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秘策

「隊長、もっと離れて戦って下さい。その距離では危険です」

 海岸へと向かっていくアンジェリナを追って、建物の屋上を走りながらナオは叫んだ。杖を握る手に汗が滲んでいく。アンジェリナの実力から言えば、もっと距離を取って安全な間合いから攻撃する事も可能な筈だが、アンジェリナはデイモスの懐から離れないように、海岸へ向かっている。あれだけ重量のある魔物の攻撃だ。盾で防いではいるが、負担は相当あることが予想される。ナオはアンジェリナが攻撃を受けるたびに大気の保護膜を練成しているが、直撃を受ければそんなものは何の役にも立たない事は明らかだった。デイモスの攻撃がアンジェリナの盾に防がれ重い音を響かせる毎に、ナオは自分の寿命が縮まるような錯覚を覚えた。上段の攻撃を身を低くしてかわし、避け切れない攻撃だけは盾で受けているが、盾が破壊される心配もある。

「離れられないんじゃありませんわ。間合いを開ければデイモスの突進が来る。町への被害を考えれば、接近したまま戦うのが定石。でも、それではあなたの体力が持たないわよ」

 和美は一撃離脱の攻撃を繰り出しながら状況を分析していた。魔力を蓄えながらの攻撃では簡単には稀少鉱物の装置を破壊できない。もどかしさを感じながら和美は攻撃を続けた。


 アンジェリナ、和美の攻撃によって、デイモスの四本の足には損傷が蓄積している。装置自体を破壊することは出来なくとも、デイモスの鱗は度重なる攻撃により少しずつだがその強度を落としているのは事実であった。

「どこに行こうと無駄な事。弾かれると言っても、魔力砲はまだ放射可能。しかも突進が直撃すれば、それで終わりだ。お前たちは切り札の龍の力を使い切った。もはや勝敗は決したのだ」

 目深にフードを被ったテイマーは口角を吊り上げ、アンジェリナを見遣った。先ほどは弓遣いを仕留め損ねたが、あのような小者は放置しても良いだろうと自分を説得する事に成功していた。魔力砲は破壊力こそ落ちたが、未だ健在であり、蓄積した魔力により直に放射できる状態にある。充填時に隙が出来る事、相手に攻撃が読まれてしまうことが最大の欠点であるが、火力を絞った一撃なら予備動作無しで数秒待てば撃てる状態になっている事を手元の装置が教えてくれた。それでも冒険者一人を骨ごと蒸発するには充分な破壊力である。テイマーはアンジェリナの体力が落ち、回避出来ない状態になるのを待った。

「これは遊戯なのだ。楽しまなければつまらなかろう。もっともこちらが勝つと言う前提は変わらないのだがな」

 人を殺める事に愉悦を感じている熱を帯びた声で囁き、テイマーは勝利を確信した。すぐにでも発射の釦を押したい気持ちを抑え、相手が弱まるのをひたすら待つことにした。


 デイモスの攻撃を受ける度にアンジェリナの腕が軋む。魔力を施された盾と言っても万能ではない。高い物理攻撃耐性のお陰で吹き飛ばされずに済んではいるが、確実に体力は削られている。デイモスが魔力砲での攻撃から直接攻撃に切り替えてから、町への被害は最小限に留めているが、その分、攻撃を受けるアンジェリナの負担は増えていった。既に数十分、デイモスの攻撃に晒されている状態である。ナオの補助もあるが、これだけ長く生身の冒険者がデイモスと対峙できる事は稀である。


 果てしない攻防が続くと思われていたが、不意に町に充満する血の匂いに混じって、微かにアンジェリナの嗅覚に潮の香りが届く。冒険者たちの雄叫びの中に、僅かに波の響きが重なる。アンジェリナはデイモスを連れて海岸まで到達する事に成功したのだ。

「さあ、ここからが勝負ね」

 アンジェリナは不敵な笑みを浮かべると一気に間合いを開ける。デイモスは視界の中心にアンジェリナを据えたまま、四肢を踏み鳴らし突進の予備動作を始めた。石畳を踏み砕き、周囲に破片を撒き散らしながら、破壊の衝動を宿した地響きが海岸に響いた。

「突進が来る。隊長逃げて下さい」

「アンジェリナ殿。避けて」

 ナオと和美が同時に叫ぶ。だがアンジェリナはその場を動かず四本の足を凝視し、一番損傷の少ない一本を見極めようとする。

「あと一撃は加える。安くない槍だけど、持って行きなさい」

 呼吸を整えるアンジェリナにデイモスが突進する、自らが破壊した瓦礫の上を腹を擦り付けるように真っ直ぐ向かってくる光景が視界に広がっていく。アンジェリナは限界まで引き付けてから身を翻して突進をかわすと、稀少鉱物が残された後ろ足に槍を突き立てた。渾身の力を込めた槍は深々とデイモスの膝の関節に喰いこんだが、稀少鉱物を破壊することは出来なかった。直撃は避けたが、デイモスの神速の突進の風圧でアンジェリナの体が宙に舞い、水飛沫を上げて水面に落ちる。デイモスも突進の勢いで、膝下まで水に浸かる程度の水深まで到達している。その衝撃で大きな波が形成され、防波堤を激しく叩いた。

「そんな、外した。あのアンジェリナ殿が……。いや、わざと。狙いは関節だと言うの」

 和美は絶句し唾を飲み込んだ。デイモスは雄叫びを上げて、立ち上がろうとするアンジェリナに向かって止めを刺すため、四肢を再び踏み鳴らした。

「今だ。和美殿、ナオ。氷の魔法を奴の足元に集中させてくれ」

 アンジェリナは盾を捨てると腰の鞘から虎鉄を抜刀した。まさに突進を開始しようとするデイモスの足元目掛けて、ありったけの魔力を込めて氷の属性を帯びた攻撃を叩き込んだ。

 意図は解らなかったが、瞬時に指示に反応した和美とナオはアンジェリナに倣いデイモスの足元に攻撃を集中する。三人の魔力が海水を一気に凝固させる。塩分を含んだ水は通常よりも急激に冷やされデイモスの四本の足を氷で覆っていく。

 凍った足を海面から引き抜こうとしたデイモスの口から絶叫が迸る。度重なる攻撃で損傷し、完全に凍りついたデイモスの足の細胞は壊死しており、足を持ち上げようとする自分の力に耐えられなかったのだ。膝から下の四本の足は自らの力で引きちぎられ、もはや歩行不能となったデイモスが夥しい体液を撒き散らしながら氷上で空虚に身を捩じらせた。凍りついた四本の足は海上に建つデイモスの墓標のように見えた。

「狩ったぞ。みんな、ありがとう」

 自らも腰まで氷付けになりながらアンジェリナは安堵の溜息をついた。吐いた息が露点に達して白く揺れる。


 一斉に溢れかえった冒険者たちの歓喜の声がアンジェリナたち一行を讃えた。

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