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策士

 議場のある王宮からの帰り道、城門の外にある看板さえ立っていない寂れた民家の様な食堂で、五郎丸は補佐官のリンカと卓を囲んで食事を取っていた。昼食時と言う事もあり、室内は冒険者の出で立ちをした若い男女で溢れている。外装の寂れた雰囲気と反比例して、卓に座っている冒険者たちの装備が著しく豪華である事と、皆伏目がちに座っている事に違和感を覚えたリンカだったが、五郎丸が親しく料理長らしきラビニーと言葉を交わしているのを聞いて、深く考えるのを止めた。

 愛用の斧を足元に置いた五郎丸は既に食事を済ませ、いつものように氷菓子を口に運んでいる。この時期はの国由来のかき氷がたいそうお気に入りで、雪のように細かく砕かれた氷に、果物で味付けされた甘い蜜をかけた氷菓子を五郎丸は三食欠かさず口にしている。

「まったく、毎日毎日よく飽きずに同じものを食べられますね」

 向かいに座るリンカは五郎丸お勧めの生姜と醤油で味付けされた馬鈴薯と豚肉の煮物を平らげ、茶を啜りながら溜息をついた。五郎丸と行動を共にするようになってから、奴国なこく様式の暮らしにも馴染んできたリンカだが、ベッドではなく硬い布団で眠る事と、五郎丸の氷菓子への執着だけにはどうにも耐性が付きそうになかった。眉の上で整えられた誰もが羨む美しい金髪をかき上げ、艶のある口唇から嘆息を洩らす。

 リンカの呆れ顔に気付く素振りも見せないで無心に氷菓子をかき込む五郎丸の匙の動きが突然止まった。顔を上げて鋭い眼光をリンカの背後に送っているようだ。

「どうしました。お腹でも痛くなりましたか」

 不審に思ったリンカが五郎丸の視線を追って振り返ると、斧を背負った白い巻き毛の大柄な男と、ローブを纏った痩せ細った術士が立っていた。戦闘員でないリンカでさえ、自分の後ろに立っている冒険者風の人物たちが只者でないのは一瞬で判断できた。他者の命を奪う事を躊躇しない者の眼をしている。嘗て己が身を置いていた、決して陽の当たる場所ではない世界の住人である事は間違いなかった。

「エルドラゴ髄一の策士、五郎丸殿とお見受けする。相違ございませんな」

 ローブの男が目深に被ったフードの奥から低い声を発する。それは質問と言うより確認であった。

「五郎丸様はお食事中デス。用件なら従者のあたしがお聞きします」

 大柄な男は、立ち上がったリンカを突き飛ばすように一歩前に進み五郎丸を見下ろした。

「五郎丸殿ですな」

 五郎丸は匙を咥えたまま立ち上がると腕を伸ばして、男に突き飛ばされて体勢を崩しているリンカの背中を優しく支えてやった。礼を言おうと見上げた五郎丸の顔付きを見て、リンカは言葉を飲み込んだ。斧を手に敵陣に切り込む時よりも険しい顔の五郎丸に掛ける言葉を、リンカは見つけることが出来なかった。

「左様。エルドラゴ随一の策士かどうかは別として、確かに俺が五郎丸だが、平穏な俺の食事の時間を妨げ、大事な俺の補佐官を突き飛ばしてまでのお主らの用件とは、いったいなんであろうか」

 「大事な俺の補佐官」と言う言葉に思わず卒倒しそうになった自分を戒め、かぶりを一つ振ってリンカは五郎丸の邪魔にならないようにそっと背後に下がった。自分如きが口を挟んで良い場面ではない事は十分承知している。

「実はアンジェリナと言う冒険者が、ミーミル山脈のゴンドラ乗り場のマコト町長の怪死に関わっているとの情報を入手したのと、故意に魔物を呼び寄せたのではないかとの通報を受けたので、ギルド諮問委員より出頭の要請が出ております。ですが、ゴンドラ乗り場を去ってからの足取りが掴めておらず困り果てましてな。ご友人の五郎丸殿にもお話を伺おうと思いまして。たまたま五郎丸殿がこの店に居るとの情報を得たので、立ち寄らせて頂いた次第です」

 ローブの男の言葉は慇懃であるが、その声には明らさまな敵意が込められていた。

「はて、アンジェリナ殿は我がギルドを故あって追放された身。今どこでどのような事をしているか、俺はとんと見当もつかん」

「ギルド長と言っても諮問委員からの要請。隠すと為になりませんぞ」

 権力に頼った人間の言葉は、傲慢と言う衣を嫌でも被ってしまうらしい。

「隠す理由などあるものか」

 五郎丸の言葉は嘘ではない。実際、形式上アンジェリナは五郎丸のギルドを追放され、今は別の機関を立ち上げている。そしてアンジェリナは携帯用のオベリスクストーンを持っていないので、現在何処に居るか五郎丸でも判らなかったのだ。アンジェリナと五郎丸の最終的な目的地は一致しているが、今はそのことは話題にされていない。素性の知れない冒険者に自分たちの計画を話してやるほど、五郎丸はお人好しではなかった。

「さて、今度はこちらの質問に答えてもらおう。ここは食堂でも何でもない、俺のギルドの冒険者が趣味でやってる賄所であるのだが、この中のいったい誰がお主たちに俺がここに居ると伝えたのか、俺に理解出来るように説明してもらおう」

 五郎丸が指を鳴らすと、他の卓に座って食事をしていた冒険者が全員立ち上がった。リキュール、エンプレス、ウルフ、優磨、オルエンを始め、通称「牧場ギルド」の名だたる冒険者が一斉に二人の男に視線を向けた。

「今日は珍しく奢りだと聞いて来てみれば、こう言うことじゃったか」

 紅く長い髪を靡かせて、エンプレスが槍を構える。

「俺の大事な補佐官、には笑わせてもらったがな」

 ウルフが囃し立てると、一斉に笑い声が起こり、リンカは耳まで赤くして五郎丸の背中に隠れ場所を求めた。

「まあ、素直に後をつけてきたと白状すれば、お主たちに害を加えるつもりはない」

 照れ笑いをしながら、五郎丸は二人の招かれざる客に改めて視線を送った。

「答えて貰おう。お主らは誰の差し金で俺をつけてきて、何をどこまで知っているのかを」

 照れ笑いの奥の瞳に知性の光を宿して、五郎丸は罠に嵌められた哀れな二人の冒険者に詰め寄った。

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