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港町

 国土の最西端に位置し、外海に面する港町ヴァナクは魔物の襲来を受けていた。

 普段であれば海岸に打ち寄せる無限の波の音を静かに響かせる青い海は、倒れこんだ死者の血で紅く染まり、屹然と山脈の様に立ち並んだ白い石灰岩で組まれた町並みは破壊され、逃げ惑う人々の悲鳴と怒号が入り混じる戦場と化していた。

 ウンディーネの町を後にして西に進路を採っていたアンジェリナたち一行は、オベリスクストーンへの緊急入電を受け取りヴァナクの町へ急行していた。書き込まれた救援要請から判断すると、今回の魔物はどうやらアンデッドではないようだ。


 小型の魔物ならば町のギルド案内所に詰めている冒険者で充分討伐できるが、この日ヴァナクを襲った魔物は桁違いの大きさだった。

 小型の魔物の大群と、デイモスと呼ばれる四足歩行をする爬虫類の様な外見の大型の魔物が港町を襲撃したのだ。全長十メートルを超える巨体を誇るデイモスは魔力を放出する大筒を背負っている。四肢に取り付けられた妖しく輝く稀少鉱物レアメタルにマナを取り込み、大筒から魔力を打ち出す。デイモスは町を蹂躙し、多くの犠牲者を産み出していた。

 魔力により焼かれた家屋から立ち上る煙は青い空を灰色に染め上げており、とても町のギルド案内所の冒険者だけでは防ぎ切れる状況ではなかった。

 大戦中もデイモスが町や村を襲った事が叙事詩に残されているが、この魔物の最大の特徴は、人為的に作られた魔物であると言う点である。つまり、巨大な爬虫類の魔物に機械仕掛けの大筒を背負わせているのだ。大戦時にエルドラゴの城門を襲ったデイモスを、龍の力を解放した英雄王リチャードが初陣で撃破した際の死骸を解剖して得られた研究結果は軍部を驚かせるに充分だった。

 魔物を御する技術はエルドラゴには存在しない。この技術を手に入れる事ができれば、魔物の襲来に怯える必要がなくなる。王国は多額の研究費を投じて解析を後押ししたが、魔物を操る術は現在も解明されていないとされている。

 

「シーマ、すまない。力を解放してくれ。これ以上デイモスを町の中に入れる訳にはいかない」

 アンジェリナは煙が充満する町並みを駆けながら、同行するホムンクルスに命令した。

「了解。デイモスを止めます。ファフニール、レイズアップ」

 シーマが龍の守護者の証である腕輪に手を掛け、その力を解放する。守護者たる龍はそれぞれ名前を持っている。シーマはファフニールと呼ばれる、黒い鱗を持つ戦闘力の高い龍を鎧の中に宿している。光を放ち十メートルを超す鎧を纏った人型になった龍は、三対六枚の翼を翻してデイモスに向かって飛んでいく。


「ワシも龍になってやろうか」

 アンジェリナの後ろを四本足で走るパンダが飛び去る龍を見上げながら提案する。

「駄目です。無闇に力を解放して、あなたの寿命を縮めさせる訳にはいきません」

 向かってくる魔物を一刀で切り伏せてアンジェリナが答える。龍の力を解放すれば供物としてその契約者の生命力を提供する必要があるのは、エルドラゴでは常識であった。その点、シーマは人造的に造られた生命体であるホムンクルスだ。見た目は完全に人間だが、食事も睡眠も必要としない機械仕掛けの冒険者であり、無尽蔵に龍の守護者になれると言っても過言ではないだろう。

「それに、あなたの龍はそれほど戦闘力は高くなさそうですし。市街戦となれば、逆に被害が拡大してしまいますわ」

 先頭を走る和美がハンマーで魔物の頭を粉砕しながら振り向いて叫ぶ。確かにパンダが契約している龍、マカラは戦いを専門としていない。移動や飛翔、転移を得意とする龍である。

「ワシの力を過小評価してもらっては困るぞい」

 必死に抵抗するが、アンジェリナは首を縦に振ろうとはしない。唇を硬く噛み締めて先を急ぐ。町に入ってからまだ救出できた人間はいない。逃げ遅れた住民は悉く魔物の餌食になってしまったようだ。多くは脳と臓物を喰い荒らされ、腕と足ばかりが道に無造作に転がり、白い石畳に血溜まりを作っている。

 大戦が終結してから、これほど大掛かりな魔物の侵攻は無かった。魔物を統率する暗黒王スルトが討伐されたためだ。それならば何故、今ヴァナクの町は襲われたのか。アンジェリナはその答えを導き出そうとして、自分の推論に背筋が凍った。

「ケイさん。一小隊を預ける。ユミさんとグングニル、パンダを連れて出来るだけ小型の魔物を討伐して。但し、生存者の救出を最優先にすること」

 ケイが緊張した面持ちで頷く。本来なら自分もアンジェリナに同行したいが、足手まといになるのは目に見えていた。

「任せて下さい。露払いは我等がします。あと人命救助も。隊長はあの巨体を止めてください」

 既に魔物の血を吸った剣を翳してグングニルが後方から声を上げる。回復魔法の得意なユミと龍の守護者のパンダが一緒であれば、若い二人に後方を任せても憂いはないだろう。それに片手剣と弓では破壊力に欠ける。大型の魔物を相手にするにはあまりにも不利である。

「和美殿とナオは私と共にデイモスへ向かう。奴の足の稀少鉱物を破壊するぞ」

 アンジェリナの声にナオの思考が一瞬止まる。大型の魔物であるデイモスと対峙する恐怖よりも、アンジェリナと同じ戦場に立てることに緊張し、杖を握る手に力を込めた。

「ついてこられるな、ナオ」

 振り向いたアンジェリナと眼が合った。行き場を失っていた自分を受け入れてくれたあの日と同じ瞳が、そこには在った。

「はい、お供します」

 ナオが全身を声にして返事をすると、隣を走るケイに肩を叩かれた。

「アンジェリナ殿の護衛、今回はあなたに任せる」

 ケイと視線を交わし、頷いて無言を返事にする。機関発足からアンジェリナと共に行動してきた仲だ。多くを語らなくとも、お互いの気持ちを理解することができた。

 角を曲がって行くケイたちを視線で追いながら、ナオは手にした杖に魔力を宿し始めた。血の匂いは益々濃くなり、大地を振るわせる様なデイモスの唸り声が聞こえる。

「シーマの変身が解ける前に奴の足を止めるぞ。私が盾で地上への攻撃を引き受ける。ナオは私の補助を、和美殿は全力で攻撃してくれ」

 アンジェリナは刀ではなく、槍と盾を選択してデイモスの視界に入るように最短距離で向かっていく。煙の中に消えていく恩人を見送り、ナオはデイモスの姿を捉えられる建物の屋上を目指して走った。

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