに応えた。

「私たちは仲間だ。私の命と皆の命の重さに変わりは無い。……そう何度私が言っても、お主は私をいつも助けてくれる。だが、これから先は有象無象が跋扈する地獄かも知れん。それでも、私を信じてついてきてくれるか」

「あなたが居ない極楽とあなたが居る地獄であれば、私は間違いなく後者を選びます。ついてくるなと言われましても、無理にでもお供させて頂きますので、ご容赦下さい」

 ケイの慇懃な言葉の中に、余人には解らない感情が込められているのをアンジェリナは感じた。

 人との出逢いは偶然である。だが、その奇妙なえにしの糸を紡ぎ合わせて絆と言う反物を織りあげるのは簡単な事ではない。

「努力するよ。皆に見捨てられない長になれるようにな」

 磨き終わった虎鉄を手に立ち上がったアンジェリナはケイの肩を軽く叩くと、露台(バルコニーの事)に出て伸びをする。遠く異国から海を渡って吹き込んだ風がアンジェリナの髪を微かに揺らした。

 オアシスの町での事と今回の件で自分たちの存在は相手の知る所になったのは間違いない。アンジェリナは覚悟を決め、今後の行動指針を決めなければならない。五郎丸やフィーナから連絡はなく、すべて独自の判断で動く必要がある。

「そろそろ、王都に戻る時が来たのかも知れない」

 誰にも聞こえない声でアンジェリナは呟き、守るべき君主から賜った虎鉄を握る手に力を込めた。

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