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暗黒

「首尾はどうだ」

 真紅の絨毯が敷き詰められた豪奢な一室。男の声は薄暗い大理石の壁に反響して、広い室内に木霊した。椅子に座る自分の前で跪く、黒い獅子の鎧を身に付けた相手を見つめる男の視線は、冷淡そのものだった。

「全て想定の範囲内でございます。我等が主よ」

 慇懃な言葉に満足気に頷くと、男は手にした酒盃を煽り口角を吊り上げた。

「カイラスがウンディーネの町を占拠し、我々を討伐する挙兵の準備をしているようです。また、クォーツも現在八個までが破壊されております。程なくクォーツの新たな力が開示されるかと存じます」

 先日、正式にウンディーネの町は英雄カイラス卿の配下に入る事を宣言し自治権を譲渡した、そして秘密裏に私兵を募っているのではないかとの情報がオベリスクストーンには書き込まれている。

「面白いではないか。嘗て国を救った英雄が、今度は国を倒そうと言うのだ。この喜劇に付き合ってやるのも悪くあるまい。奴隷出身の三文役者には似合いの台本だ」

 短く笑った男は三十代前半。筋骨逞しい体に濃い土の色の長い髪の毛。無精髭を生やした精悍な顔付きに、野心の炎を湛えた瞳をしている。

「カイラスは利己的な男だ。欲は深いが、逆に思慮は浅い。その分行動は読みやすい。我等の祈願成就の為の善き噛ませ犬となってくれよう」

「御意」

 鎧の男、シュウは男の声に恭しく頭を下げた。身に纏った黒い獅子の鎧は王家の者しか知りえない門外不出の練成法で作られる。それを与えてくれた男に心酔している様子だった。

「ですが、多くのクォーツを所持するのは別の一行でございます。アンジェリナとか申す女が六つものクォーツの検体を討伐しております」

 シュウは神経質そうに眼鏡を押さえながら、男に報告書を差し出す。こちらから差し向けたクォーツの検体とは別に、幾つかの検体の場所を探し当て討伐している事が報告書には記されている。オベリスクストーンの発信は皆無であり、誰とも連絡を取っている様には見えない。一行の内の一人が定期的に居場所を書き込んでいるが受信している情報はない。行動履歴を透写トレースした地図を見て、男は訝しげに眼を細めた。

「出来すぎているな。アンジェリナ……あやつは、あの女とも懇意にしていた冒険者だったか。俺も数回目にした事はある」

 苦々しく口にする言葉に呪詛の念が込められているのを感じ、シュウは唾を飲み下した。

「おそらく直轄ギルドの差し金かと。数ヶ月前に秘密裏に入れた査察により、彼のギルドはいち早くクォーツの情報や我等の存在を察知したようだとの報告を得ています。現在は表立った行動はしておりませんが、形式上追放したアンジェリナという女を遣っているのは間違いないと思われます。また、先日影に内偵を命じましたが、返り討ちに合い情報は得られませんでした。今のうちに制裁を加えますか」

「焦らずとも良い。所詮、冒険者など烏合の集。正義は我等にこそある。正統な王に支配されてこそ、民は真の平和を享受することが出来るのだ。愚かな民にそれを解らせるのも、支配者の務めと言うもの」

 ”正統な王”と言う自らの言葉に陶酔したように男は大きく息を吐いた。その言葉にシュウも頷く。

「戦闘情報の解析を急がせます。これまで以上の強力な武器ができる事は間違いありません。完成すれば、冒険者など雇わずとも国土を広げる事が出来ます」

 うわずった声でシュウが告げると、男も興奮したような眼を向けた。

「不屈の兵団を率いて、版図を拡げるか……。後世に俺の名が刻まれるのを想像するのも悪くないな。シュウよ、今後とも正統な王の家臣として尽くしてくれよ」

 報告書を読み終えた男は指を鳴らして、侍従を呼び寄せると金貨の入った袋を受け取った。それを無造作にシュウの足元に放り投げる。

「一生ついて参ります。陛下」

 袋を拾い上げ中身を確認して笑みを浮かべると、シュウは低頭して退出した。

 陛下と言う呼び方に支配欲を刺激されて、男は身震いを起こした。


「……これで宜しかったかな。練成師殿」

 シュウが退出して足音が遠くなっていくのを確認してから、暗がりの奥にいるもう一人の人物に、男は声をかけた。

「宜しゅう御座います。損得でしか物事を考えられない、あのような俗物には金さえ与えておけば幾らでも飼い慣らす事ができますゆえ」

 暗がりから声が返ってくる。人間を物としか感じていない声に男は肌を粟立たせた。

「理を超えた練成術が完成すれば、力を持たないあのような豚が生きていける場所などないと、嫌でも解る日が来るでしょう。それまで短いこの世の春を謳歌させてやりましょう」

 冷たく言い放つと、暗がりに居る人物は音も無く退出した。

 広い部屋には椅子に座る男だけとなり、沈黙が部屋を支配した。


「誰にも邪魔はさせぬぞ……」

 食いしばった口からそれだけを絞り出すと、男は腰掛けている椅子の肘掛をきつく握り締めた。その椅子には王家の者しか身に付ける事が許されていない、金色の龍の意匠が施されていた。

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