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口上

「認めんぞ。このような敗北、認めるものか」

 ヴァナクの町に絶叫が木霊する。魔力を宿したローブを纏ったテイマーが装置を握り締めて血走った視線をアンジェリナに向ける。その顔は怨嗟で醜く歪み、もはや正確な状況判断ができる精神状態ではないように見えた。

「諦めろ、我々の勝ちだ。無駄な殺生はしない。大人しく投降すれば命の保証はしよう」

 半身を氷に浸からせたまま、アンジェリナは建物の屋上に居るテイマーを見上げた。魔法耐性の高い軽鎧でなければアンジェリナ自身の体の細胞も氷の魔法により壊死していたであろう。

 町に放たれた小型の魔物も粗方片付いたようで、海岸に戦闘を終えた冒険者たちが集まりつつある。勝敗は決したのだ。とてもテイマー一人で相手をできる数ではない。アンジェリナとしては、生きたままテイマーを捉え、魔物を操る技術や、襲撃の真相を聞きだす機会を得たかった。

「このような茶番、認めるものか。我々が、どれほどの、時間をかけて、この襲撃の、準備を、していたことか。エルドラゴに、真の統治を、齎す、聖戦に、身を投じる、我々が、負ける筈など……」

 テイマーは息を荒くしながら、呪詛の念を込めて言葉を洩らしていく。

「このような殺戮を、民と神々が赦す筈がない。エルドラゴはフィーナ陛下の庇護の下、民の為の統治が為される国家だ」

「民も、神々も、間違っている。フィーナ、という傀儡を、戴くなどと」

 アンジェリナの口上に、テイマーは口角に泡を溜めながら叫び、狂い出しそうに全身を震わせている。ドラゴニアの事件の際も報告で聞かされた、フィーナ以外を王と認める言葉。事の真偽は定かではないが、明らかに戦乱を招く言葉である。

「あの男、何を言ってるのかしら。歴史上、間違いを犯さなかった国家や民など存在しませんわ」

 和美は鼻を鳴らして皮肉を吐いたが、今はそれを論じる時ではないと自覚していた。成り行きを楽しむように、アンジェリナとテイマーのやり取りを静観する。

「フィーナ様を愚弄する事は赦さん。陛下は大戦を終結させた五人の英雄を見出し、国と民を救った偉大な王だ」

 アンジェリナの脳裏に五年前の大戦の記憶が去来する。仲間とフィーナに出逢ってから、為しえたことと、為しえなかった事。指折り数えれば、明らかに辛い事の方が多かった日々。それら全てを受け入れるには五年という歳月はアンジェリナには短すぎた。

 それでも、あれだけの犠牲を払って得た現在を否定することは出来ない。

「そして、お前自身も、英雄と、同様、あの僭王に、登用された、フィーナの、飼い犬だろう。お前の、ような、奇麗事、ばかりを、振りかざす、偽善者が、知ったような、口を、利くなぁ」

 痛烈な言葉をテイマーは投げかける。アンジェリナは男の言葉に込められた怨念に肌を粟立たせた。

「お前の、せいだ。お前の、ような、奴が、居なければ、五年前に、大願は、成就、された。今、ここで、お前を、殺して、あの敗北を、無かった、事に、してやる」

 再び叫び声を上げたテイマーは手にした装置を高々と掲げた。

「魔力砲に、蓄積した、マナを、暴走させて、やる。飼い犬の、お前、もろとも、町の半分は、消し、飛ばせる」

 テイマーの狂気に満ちた言葉を聞いた和美が屋上に向けて走り出す。アンジェリナは腰まで氷付けだ。すぐには退避できない。周りに集まり出した冒険者たちは、我先に海岸から離れようと路地に殺到する。本当に自爆のような事が可能であるのか定かではないが、装置を破壊するか、テイマーを仕留めるかしか選択肢はない。

「駄目。間に合いませんわ」

 テイマーの動きを見た和美が絶望の声を上げる。装置に備え付けられた一つの釦にテイマーの指が届こうかと言う、その、刹那。

 ヴァナクの町に高い弓弦の音が響き渡り、飛来した矢がテイマーの手にする装置を貫通し、額に突き刺さった。自分の死ぬ理由すら解らず、テイマーは膝から崩れ落ちた。神業とも取れる弓の腕前を披露した冒険者は遠く離れた建物の屋上で、弓を下ろすと恭しく和美とアンジェリナに頭を下げた。

「助けられましたわね。ケイさん」

 銀髪を潮風に揺らめかせながら、ケイは仲間たちに手を振った。



 町の半分近くを蹂躙されたが、ヴァナクの町の魔物は一掃された。ナオの炎の魔法により、氷付けから解放されたアンジェリナは、広場で歓声に片手を上げて応えている。冒険者だけでなく、市民も町を救ってくれた一行を一目見ようと集まってきた。

 このような予期せぬ戦闘に於いても、指導的立場にあるものが冒険者の労をねぎらい、正当な報酬を約束しなければ、冒険者の士気は落ちる。今、ヴァナクの町では、非公式ながら女王直轄の調査機関の長であるアンジェリナがその立場に居る事は誰の眼にも明白であり、アンジェリナ自身も、その役目を果たさなければならないと自覚していた。

「共に戦ってくれた、全ての冒険者、そして市民の皆に、僭越ながら女王に成り代わり、厚くお礼を申し上げる。私は、調査機関エンジェル・ハイロゥの長、アンジェリナ」

 アンジェリナの口上に、町全体が歓声を上げて応える。午後の陽光を浴びたアンジェリナの姿をナオは蕩けるような眼差しで見つめていた。他の仲間も後ろに控えアンジェリナの勇士を眺めている。

「このような緊急の状況に於いて、命を賭して戦ってくれた冒険者の勇気に感謝し、不幸な事に犠牲になられた人々に哀悼の意を表する。失われた命を取り戻す事はできず、また復興にも暫く時間がかかるのは承知だが、フィーナ女王とエルドラゴ王国は皆の働きに必ず報いるであろう」

 再び歓声が広場を支配し、アンジェリナは片手を上げて声を制した。

「今、この国は再び、望まぬ戦火に巻き込まれようとしている。今回のヴァナク襲撃の事実を以ってしても、エルドラゴ王国の平穏を脅かす輩がいる事は誰の眼にも明らかである」

 単なる魔物の偶然発生ではない。デイモスは人工的な魔物だ。必ず何者かが後ろで糸を引いているのは、冒険者なら誰でも解るところである。

「志ある者は共に戦って欲しい。来るべき時が来れば、必ずフィーナ陛下から沙汰が下る。五年前の大戦を無駄にしない為にも、皆の力を王国に貸して頂きたい」

 フィーナから賜った、獅子の意匠を施された虎鉄を掲げアンジェリナは歓声に応える。獅子は龍を守る存在。龍はこの国の王を意味し、獅子は王を守る先駆けだ。権威を翳すのは好むところではないが、人心の掌握には不可欠なものであることもアンジェリナは知っていた。

「べらべらと喋りおって。隠密行動の意味が無くなるではないか」

 返り血を洗い流して白と黒に戻ったパンダが笹を齧りながら悪態をつく。

「良いではありませんの。カイラス卿や元老院を相手に回すんですもの。味方は多いほうが好ましいですわ」

「真っ向勝負のほうが燃えますしね」

 和美の言葉に、グングニルも深く頷いた。ここまで多くの者に目撃された以上、隠し立てするほうが逆に怪しい。 その程度の事は、パンダにも解っている。解っていて悪態をついてしまう自分に腹が立つのだ。

「この能天気な脳筋どもめ。見ているとこちらの寿命が縮む思いじゃて」

 脳筋とは冒険者の間で、何も考えず相手に突進する者の隠語であり、転じて短絡的な者を指す侮蔑語である。

「ノーテンキなノーキンとは韻を踏んだ良い響きですわね。褒め言葉として受け取っておきますわ」

和美は高らかに笑い声をあげ、パンダの苦悩を一蹴した。

 その日、太陽が沈むまでヴァナクの町から歓声が消える事はなかった。

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