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情報

 アンデッドと化した町長が落ちてきた天井から二人の男が降り立った。色白で金髪の冒険者と褐色の肌の美丈夫、マーサとカイラスである。

 二人が一緒であると言う事実は、利害が一致している事を意味しており、どうやらクォーツを回収するための障害がより大きくなったと和美は思わざるをえなかった。ミーミル山の宿場でのカイラスの行動と、終戦にまつわるアンジェリナの記憶を見せられれば尚更である。

 マーサは動かなくなった町長の体に聖水をかけて浄化させると、跡に残ったクォーツを拾い上げた。

「こいつは貰っていくぞ」

 無造作にクォーツを胸元に入れると、愛剣カリ・ユガの切っ先をベーカーに向けた。明らかな殺意が剣を伝わって部屋の空気を震わせる。

「ななな、何でも良い。助けてくれゲコ。知ってる事は全部話すし、そのクォーツも差し上げるゲコ。だから殺さないでゲコ」

 卑屈な笑いを浮かべながら体中に油汗をかいてベーカーは懇願する。

「今まで何人の人間が、貴様の前でそうやって命乞いをした」

 見透かしたような声でマーサがベーカーに近づく。町長がアンデッドであったと判明した今、その手下であったベーカーを生かしておく理由は、マーサには無かった。

「お待ちになって。そのフロギーには聞きたい事がありますの。処分はこちらの機関に任せて頂けないかしら」

 片手剣を納めた和美が、マーサに提案する。カイラスと言う英雄が関わっている以上、ウンディーネの町長殺害の件で咎められる必然はないと思うが、ことの経緯を知る証人は必要であった。

「話は町長から聞いたさ。こいつらは闇の練成師と組んでいたのさ。遺跡でアンデッドを冒険者と戦わせて戦闘情報を収集、解析して練成師に提供し、町長は自らもアンデッドの実験台となって寿命を延ばしてまで、この町の利権に固執したようだ」

 吐き捨てるように言うと、マーサは大剣を薙ぎ払った。その剣は空気を切裂きベーカーの眼前を翳めると、乾いた音を立てて背中の鞘に納まった。

「こんな、小者を斬っても世の中が変わる訳でもないか」

 腰を抜かして座り込んだベーカーを一瞥して、マーサは嘆息した。

 そのとき、グングニルが片手剣と盾を落として蹲った。ベーカーの投げたダガーによって足に負った傷口が紫に変色している。フロギーの体内で精製される油に含まれる毒を抽出した液体がダガーに塗られていたようだ。

 全員の視線がグングニルに集中した一瞬の隙に、ベーカーは両手を懐に忍ばせた。

「馬鹿どもが、その男には一本でも当たれば充分と言ったゲコ。全員まとめて死ぬゲコ」

 片手で三本ずつ、計六本の毒の塗られたダガーをベーカーが放つ。


 その一瞬前。和美の片手剣とマーサの大剣がダガーを握ったままのベーカーの両手を切断した。両手首を失って倒れ込むベーカーは血液が溢れ出る傷口を押さえることも出来ずに、絶叫をあげて地面をのたうち回っている。

「どうする。これがこいつの本性だと思うが、それでも生かしておいてやるのか」

 冷たい視線を地面を転がるベーカーに送りながら、マーサは和美に聞いた。和美が返答に窮していると、カイラスが歩み寄り、迷い無く得物の槍をベーカーに突き刺した。声を上げることも出来ずに、英雄に胸を突き刺された哀れなフロギーは数回痙攣を起こし、やがて動かなくなった。

「早く解毒をしてやるんだな」

 カイラスは振り向くと鉤のついた縄を自分たちが降りてきた天井に向かって投げ上げた。

「待って、マーサ。私たちに強力してくれませんか。あなたの力を私たちに……いいえ、私に貸して欲しいのです」

 グングニルに解毒の魔法を練成しながら、ユミは声を上げた。

「生憎だが、俺はお姫様の護衛をするって柄じゃない。こいつと力で成り上がるのが俺には合っている。お前等には悪いが、ウンディーネの町は貰うぞ。ここを拠点にもっと大きな力を俺は手に入れて見せる。そのうち、お前等の持つクォーツも貰い受けに行くとリーダーに伝えろ」

 マーサの言葉には本人にしか解らない程の未練が込められていたが、それに気付く者は居なかった。故意にユミを視界に入れないまま、マーサもカイラスに倣って縄を昇っていく。

「あなた方とわたくしどもの生きる道は違う。それでも練成師を倒す目的は一致していますわ。お互いで争って奴等を喜ばせて差し上げる必要はないのではなくって」

「だから貰い受けに行くと言っただろう。その時、拒否するかどうかはお前たち次第だ。すんなり渡せばお互い争う事もないだろう。今ここで、お前等を人質にしたりしない事にせいぜい感謝するんだな」

 マーサの言葉に返す言葉も無く、天井に向かって昇っていく二人を和美たち一行はただ見上げることしか出来なかった。



「そんな事があったのか、助けてやれずに済まなかった」

 帰還した和美たちは、死者が溢れる自治府で救出活動をするアンジェリナたちに一連の経緯を報告した。町の入り口で冒険者に囲まれたアンジェリナたち一行は、相手を説き伏せることが出来ずに、止む無く実力行使で相手を黙らせた。死人が出ないように相手を無力化するのは、実力差が開いていないと容易ではない。アンジェリナが四人を、残りの三人で二人ずつを無力化して、自治府に向かうと数時間前に来た建物は凄惨な現場と化していた。

 武器を手にした私兵の冒険者と見られる者と、自治府の運営をする非戦闘員まで自治府に属する者は人間、亜人の区別無く残らず胸を一突きされ殺されていた。生き残った僅かな商人や町民を助け手当てしている所へ、遺跡から急遽戻った和美たちが自治府に姿を現したのだ。

「どうやら、この町と遺跡はアンデッドの実験場だったようですわね」

 外部との接触が断たれた自治府のオベリスクストーンに書き込まれた思念を解析して、和美が推論を出す。

「集めた情報を何らかの方法で練成師に伝えていたわけですね」

 ナオは和美から渡された情報を自分のオベリスクストーンに透写してケイに回す。町の戦闘で負傷したらしく、腕や足に血の跡が残っている。傷自体は魔法で塞いだようで問題は無いようだ。

「記録は一週間毎に更新されていて、最後の記録が昨日って事は、あと六日で新しい記録を送らないと、練成師に我々の動きが感づかれてしまうかも知れませんね」

 確かに定期で送られる連絡が来なければ、ウンディーネの町での出来事が察知されてしまう可能性は高い。

「その前に、マーサやカイラスがウンディーネの町を実効支配した事が公表されれば、嫌でも練成師に伝わるだろうさ」

 既に町の入り口にはカイラスの家紋が入った旗が立てられ、住民には緘口令が敷かれているようだ。だが、このような事態がオベリスクストーンに書き込まれない事は皆無だ。アンジェリナとしては、この町でこれ以上の騒ぎを起こす事も、マーサたちとここで一戦交えることも望んでいなかった。まずはアンデッドの行方を追う。残り四体を早急に探し出し、クォーツを回収する。

 無駄な犠牲を出さずに目的を達成するためには、マーサとカイラスの持つ二つに固執する必要も時間も無かった。町で二人と会わなかった事は偶然ではあるが、先を越されたという敗北感は否めない。

 過度な程に飾られた花は、自治府に満ちるアンデッドの死臭を消すためのものだったのだ。そして自治府の奥に遺跡へ通じる抜け道があり、そこでアンデッドの研究や情報解析が行われていた。それに気がついていれば、これほど多くの人が死ぬ事を未然に防げたかもしれない。後悔だけがアンジェリナの胸に残り、真綿のようにゆっくりと心を締め付けていく。

「そんなに自分を責めない事ですわ、アンジェリナ殿。こうなる事も想定した上で彼等は練成師の思惑に乗ったのだから、あなたのせいで死んだのではなくてよ」

 和美の言う事は正しい。頭では解っていてもアンジェリナは自分を納得させる事が出来なかった。いつも自分の周りで人が死ぬ。どれだけの死体を眼にすれば、自分たちが望む世界がやってくるのだろう。

 それとも、人間は滅びるまで殺し合いを止めない生物なのだろうか。

 魔物と言う外敵ではなく、同じ人間同士で殺しあわなければならない性をアンジェリナは憂いた。それは翻って、冒険者として多くの命を奪ってきた己への憂いでもあった。

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