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帰還

 開け放たれた床板の下に、荒涼とした砂漠が広がっていた。吹き込んで来る砂を含んだ熱風が金色の髪を靡かせる。砂から瞳を守るために赤渕の眼鏡をかけ、大きく息を吸い込んだ。剣戟の響き。魔法の練成時に発動するマナの律動。冒険者の息遣い。そして、血の匂い。五年間忘れていた、否、忘れさせられていた感情が頭を擡げる。

「帰ってきた」

 無意識に口をついた言葉が、何処からやってきたのか解らなかった。それでも良い。記憶の残滓が今の自分を肯定しているのは間違いない。

「待ってて。今、助けに行くから」

 誰にも聞こえない声で呟くと、大きく両の手足を広げて飛び降りた。身に付けた黒い鎧が太陽の光を反射させ、不気味に輝く。落下地点が瞬時に計算され、情報が脳に伝達される。

 目標は一体。アンデッドだ。左手の手首を捻り小手を外すと、一緒に手首から先も取り外された。その手首に穿たれた穴に銀色の弾丸を詰め込むと外された手首を戻す。駆動音を立てて弾丸が自動装填されるのを確認してから大きく左手を前に突き出した。連続する小さな反動と共に無数の弾丸が左手の五本の指先から発射されると、同じ数だけの風穴をワームに空けるのが感知できた。全弾命中。光の属性を込めた弾丸は確実にワームの生命力を奪った。しかし、致命傷を与えられた訳ではない。


「シーマっ」

 砂埃を上げて地面に降り立つと、異口同音にアンジェリナと和美が自分を呼ぶ声が聞こえた。

「ワームはまだ生きてます。気を付けて」

 弾丸を撃ち尽くしたシーマは腰からレイピアを鞘走らせた。刺突のみに特化された細い刀身には、既に氷の魔力が宿っている。しかし、大型のワームに対峙するには不利な武器であるのは間違いない。

「ナオ、出し惜しみは無しですわ。氷の柱を奴に出来るだけ多く撃ち込んで」

 すんでのところでワームに丸呑みされるのは回避できたが、魔力を遣いきり立ち上がる事も儘ならない和美が声を張り上げる。

「承知しました。皆さん下がってください」

 灼熱の砂漠に存在する数少ない氷のマナが詠唱を始めたナオの体に集まっていく。魔法の練成が始まるとナオの足元に魔法陣が形成され、青白い光を放って回転を始めた。胸の前でナオが両手で印を結ぶと魔法が完成し、長さ一メートルはある氷の柱が次々とワームの体に突き刺さっていく。断末魔の叫びと夥しい程の体液を上げながら、ワームは大地をのた打ち回った。

「アンジェリナ殿。ワームに氷の足が生えたわ。これで貴女も戦えるはず。止めを刺して」

 確かに氷の柱が刺さったワームは巨大な蚯蚓には見えず、アンジェリナはいつもの冷静さを取り戻すことが出来た。暑さの中、氷は一瞬毎に解けていく。この機を逃す策はなかった。

 首にしがみついているパンダを無理やり引き剥がして、アンジェリナは瞳を閉じて刀に魔力を宿した。


 一閃。


 神速で抜き放たれた刃はワームの巨体を斬り裂いた。切り口には刀に込められた魔力により氷の膜が形成されたが、それを突き破って緑色の体液が噴出した。毒を持つ体液は足元の熱砂に降り注ぎ、異臭を放ちながら染みを造っていく。二つに裂かれたワームは暫く痙攣していたが、再び襲ってくることはなかった。

 戦闘が終わった時、その場に立って居られたのはアンジェリナとシーマだけだった。他の冒険者は体力と魔力を使い果たして、その場に座り込んでいた。シーマを投下したと思われる飛空艇は数回砂漠の上空を旋回していたが、地平線の向こうへと姿を消した。おそらくブリギッドのダウンタウンに帰ったのだろう。


「意外と騙されやすいのね。お人好しの証拠と言ったところですわね。今後もこの策で行けば宜しいかしら」

 ワームの死骸に聖水をかけて浄化しているアンジェリナの姿を眺めながら、和美は呟いた。ワームが出る度にアンジェリナに使い物にならなくなってもらっては甚だ困る。新たな戦力が到着したのは僥倖としか言えなかった。まだアンジェリナの悪運は尽きていないようではあるが、不利な戦闘をいかに切り抜けるかはパーティーの全員が優先的に考えておくべき要項である。


「済まない。助かったよ……。シーマと呼んで良いのか」

 浄化されたワームの死骸から取り出したクォーツを拾い上げ腰の袋に入れると、アンジェリナは黒衣の美女に視線を向けた。

「私はシーマの魂を宿された器。あなたの命に従う為に造られた」

 視線を受け取ったシーマはゆっくり一つ頷いた。どうやら武器屋のお手伝い「花ちゃん」として大戦の終結から五年間生きた記憶も残しているようだと感じたアンジェリナだったが、自分の前にいる冒険者は紛れもなく、嘗て共に旅をした救国の英雄の一人シーマその人だった。他の名で呼ぶことはアンジェリナには出来そうに無い。

「おかえり、シーマ」

 自分に向けられたアンジェリナの笑顔に、心と呼ばれる部分に熱を感じたシーマだったが、上手く笑い返す事も出来ずに、ただ砂漠に立ち尽くした。


「龍の守護者が二人も従うのね。本当に世界を作り直す事が出来るかもしれないですわね。後の世の歴史書にわたくしの名前も載ってたりするのかしらね」

 嘆息を付いて立ち上がると、和美は他の仲間を助け起こしているアンジェリナとシーマの元へ歩み寄った。差し当たっては、今日の寝床と戦闘に参加しないで伸びているパンダに浴びせる雑言を用意する必要があると和美は判断した。

 太陽は西の地平線に沈み始め、砂漠に長い影を造っていた。

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