遺跡
太陽神ラーの遺跡は砂に埋もれた四角錐の形状をしている。この四角錐状の遺跡は元来、逝去した権力者の復活を願う儀式を行う場として造られた建造物であり、最奥には黄金と共に冥界から戻ってきた魂が入る器である死者のミイラが安置されている事が多い。オアシスの町ウンディーネの近くにある遺跡も形こそ四角錐だが、どうやら前述の目的ではなく、神を降臨させる為の祭事を行っていた神殿のような場所であったと報告されている。
立方体に切り出した岩を気が遠くなる程積み上げた遺跡の下層に、本来は入り口が作られているのだが、長い年月を掛けて砂の中に埋没してしまった為、地上にほんの僅かに顔を覗かせている上層から冒険者は侵入する事になっている。
四半日かけてウンディーネの町から到着した和美たち一行は、小休止を取ってから遺跡に入る事にした。情報によると遺跡は十層。その奥に玄室と呼ばれる宝物庫に繋がる通路があると言う。
「こちらから、どうぞでゲコ」
町で雇った案内役のベーカーと言うフロギーは、長年冒険者に帯同している経験があり、遺跡の内部構造も把握している。尤も、最奥の宝物庫に辿り着いた者は居ないとされているので、ベーカーも遺跡の全てを知りえている訳ではないようだ。遺跡内の通路は広く、冒険者四人が並んで通れる程度の幅がある所もあり、窮屈な印象は受けない。壁にはレリーフと古代象形文字ヒエロスグリフにより、太陽神の生誕の物語が鮮やかに描かれている。ユミが杖の先端に取り付けられたオーブと呼ばれる魔力を宿した球体に光を灯しているので、視界も確保されている。遭遇する魔物も、取り立てて凶悪なものではなく、道に迷いさえしなければ、特に危険な探索と言うものではなかった。
「あなたがた、強いでゲコ。オレッチなんだか嬉しいでゲコ」
ベーカーは上機嫌で奥に進んでいく。一行のリーダーをアンジェリナから任された和美は周囲の警戒を怠らず殿を努めている。案内役のベーカーのすぐ後ろにグングニルが立ち、中央に明かりを持っているユミ、その後ろにシーマが続き、最後尾で和美が睨みを効かせている。隊列を組む時は、防御の低い術士をできるだけ中央に置くのは定石で、パーティー全体で周囲に気を配り、可能な限り不意打ちを防ぐ必要がある。
「気を付けて。何か……来る」
八層まで辿り着いた所でシーマが突然立ち止まり、レイピアを鞘から抜く。既に遺跡の魔物の血を大量に吸った細い刀身がオーブから発せられる光を反射させた。空間が限られている屋内ではレイピアや片手剣のような小さな動作で戦える武器の方が有利である。器用な和美は探索が屋内という事で、手持ちの得物を片手剣と盾に変えている。
十メートル四方ほどの部屋の中央まで慎重に進んだ所で、壁際に佇立する十二本の柱の其々の陰から、文様の描かれた丸い壷に羽が生えたような奇妙な形状の魔物が音も無く現れた。
「エレメントか」
和美が苦々しく吐き捨てた。エレメントとはマナの属性を宿した意識体のようなもので、敵意があると判断した者を無差別に魔法で攻撃してくる。冒険者の間では「自動砲台」と呼ばれる厄介な魔物であった。エレメントには四種類の色があり、其々緑が風、茶色が土、赤が炎、青が氷のマナを宿している。
揺ら揺らと浮遊しながら柱の陰から姿を見せると、十二体は一斉に体に溜め込まれたマナを使って魔法を練成し始めた。それを見た和美の顔から血の気が失せる。
「正面の壁まで走って。部屋の中央で十字砲火を浴びたら、ひとたまりもありませんわ」
叫ぶと同時に全員が走り出した。一点を狙って放たれた魔法が一行のすぐ横を擦過する。先頭のグングニルが目の前のエレメントに盾を翳しながら体当たりしてエレメントの包囲を崩した。
「私が炎を倒します。皆さんに属性憑依魔法を掛けるので、和美さんは氷を、シーマさんは風を、グングニルさんは土を攻撃してください」
杖にはめ込まれたオーブに込められた魔力を解放して、ユミが一気に魔法を練成する。属性を持ったエレメントには、相対する属性の攻撃が絶大な効果を発揮する。和美、シーマ、グングニルの武器に其々属性が掛けられる。これなら火力の低い片手剣でも、一撃でエレメントを仕留める事が出来るはずだ。
「この憑依魔法は二分が限度。速攻で片付けますわ」
第二波の魔法の一斉攻撃を和美とグングニルの盾で防ぐと、四人は其々のエレメントに向かって行く。エレメントの魔法は強力だが、放たれる攻撃魔法は射線上に入らなければ当たる事はない。和美は盾を捨て氷のエレメントに一気に詰め寄る。高く跳躍すると魔法練成中の無防備なエレメントに片手剣を上段から振り下ろした。渾身の一撃を喰らい、陶器が割れるような乾いた音を立ててエレメントは砕け散った。着地と同時に再度跳躍して魔法をかわすと、和美は片手剣をまるでダガーのように構えて正面の炎のエレメントに向かって投じた。吸い込まれるように壷型の胴体の中央に和美の投じた片手剣は命中し、二体目を仕留める。
シーマはレイピアを片手で持ち、剣先を相手に突きつけるような独特の構えから殺到する魔法攻撃を表情一つ変えずに紙一重でかわすと、大きく踏み込んで神速の突きを繰り出した。鍔元まで貫通したレイピアを引き抜くと、エレメントを長い脚の踵で蹴り付け止めを刺す。レイピアで風穴を開けられた部分に高いヒールがめり込みエレメントの体に無数に罅割れが走っていく。深々とめり込んだヒールをシーマが引き抜くと、エレメントの体は粉々に砕けた。床に身を投げ出し一回転して魔法をかわすと、左手の弾丸を射出する。寸分の狂い無く弾丸はエレメントの丸い体に無数の穴を開けた。まるで芸術家が魂を込めた作り出した彫刻が、命を吹き込まれ動き出したような優美な動きは、まさしく絶世の美女と謳われたシーマのものであった。
グングニルは盾を翳して突進する。魔法防御と共に、直進する魔力を減殺する加工を施されている「クシナダ」と呼ばれる奴の国の女神の名の盾は魔法を防ぐと言うより、弾いているように見えた。盾を翳したまま零距離までエレメントに接近し、下段から片手剣を突き上げた。シーマ同様、こちらも刺突に特化して造られたバルダー金属で作られた剣はエレメントを真っ二つに切裂いた。
走りながらでも魔法を練成する集中力を持つユミは、襲ってくる魔法の弾道を読み取り巧みにエレメントを誘導していく。杖に貯蔵していた魔力は先ほど解放してしまった為、己の魔力とマナを遣って魔法を練成する。攻撃範囲にエレメント二体が入ると同時に、胸の前で印を結び魔法を発動さた。炎のエレメントを氷の魔法で作られた氷柱が串刺しにする。
一瞬の攻防で半数以上のエレメントを討伐した一行の戦闘を見て、柱の陰に逃げ込んだベーカーは口角を吊り上げた。
「これは、予想以上でゲコ。良い検体が見つかったゲコ」
そう呟くと、魔物を召喚する札に印を施し、部屋の中央に向かって放り投げた。倒されたエレメントの残骸と残りのエレメントが空中で回転する札に向かって引き寄せられる。明らかに今までのエレメントより強力な魔力を持つ魔物が召喚されようとしている。
「ベーカー。お前、まさか裏切ったか」
異変を察知したグングニルが声を荒げたが、ベーカーは意に介する様子は見せなかった。
「人聞きのわるい事を言うなゲコ。オレッチは元々町長様の僕だゲコ。任務を遂行しているだけで、裏切り者の汚名を着せられる憶えはないゲコ」
人間の拳程もある二つの眼球に残忍な笑みを浮かべて、ベーカーは札の力を解放する印を結んだ。
光が一点に集まり、一気に膨張していく。あまりの眩しさに顔を逸らしたままの和美たちは、強敵が召喚される事を止める術を持ち合わせて居なかった。
更新して数時間。ベーカーの名前が間違って入力されてた場所がありました。22日訂正済み。




