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女神(外伝四話)

本編に全く関係ない、完全1話読みきりです。初のアンジェリナ以外の一人称のお話です。いつもと文章の雰囲気が異なる事を、先にお断りしておきます。

「今日は随分と機嫌が良いんだな。ナオ」

 私の隣を歩く隊長は私の顔を見ながら、そう言って微笑んだ。この人はアンジェリナ様。実は女王フィーナ様とも面識がある、プラチナランクのとても強い冒険者。本当は私なんかは一緒に歩く事も出来ない程の有名人だったりもする。

 ほら、すれ違う人がみんな隊長を振り返って驚き、ご一緒している私に羨望の眼差しを向ける。そう言う私も緊張して、まだ上手く喋れない事があるんだけど……。美人で背が高く、紅い大剣を振る姿は凛々しく、誰にでも優しい。今はエルドラゴの城下町だから、剣は佩いて無いけど、どんな武具でも似合ってしまうのも、アンジェリナ様の罪な所だったりする。

「そりゃ、そうですよ。女神ユノの記念日に隊長とご一緒できるなんて、光栄です」

 ユノの記念日は毎年二月十四日、全ての女神の祖であると伝えられるユノを祭る日で、愛し合う者たちを祝福する日でもある。こんな日にアンジェリナ様と一緒に居られるなんて最高の幸せ。ユノ様、感謝します。

「記念日と言っても、月に一度来る、素材や武具の買出しだろう」

 アンジェリナ様の機関の武具担当である私が、この日の為に買出しの日を毎月十四日にしたのだ。数ヶ月待った甲斐があったと言うもの。自然な流れで、アンジェリナ様と記念日を一緒に過ごせる口実が出来た。

「で、今日はどんな武器や素材を探すのだ」

「はい。技術の向上で、また新しい素材の鎧が練成されたそうです。是非ご試着して頂いて、ご感想を頂きたいです」

 下調べしておいた武具屋へ案内して、店主から説明を受ける。アンジェリナ様は魔力大剣遣いって言う、とても珍しい武器の遣い手で、お召しになる装備も一般的じゃないものが多い。だからこうやって、よりアンジェリナ様の戦闘様式に合う装備を探す必要がある。今使っている紅い甲冑も良いけど、ちょっと色が派手過ぎてアンジェリナ様向けでは無い気がするんだよね。

 新しい軽鎧は青と白が基調の清楚な感じの色使い。絶対こっちの方が素敵なはず。


「お似合いですよ」

 満面の笑みで試着室から出てくるアンジェリナ様をお迎えしてから、自分の失言に気付いた。

「ナオ。いつも言うが、似合う武具を探している訳ではないぞ。使い勝手が肝要だ」

 そう言うとアンジェリナ様は、鎧の肩や腰の可動域を確かめるため、店に備え付けてある模擬刀を持って「型」と言われる剣の演舞を始めた。アンジェリナ様は新しい鎧を試着する時、いつも十分以上こうやって無心で剣を振るい続ける。月に一度の私だけのご褒美の時間だ。やっぱりアンジェリナ様は剣を振るう姿が一番映える。あんな真剣な眼差しで剣を向けられたら、私はそれだけで昇天してしまうかも知れない。

 アンジェリナ様の模擬刀が空気を切裂く音だけが、店の中に刻まれる……。その律動が心地よくて私も眼を閉じた。





 ……あの頃、私には帰る場所など無かった。

 蒼雲ギルドの前代未聞の不正により、亜人種のドギニーへの差別的感情が王国全体規模で芽生えたからだ。不正ギルドは解散。実行を指示したドギニーのギルドマスターは焼身刑になり、死体は城門に晒された。

 私が当時在籍していたギルドのマスターもドギニーだった。件の事件の影響でギルドから離脱者が相次ぎ、財政難からギルドを維持できない状況に追い込まれていた。例に漏れず、ドギニーである私自身も根も葉もない嫌疑を掛けられ、ギルドに居場所がなくなっていた。自治する町や里を持たない私たちドギニーは根無し草と揶揄され、人間に媚びて生かされている種族と蔑まれる事もある。


「どこに行くにも、この耳があるんじゃ、信用されないのかな……」

 落ち込んでいた私がいつも一人で素材を集めていた、一神教の神殿遺跡の入り口で、オベリスクストーンにギルドへ探索の事前報告をしていた時だった。

「この遺跡に魔術師一人とは珍しいな。ここの魔物は魔法への耐性が高いだろう」

 声を掛けてきたのは亜麻色の髪の背の高い冒険者。とても綺麗な人だったけど、それ以上に眼を引いたのは背負った珍しい紅い大剣。……この人知ってる。アンジェリナって人だ。

 確か、救国の英雄とも面識があるプラチナランクの冒険者。最近、国の直属ギルドを辞めて自分で機関を立ち上げたってオベリスクストーンに書き込まれてたっけ。

「は、はい。でも、ここの遺跡の雰囲気がとても好きで」

 とは言っても、私一人じゃ入り口近辺までしか進めないんだけどね。

「唯一神が奉られた遺跡か。……確か最奥には祝福を受けた杖がある筈だ。どうだ、一緒に探索してみないか。私もここの調査をしていた所なのだ。最奥まで辿り着けたら、杖はあなたに差し上げる」

「私みたいなのがご一緒して良いんですか。アンジェリナさん」

 あ、名前呼んじゃった。

「どんな状況でも魔術師が居てくれると心強いからな。……私を知っているのか」

「はい。アンジェリナさんは有名ですから。……いや、そうじゃなくて、ドギニーの私が一緒じゃ心配かなって思って」

 ギルドで受けた侮蔑を私は忘れられなかった。好きでドギニーに生まれてきた訳じゃないもん。

「あの事件の事を気にしているのか。実行したのがたまたまドギニーであったと言うだけで、あなたには何の関係もあるまい」

 優しい言葉。でも、私は騙されない。要らなくなったら、きっと私はまた裏切られる。

「そうやって、優しい言葉でたぶらかして、またドギニーに罪を擦り付ける魂胆ですか」

 私、何言ってるんだろう。この人には何の恨みもないのに……。

「これは手厳しいな。私はただ、こんな手の込んだ立派なクロークを編める術士は多くないと思ったから、力を借りたかっただけなんだが。何か気に障ったなら謝る。済まなかった」

「私の、クローク」

 そう、お気に入りの赤いクローク。祈りを込めて織った自信作。ギルドの誰も褒めてくれなかったのに……。

「ああ、術士はみな自分で織るのだろう。あなたの気持ちが込められているのが解る。とても良く似合ってるよ」

 馬鹿だ。私。こんな優しい人に八つ当たりして、自分を慰めようとしてたなんて。しかも何も悪く無いのに謝らせちゃった。

「ごめんなさい。私……」

 何て言ったら良いの。どうやって謝ったら赦してもらえるかな。

「そうか、協力は望めないか。残念だが仕方ない。邪魔して悪かった。それでは、ご武運を」

 え、そのごめんなさいじゃないのに。どんどん私から離れていってしまう。駄目、行かないで。このまま立ち去られてしまったら、私、きっと後悔する。こんな私でも、必要としてくれる人の役に立ちたい。

「ごめんなさい。私、一緒に行っても良いですか」

 気が付くと、ありったけの声で叫んでた。お願い。振り返って。

「ありがとう。感謝する」

 そう言って、微笑んでくれたあの人の笑顔を、私は決して忘れない。


 それから数日間、一緒に遺跡に通って、辿り着いた最奥で待ち構えていたアンデッドを二人で倒して、私は約束通りこの杖を貰った。それからギルドを辞めて、アンジェリナ様の機関に入れてもらった。今はここが、私の、たった一つの帰るべき場所。

 この杖が在る限り、私はアンジェリナ様に仕え続けると決めたんだ。




「……ナオ。涎が垂れているぞ。寝ているのか」

 あれ。私、眼を瞑ってそのまま寝てた。昨日、興奮して眠れなかったからなぁ。クロークが涎で染みにならないように拭き取らなきゃ。

「疲れていたのか、起こして悪かった」

 また悪くないのに謝らせちゃった。あ、お召しになってる新しい青い軽鎧、やっぱり良く似合う。

「いかがでした」

「試着は終わったよ。良い性能だから、素材を集めてラングレーの工房で改めて練成してもらう事にした。ナオの見立てのお陰だな」

 やった。また新しいアンジェリナ様の装備品が増えた。



 必要素材の確認と納期、値段の交渉をして店を出た。その後、素材屋に行って不要なものの売却と、手入れなどで使う消耗品の購入。予算内で納まったし、買い物は無事終了。

 後は勇気を出して……。

「あの、隊長。一つお願いがあるんですが」

「珍しいな。ナオから頼み事なんて。武具のことで何か不都合でもあったか」

 全然気付いてない。……そうだよね。身分も種族も違うし。第一私、女だし……。でも、誰かを想う気持ちを持つことは、私にだって許されるはず。

「この近くに、おいしいチョコレートを出す喫茶店があるんです。一緒に行きませんか」

 勢いで言ってから眼を瞑る、耳を畳んで、ちょっとだけ音が聞こえるようにするけど返事がない。恐る恐る眼を開けてアンジェリナ様の顔を窺うと、不思議そうな顔で私を見つめている。 

「お願いする程の事でもないだろう。お腹が空いてるなら、ついでに夕食も食べていくか」

 あ~。何も解って無い。

「駄目です。今日はチョコレートだけなんです。チョコレートだけじゃないといけないんです」

「何を怒っているんだ」

「怒って無いです。嬉しいんですっ」

「とてもそうには見えないが……。今日のナオは何か変だぞ」

 赤らめた顔を見られないように、先に歩いてアンジェリナ様の手を引く。胸の鼓動が掌から伝わってしまったらどうしよう……。




 女神ユノの記念日にアンジェリナ様と一緒にチョコレートを食べる。私の野望が、また一つ達成された。

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