接近
デイモスの前足二つ目の稀少鉱物を撃破したのと同時に、シーマの変身が解ける。龍の守護者になっていられるのは数分であり、その後暫くは再び変身するのは不可能である。絶大な力を持つ龍の守護者と言えど万能ではないのだ。市街地での戦闘であることに加え、魔力砲の直撃を避けながらの戦闘である。時間が掛かってしまうのは如何ともしがたい状況だ。
「あと一つか」
光を放ちながら元の大きさに戻っていくシーマを見ながらアンジェリナは思案した。
首尾よく魔力砲の射出を抑えられたとしても、デイモスの本体も討伐しなければならない。龍の力を使えない今、他の策を打たなければならない。
相手の特性や地形、こちらの戦力、町への被害を鑑みて対抗策を見つけ出す。上手く行く保証はないが、このまま戦闘を長引かせても勝機は見出せそうになかった。
アンジェリナは広場からデイモスを海岸へおびき寄せようと誘導を始めた。槍に振り掛けられたリモの実に誘われて、デイモスはアンジェリナを標的として攻撃を仕掛けてくる。足に付けられた稀少鉱物を破壊する度に、魔力砲の威力は減少している。それでも生身で受けるのは不可能であり、ナオの補助は不可欠な状態だ。シーマが龍に変身している間に全て破壊したかったが、三つまで機能を奪えたのは、こちらの戦力から考えれば上出来だったとも言える。
「龍の力なしでどうやって倒すと言うのです。徒に町を逃げ回っては被害が大きくなるばかりですわ」
和美が広場からデイモスを誘導して出て行こうとするアンジェリナに向かって叫ぶ。
「水辺で戦いたい。和美殿、ナオ。私が引き付けておく間、氷のマナを出来るだけ武器に宿しておいてくれ。シーマは前線から下がって自分の回復を優先」
デイモスの攻撃を避けて、返す刀で槍を突き刺す。攻撃は硬い鱗に阻まれ、全く損傷を与えられていないのは自覚していたが、兎に角デイモスの注意を引き付けなければならない。アンジェリナは防御、回避、攻撃を瞬時に判断して少しずつデイモスを海岸へ導いていく。攻防は常に駆け引きだ。相手が人間だろうと魔物だろうとそれは変わらない。自分の攻撃が弾かれるのも想定に入れて、アンジェリナは敵と対峙している。デイモスの攻撃で警戒しなければならないのは、魔力砲と突進だ。魔力砲は背中の大筒が光を放つので防御するのは難しい事ではない。突進は四本の足を何度も踏み鳴らす準備動作をしてから、その巨体を地面に擦り付けるように向かってくる。多くの家を中の住人ごと瓦礫にしたのはこの攻撃で、魔力砲の火力を削った今、恐ろしいのは寧ろこの突進であると言える。
「何をしようと言うの。この期に及んで、まだ何か策があると言うわけですわね」
和美はそれ以上何も聞かずに、言われたとおり魔力を蓄積するために集中を始めた。
「どこに居る。自分に探せるのか……。いや、必ず探し出してみせる」
家々の屋上を疾走しながら、ケイはテイマーを探していた。魔力砲は機械仕掛けであり、放射の信号をテイマーが送る必要がある。必然としてテイマーも戦場を見渡せる場所に居る事になる。急がなければデイモスは魔力砲を放射し続けることになり、町への被害も拡大し、仲間への危険度も増す。焦りだけが心を掻き乱し、必要以上の汗が首元に溜まっていった。
不意にマナの律動が発生し、炎の魔法がケイを襲う。周りに注意を払っていたケイは僅かな差でかわす事が出来たが、胸当てのすぐ傍を擦過した炎が軽鎧を焦がして煙を上げさせる。
「向こうから仕掛けてきてくれるとは、これは幸運だな」
我慢しきれずに仕掛けてきた相手に感謝しながら、ケイは魔法の放射されたであろう方角に眼を遣る。魔力の織り込まれた不可思議な光を放つローブを翻して、見たことの無い装置を手にしたテイマーらしき人物が屋上から飛び降りていく。
「罠か。それでも今は追うしかあるまい。持ち場を離れた上にテイマーも始末できなかったでは、アンジェリナ殿に顔向けできないからな」
テイマーを追って屋上から着地すると、四方の道にエレメントが配置されていた。既にマナを蓄積してケイに向かって魔法の詠唱を始めている。誘い込まれたとは感じたが、別段危機を感じた訳ではなかった。
「この程度で倒せると思われているのか。アンジェリナ殿のお傍でお仕えしていると言うのに、随分と低く見積もられたものだ」
自嘲しながら跳躍して、ケイは四方から殺到する魔法をかわした。弓遣いの最大の特徴は、その身ごなしの軽さにある。重い武具を背負っている訳でもなく、魔力を高めるための動き難いクロークを羽織っている訳でもない。不意打ちでなければ、直進してくる魔法をかわす事は難しい事ではなかった。全ての武器の中で、弓は最も生存率の高い武器であると言える。数ヶ月前まで町民でしかなかったケイだが、アンジェリナと出会い、日々の戦闘と鍛錬によって、一人前の冒険者に成長しつつあった。
ケイは空中で体勢を崩す事無く、矢筒に手を伸ばして三本を引き抜いてそのまま番える。光の尾を引いて放たれた三本の矢は、寸分の狂いもなく、三体のエレメントを射抜く。矢に込められた破魔の魔法が発動し、エレメントは内部から破裂した。ケイは着地と同時に残り一体に接近して、腰に挿している短剣の柄で頭部をかち割ると、乾いた音を立ててエレメントだった破片が石畳に落ちる。
短剣を鞘に戻すと、ケイは再び辺りを見渡したが、既にローブを纏ったテイマーの姿はなかった。不覚にも見失ってしまったが、テイマーがデイモスから離れる事は少ない。ケイはデイモスが居た広場へ向けて再び走り出した。




