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二人

 一組の男女の冒険者が、ミーミルの山道を走っている。


 男性は二十代後半。色白の整った秀麗な顔立ちにくせっ毛の金髪を靡かせている。エレメントドラゴンの鱗を数え切れない程使用して鍛え上げられた、このエルドラゴで最も使い手が少ないとされる、遠い異国の言葉で「世界の終焉」と言う意味の二つ名を冠された両手剣を背負っている。成人男性の身の丈ほどもある刀身は黒く輝き、柄の中央に眩い宝玉が埋め込まれている。男は両手剣を扱うものとしては軽装と言える装備で、腰のベルトの止め金部分に施されたエルドラゴには存在しない猛禽類の意匠が特徴的だ。

 女性は十代後半。頭から人間の掌ほどの大きさの曲がりくねった角が生えている事から、この国を建国した際に、人と龍が交わって出来たと言い伝えられるドラゴニュートと言う亜人種(デミヒューマンの事)であると判る。ドラゴニュートは人間の皮膚の様な色の鱗が全身を覆っており、水中でも鱗から酸素を取り込むことが出来、人間より生命力と知力において秀でている。個体数は極めて少なく、人間と関わる事も皆無と言われている。

 銀色に輝く長い髪に青白い肌、整った柳眉の下の翡翠の色をした眼。美しい女性である事は間違いないが、活発な印象は全く無く、どこか寂寥とした雰囲気を醸し出している。手には時の女神を信仰する者が愛用する杓杖を持ち、白い法衣を纏っている。


 刻は夕暮れ。既に陽は落ちかけている。通常この時間は市民であれ、冒険者であれ魔物の群れに遭遇する危険性が増すので、通行が制限され始める時間帯であるので、二人の周りに人影は無い。

 ミーミルの雲海に沈む夕日は、日中の世界の果てまで見渡せる様な透明度の高い蒼い世界や、星が輝かない夜の、全てを闇に還すような漆黒のとばりとは全く異なり、薄い雲の絨毯に沈んでいく夕日の紅が反射して絵画のような幻想的な色調を作り出す事で知られている。

 その絶景を愛でる事もなく、無心に駆ける一対の男女の間に会話と言うものはほとんど存在しなかった。時折魔物に出くわす事もあったが、道を塞ぐ者は男の一太刀によって駆逐され、急ぐ冒険者の足を止めさせた代償として、悉くその命を要求されることになった。標高二千五百メートルを超える山道の薄い空気の中走り続けているにも拘らず、息一つ乱していない事からこの二人の冒険者の身体能力は並外れたものである事は疑いようもないが、男の表情には明らかに焦燥が滲んでいた。


「本当に間に合うのか」

 前を走る男が振り向きもせずに影のように付いてくる女性に声を荒げて質問する。

「解りません。ただ、喚んでいます。天空に煌く四つの星々を司る不吉で邪悪な蒼い炎が、く来たれ。力を欲する者よ……と」

 男の声の大きさと焦りに反比例して女の声はか細く、落ち着いている。

「ちっ、お主の言葉は俺には難し過ぎるな」

 聞こえるように皮肉を言うと、男は不敵な笑みを浮かべた。

「だが、喚んでるって事はまだお宝は持ち帰られて居ないって事だな。好機はある」

 魔物の血を吸った大剣を一振りして鞘に納めると、男はまた無言になって走り始めた。オベリスクストーンに緊急出撃の指令が書き込まれて約五分。まだゴンドラ乗り場にある宿場は見えてこない。

 再び走り始めた男の後ろ姿を追いかけていた女性の口が微かに動いた。

「喚ばれているのはあなた自身では無いと言うことに、まだ気が付かないのですか」

 女性の囁きはミーミルの冷たい空気に吸い込まれ、男の耳に届く事は無かった。



 宿場町は騒然となっていた。宿場の入り口にある見張り櫓の警鐘が激しく打ち鳴らされると、夕食の準備をしていた女たちも、酒場でほろ酔い気分で騒いでいた男たちも屋外に飛び出してきて、一度だけ不安げに顔を見合わせると、我先に逃げようと走り出した。

「魔物の接近に伴い、一時避難します。女性と子供はゴンドラに乗ってブリギッドへ。男性は武器になる者を持って、中腹の冒険者詰め所まで逃げてください。道中は自分が警護します」

 よく通るケイの声が市民に指示を出しているのが聞こえる。

「まだ避難には時間がかかるな」

 恐慌状態に陥りつつある宿場の様子を見遣りながらアンジェリナは呟いた。今回の戦闘は討伐が目的ではない。市民の安全が確保されるまでの時間が稼げれば良い。ただ、普段は魔物が近づかないこの宿場に仕掛けてくるのは何か訳があると考えながら、アンジェリナは武器を選ぶ。

 宿屋の納戸にいくつも用意された鎧から、アンジェリナはベリアルと呼称される堕天使の羽で織られた不気味な装飾が施された蒼い甲冑を選んだ。この蒼い色はベリアルの血の色だとも言われている。

 手には聖なる遺跡で魔力を宿した槍と盾を持ち、予備の武器として軽く扱いやすい刀を腰に下げる。


「アンジェリナ。行くわよ」

 瞼を閉じて自らを鼓舞すると、宿屋から外に出る。逃げていく住民たちの流れに逆行して宿場町の入り口に向かって行くアンジェリナの腰に下げた道具入れの麻の袋が青く明滅して、色白の顔を照らす。袋の口を開けて確認するまでも無くクォーツが発光しているのだろうとアンジェリナは直感した。

「喚んでいる」

 無意識に口を付いて出た言葉に一瞬眉をひそめると、息を吐き出して肺の空気を入れ替え、一つかぶりを振った。両腕から首筋にかけての毛穴が一斉に開き肌を粟立たせ、まだ見えない敵の存在をアンジェリナに知らせる。魔物が好むと言う平原地帯で採れる「リモ」と呼ばれる胡桃の一種の実を乾燥させたものの粉末を槍と盾に振りかけた。リモの実の独特の馨が鼻腔に届く。緊張はしているが、まだ嗅覚は機能しているようだ。

「さあ、かぐわしい匂いに誘われて、やってきなさい。魔物ども」

 リモの粉末の入った小瓶を放り出すとアンジェリナは再び宿場の入り口に向かって走り出した。

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