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追跡

 禍々しい光を発しながら回転を続ける札の周りの空間に魔法陣が描かれていく。光が収まり異界から召喚されたのは、エレメントロードと呼ばれる上位の魔物だ。丸い壷のような体型は先程のエレメントと変わらないが、三メートルを超える巨体になり、背中の翼は三対六枚に増え、顔の様な部分に穿たれた二つの穴からは紅い光を発し、胴体から伸びた四本の腕には其々、火・氷・土・風の属性を司る杖を手にしている。

 そこまでの外観は普通のエレメントロードと変わらない。確かに希少種だが、和美もシーマも通常のエレメントロードを討伐した経験はある。しかし召喚されたエレメントロードはアンデッドと化し、異臭を放っていた。

 和美が目を開けると、エレメントロードの後方の通路に逃げていくベーカーの後姿が視界に入った。

「グングニル。この場はわたくしたちで何とかします。あなたは逃げたベーカーを追って。必ず何か知っていますわ。逃がしてはなりません」

 先ほど投げた剣と盾を拾い上げ、和美が叫ぶ。禍々しい眼光を放つエレメントロードが視界に入り、和美は肌を粟立たせた。

「何を言ってるんですか。俺も戦います。皆さんを置いて行ける訳ないでしょう」

 一人別行動を命じられたグングニルは咄嗟に反論した。つまり希少種の魔物を相手にするのは自分には荷が重いと判断されたのだ。

 いつもそうだった。己より強い女性は、まだ若いグングニルに危険な任務を与えようとしない。アンジェリナも、和美も、そして二人の姉たちも……。自分の不甲斐なさに腹が立った。五年前の大戦当時、まだ冒険者の称号が与えられていなかった自分は、本当の戦場に立てていない様な気持ちがいつまでも拭えなかった。

「これは命令です。あのフロギーは奥へと逃げていった。きっとこの奥にウンディーネの町と連絡を取るオベリスクストーンか外への抜け穴が在るはずですわ。奴を捕らえて外のアンジェリナ殿たちに伝えて。あの町には居てはいけない」

 和美はそれ以上の反論を許さない強い口調で断言し、手にする片手剣に力を込める。用意なしで希少種と戦おうと言うのだ、危険を伴わない筈がない。

 誰かが逃げたフロギーを追い、町に居る仲間に危機を伝える必要があるのはグングニルにも解っていた。そして、一行の中で一番戦力として劣るのが自分である事も充分理解していた。

 冒険者個人としての誇りよりも、パーティーとしての役割を優先する。そんな事も出来なくては、いつまで経っても一人前の冒険者と言われる筈もない。グングニルは自分を納得させて唇を噛み締めると剣を鞘に戻し、一つ頷いて通路に向かっていく。


 無言で走り去るグングニルの背を見送り、和美は一つ大きく深呼吸した。

「そう、いい子ね。……でも、アルトアイゼン家の嫡男を一人で放り出したと知れたら、わたくしの身も只では済まないかしらね」

 回収目標たるクォーツを持つであろう魔物は間違いなく強大になっていた。ワイバーン、ワーム、そしてエレメントロード。この先どれ程の危険な相手が待ち構えているか、和美は想像するだけで身震いした。しかし、それは恐怖からではなく、強い相手と命を賭して戦う事への渇望からくるものだった。相手が人間に仇なす存在である魔物である以上、和美には現状を武力で解決することに遠慮する必要など微塵もなかった。

「さあ、かかってらっしゃい。アンデッドのエレメントロード。エルドラゴでプラチナを頂く冒険者の実力、見せてさしあげるわ」

 不敵な笑みを浮かべると、和美は印を結び、大気の防護膜を練成した。

 それに倣い、シーマがレイピアを構え、ユミが補助魔法を練成する。三人は一斉に別の方向に分かれるとエレメントロードに襲い掛かった。



 狭い通路は長く続いていた。どれ程先に進んだか定かではないが、道が分かれることはなく、真っ直ぐに何処かに繋がっているようだった。巨大蠍を蹴散らし、ジャッカルを薙ぎ倒して奥へ進む。和美たちは無事エレメントロードを倒せただろうか。グングニルは時々立ち止まって振り返ってみたが、魔物の亡骸が散乱する通路を誰かが追いかけてくる気配は無く、先を急ぐ事にした。

 突如視界の奥から幾つもの銀色の光が自分に向かってくるのを捉えたグングニルは反射的に盾を翳した。乾いた音を立てて盾に跳ね返されたのは投擲用のダガーであった。上半身を狙った数本を防ぐ事はできたが、脚部を狙った一本が右の太ももに掠り傷を付ける。続けざまに飛来するダガーを片手剣で叩き落とすと、通路の闇の向こうからベーカーの声が響いた。

「あれだけ放って、一本しか当たらないゲコか。でも一本でも当たってれば充分ゲコ。広場で戦ってる奴等同様、お前もそこでくたばれば良いゲコ」

 その声は、不気味に薄暗い通路に反響したが、グングニルに相手が近くに居る事を伝えた。声がした方向へ真っ直ぐにグングニルが駆けていくと、天井の高い円形の部屋に辿り着いた。部屋の奥には和美の読み通り、オベリスクストーンが淡い光を放って回っており、その側にベーカーが笑みを浮かべて佇んでいる。

「一番弱そうなお前が追いかけて来たゲコか。心配して損したゲコ。他の三人だったらオレッチでも苦戦したかも知れないけど、お荷物のお前が相手なら楽勝ゲコね」

「随分安っぽい台詞だな。それ、俺を挑発してるつもりか。和美殿から賜った大事な命令だ。それぐらいの挑発で、俺が我を忘れるものかよ」

 グングニルが鞘から愛剣を抜き、静かに迫る。殺してはならない。このフロギーからは聞き出さなくてはならない事があるのは、和美から言われるまでもなく解っていた。

「余裕を持っていられるのも今のうちゲコ。後で泣き付いても赦してやらないから、安心して地獄へ行くと良いゲコ」

 剣の間合いに入らないように距離を取り、ベーカーが薄く笑いを浮かべて指を鳴らした。すると、轟音と共に天井が開き、グングニルの前に「地獄の番犬」の異名を持つ、ケルベロスと呼ばれる三つ首の狼の魔物が砂埃を巻き上げて着地した。

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