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逆転

 着地したケルベロスは毒々しい紫色の体毛を逆立たせながら低い唸り声を上げて、グングニルを凝視している。狼の魔物と言っても、その体は熊よりも大きく、口からは体内で精製される可燃性物質により炎を吐くこともできる。手馴れている冒険者であっても単独で挑むの事は出来るだけ避ける、危険な魔物である。

「こいつはアンデッドじゃないんだな」

 突如現れた強敵を前にしても、グングニルは怯える事は無かった。先ほど広間に召喚されたエレメントロードはアンデッドになっていたが、自分の目の前に居るケルベロスはそうではない。つまり相手は切り札を出してしまっていると推測したグングニルは、優位だと思い込んでいるベーカーに舌戦をしかけてみる事にした。

「お前くらいが相手なら、このくらいの魔物で充分ゲコ。さっさと終わらせて、町長様にご報告するゲコ」

 ベーカーは剣の届かない範囲から動く事無く、魔物越しにグングニルの様子を窺っている。

「町の四人はどうする気だ」

 慌てた素振りでグングニルは叫ぶ。どうやらベーカーは優越感に浸るのが好きな悪趣味なフロギーのようだ。こちらが弱みを見せれば、必要のない事まで喋ってくれるとグングニルは考えた。

「心配しなくても良いゲコ。広場に残ってる三人共々、仲良くあの世に送ってやるゲコ。向こうの奴等には別の罠を仕掛けて在るゲコ。馬鹿な人間同士、殺しあえば良いゲコ。尤も、美人が多いパーティーだったから、女共は死んだ事にして奴隷商人に売りさばけば、極上の値が付きそうゲコ」

 卑猥に腰を動かして、残忍な笑みを浮かべながらベーカーは語る。

 大戦後、エルドラゴでは奴隷の所持や人身売買は禁止されている。しかし、一部の富裕層や国の監視が行き渡らない裏の社会には、今でも人間を商品として扱う輩が居る事は事実であり、冒険者の使用人として働いている亜人なども、無償で強制労働させられている事例が報告されているのが実情である。

 軍事力、武力を背景として表面的な繁栄を誇るエルドラゴにも人身売買や人種差別が根強く残っているのが若いグングニルにも痛いほど解った。

「大した自信だな。俺はともかく、プラチナを戴く隊長や和美殿がそう易々と負けるとは思えないが」

「国に賄賂でも贈ってるんじゃないかゲコ。あの若さで、しかも女がプラチナ取るなんて考えられないゲコ。それとも女である事を武器にして、運営を誑かしたんじゃないかゲコ」

 ベーカーは吐き捨てたが、その言葉には醜悪な男尊女卑の思考と金で全てが決まるという自身の安い人生観が滲み出ていた。

「フロギー全員がそういう思考を持っていない事を切に願うよ」

 グングニルは怒りよりも哀れみを湛えた眼でベーカーを見遣った。この種族が金に執着する事は知っていたが、地位や名誉さえ金でどうにかなると考えている所まで腐っているとは思っていなかった。人間も全てが聖人君主ではない。だが、少なくとも自分を育ててくれた父や尊敬する姉、上官と仰ぐ冒険者たちは、口が裂けてもそんな事は言わないだろう。自分を真っ当に育ててくれた家庭と周りを取り囲む人々にグングニルは感謝した。

「フン。奇麗事を。金さえあれば何だって手に入るゲコ。地位や女、自分の寿命だって買える時代がやってくるゲコ。その為にウンディーネの町はあのお方の思想に賛同し、実験に協力をしたんだゲコ」

 ベーカーの眼が血走っていく。言葉で表せない邪悪なものに憑かれたように口角から泡を吐き出して叫ぶ。

「お喋りは終わりゲコ。殺れ、ケルベロス。この偽善者の命を供物として捧げるゲコ。人間の冒険者ばかりがデカイ面をする時代は終わりを迎えるゲコ」

 ベーカーは腕を高く挙げて振り下ろすとケルベロスに攻撃の合図を出す。獰猛な魔物をどう手懐けているかグングニルには解らなかったが、多少の情報は手に入れられた。後はこの場を実力で切り抜けなければならない。グングニルが片手剣を構えてケルベロスに対峙する。

 その時、身を低くして前足で地面を掻き攻撃態勢に入ったケルベロスより速く、三つの影が躍りかかった。

 和美の片手剣がケルベロスの一つの首の眉間を切裂き、シーマのレイピアが一つの首の下顎と上顎を縫いつけ、ユミの氷の魔法が一つの首を一瞬で氷付けする。

「止めを刺しなさい。こんな下衆の呼び出した魔物に遠慮は要りませんわ」

 眉間から剣を引き抜き、重力に引かれ地面に落ちる間に盾で顔面を殴りつけながら和美が叫ぶ。

 思いもよらない早すぎる救援に咄嗟に動けなかったグングニルは我に返ると、ケルベロスの脇に回りこんで片手剣を一閃した。巨木のようなケルベロスの胴体は真っ二つにされ、大量の血が噴き出し地面を塗らした。ケルベロスの切裂かれた内臓からは人間の腕や足などの一部のような物体が溢れ出し、この魔物が人間を食料にしていたことが窺えた。

「さて、お喋りなカエルさん。大体の事は解りましたが、詳しくお話を聞かせてもらいましょうか」

 剣を鞘に納めると、エレメントロードから採取したと思われるクォーツを右手で弄びながら、和美が冷たい笑みをベーカーに投げかける。フロギーをカエルと呼ぶのは最大の侮辱であるのだが、和美は敢えてこの呼び方を使って相手の自尊心を逆撫でした。

 ベーカーにしてみれば誤算も甚だしい限りだった。遺跡の奥で無敗を誇り、数々の冒険者を倒し戦闘記録を撮っていたエレメントロードが僅かな時間で討伐され、ケルベロスまで葬られた。プラチナの冒険者とはこれほど強かったのか。それとも今まで自分が見てきたプラチナの冒険者が弱かったのか。兎に角、自分の生殺与奪は目の前に居る冒険者たちが握っている事は間違いない。攻守は一瞬にして逆転されたのだ。そうとなればベーカーに他に選択肢はなかった。

「ご、誤解だゲコ。オレッチは魔物に襲われそうになって通路をを逃げてきただけゲコ。皆さんのお陰で助かったゲコ。このご恩は一生忘れないゲコ。町に帰ったらたっぷりお礼をさせてもらうゲコ。町長に頼んで、謝礼も弾んでもらうゲコ」

 卑屈な笑みを浮かべてベーカーは両手を挙げて飛び上がる。和美にカエルと呼ばれようが関係なかった。自尊心より保身が優先であり、他人が傷ついたり命を落としたりするのには無関心だが、自分の身は最優先で守るものであり、その為にはどんな嘘もつけるし裏切りを厭う事もない。それがベーカーと言う人物の本質であった。


「誰に謝礼を弾んで貰うんだ」

 ケルベロスの降りてきた穴から声がして、次いで轟音を立てて大きな物体がベーカーの目の前に落ちてきた。

 それは口と腹を裂かれ息絶えた、アンデッドと化したウンディーネの町の町長であった。

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