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誤解

 オアシスの町ウンディーネの自治府は砂と粘土を練り合わせて固めた煉瓦造りの建物で、一階が待合室や会議室、二階が町長の執務室、三階は町長の私室と言う造りだった。

 門兵にエルドラゴ王国から交付されているプラチナランクの身分証をアンジェリナが提示すると、照会もなく待合室に通された。待合室には商人の出で立ちをした者が多く、恐らく納税や陳情などに来ていると推測された。広い室内の中心には大きな卓が置かれ、飾られた熱帯の花々が強い香りを放っている。壁や床の掃除は行き届いているとは言えなかったが、花を飾る事だけは怠らなかったようで、行き過ぎとも言える量の花が自治府のあちこちに飾られていた。町長への面会は日中のみに行われるので、自治府を警護する部隊は昨日の晩を町の外の宿屋で過ごす事になった。

 アンジェリナ、パンダ、ナオ、ケイは其々椅子に座り、面会を待つことにした。昨日の昼間、編成に悩んだアンジェリナであったが、暑さに弱いパンダを砂漠に連れて行く選択肢は初めからなく、ナオとケイに付いてはアンジェリナと離れる事を断固拒否したため、半ば自動的に編成は為されてしまった。本来ならアンジェリナがより危険な遺跡の探索に向かうべきだと提案したが、隊の長たる者が自治府に出向かないのは不義だと和美に説得され、このような結果に収まっていた。

 和美、シーマ、ユミ、グングニルは町で案内役のフロギーを雇い昨日の夕暮れと同時に遺跡に向けて出立しており、何も無ければ今日の朝から探索を始める事になっていた。日程は丸一日限定で、時間までに最奥に辿り着けなくても帰還する予定だ。プラチナランクの冒険者が遺跡に向かう事はすぐに町中に知れ渡り、幾人かの冒険者のパーティーが和美たちの後を追って出立することになったようだ。要は戦闘力の高いプラチナランクの冒険者に続いて遺跡に入り、素材や宝物庫の中身のお零れを頂戴しようと企む連中だ。そのような思考の連中に遅れを取る和美ではない。しかし、同行する者たちを拒否する権利はないが、守ってやる義理もないと考えているようで、要らぬ怪我人が出る可能性をアンジェリナは危惧していた。遺跡ではここ数ヶ月で何人もの冒険者が行方不明になっており、その謎を解明するために、自治府が今回の依頼を出しているとオベリスクストーンには記されていた。

「そう心配するな。龍の守護者もついておるのだ。太陽が西から昇るような事が無い限り、あの黒髪の女は無事帰ってくるだろうて」

 グラスに刺されたストローを口に咥えたまま、清涼飲料を啜りながらパンダがアンジェリナに告げる。待合室は空調管理されているようで、外よりもはるかに涼しい。

「私が心配しているのは、後を追って出て行った冒険者たちのことです」

 青と白の軽鎧を身に着けているアンジェリナは両手を組んでなにやら思案している。

「彼等とて冒険者です。自らの身は自らの力で守るでしょう。アンジェリナ殿のお心遣いは解りますが、どうか過分な心配はなさらぬほうが良いかと」

 ケイが極めて畏まって口を挟む。アンジェリナの優しさは充分に知っているケイであるが、剣の届かない範囲の人間まで救うことは出来ない。

 

 程なく執務室に通され、受付の事務官に用件を伝えたが、事の重要性を理解してもらえず、町長との面会は叶わなかった。依頼の報酬の宝玉についても尋ねてみたが、事務官の管轄外らしく、有益な情報を得る事も出来なかった。昨日から半日待ったにも関わらず、一行は手ぶらで帰る事になった。


「気に喰わんな」

 先程より深刻な顔で、町の外の宿屋に戻ってきたアンジェリナは考え込んでいる。何かが腑に落ちなかった。

「そうですよ。なんですかあの態度。心配して警護の申し出をしたのに必要ないって」

 ナオはアンジェリナの提案が却下された事が気に入らないらしい。

「まあ、断られてしまったものは仕方ない。幸いこの町は帯剣が許されているからな。何かあったら駆けつければ良いさ」

 まるで自治府が襲われないと知っているような対応。依頼書を配っておきながら報酬についての詳細が知らされない状況。行方不明者が続出しているのにも関わらず、遺跡に向かって行った他の冒険者。不確定な要素が多すぎて判断を下す事が難儀な状況であり、何か事が起きないと行動方針を決定するのは難しいようだ。ひとまず大人しく引き下がるしかないと、自分に言い聞かせるようにアンジェリナは呟いた。

「ですが、このまま待っているのも、遺跡に向かった皆さんに対して悪い気がしますね」

 真面目なケイは自分たちだけが楽をしているようで居た堪れないようだ。

「そうだな。余所者にどこまで気を許してくれるか解らんが、町でもう一度情報収集をしてみよう。あと一日待てば、和美殿たちも帰ってくる。それから考えても遅くは無い」

 言ってはみたものの、事態があと一日動かないでいるかは甚だ疑わしいように感じられた。


 その予感は的中し、情報を集めに向かったアンジェリナ一行は町の入り口の外で十人ほどの冒険者に囲まれた。冒険者は其々眼の部分だけが開いた白い覆面をしており、表情を窺う事は出来ない。その中で一番豪華な武具を身に着けている男がアンジェリナに剣を突きつけて来た。腰の刀に手を掛け、アンジェリナも戦闘態勢に移る。だが、相手は魔物ではない。人間を相手にする時は慎重にならなければならなかった。

「自治府の犬が、遂に尻尾を捕まえたぞ」

 投げかけられた言葉に、明らかな誤解を感じたアンジェリナは剣の柄から手を放した。

「待て、あなた方は何か勘違いをしている。我々は自治府の人間ではない。何か事情を知っているなら教えて欲しい」

 柄から離した手を上げて、アンジェリナは敵意が無い事を示したが、通じるような状況ではないようだった。

「惚けるな。お前たちが自治府に入っていく様を何人もが目撃している。死体商人どもめ、覚悟しろ」

 死体商人。その言葉で自分たちが罠に嵌められた事を悟ったアンジェリナであったが、それを目の前の冒険者たちに証明する術を今は持ち合わせて居なかった。男が突きつけて来た剣が殺意を宿してアンジェリナに襲い掛かる。迫り来る刃にではなく、自分たちの身に降りかかった罠について、アンジェリナは肌を粟立たせた。

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