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議場

 エルドラゴ城内、謁見の間から程近い四階の第一会議場。窓から中庭の庭園を見渡せる二十メートル四方の部屋を占拠している三十人は座れる長い円卓の議長席に、女王フィーナの姿はなく、代わりに中年の男が腰を下ろしている。大戦後に設けられた七人目の元老院の椅子を手にした、シュウという名の男である。エルドラゴの正規軍、ギルド双方の権限を一手に牛耳る、軍事の最高責任者である。

 剣を握った事が無いのではないかと思われる肥大した顎と腹回りの贅肉は醜く弛み、顔は鼻が低く目は小さく白目が少ない。やや前歯が前方に出ており、全体的に鼠のような雰囲気を醸し出している。

 軍属を掌握するにしてはやや威厳に欠けると囁かれている容姿を気にする事無く、黒ぶちの眼鏡を掛けた脂ぎった顔を拭おうともせずに議場で淡々と書類を読み上げる姿は、口だけが達者な文官のそれであり、強面揃いのギルド長たちからは、頗る評判は悪かった。


 以前は将軍とギルド連合長で別々に責任者がいたのだが、将軍職が空位になった事と、ギルドによる不正が明るみになり国の管理が強化されるようになった事、権力の縦割りの弊害を無くすと言う大義名分など様々な経緯があり、元老院に席が設けられた。権力の一点集中に繋がると非難の声を上げたギルドは密告の対象になり、些細な欠点を過大に処罰された。それでもギルドの兵力は、正規兵の数倍にも匹敵しエルドラゴの軍事力を支えているのは疑い内容の無い事実であった。


「……以上が先月のエルドラゴ国内に於ける魔物の討伐と、近隣諸国との軍事行動の結果です」

 極めて機械的に報告書を読み上げると、シュウは神経質そうに書類の角を合わせて卓に置いた。スルトの軍勢を討伐して五年。組織だった魔物の攻勢は見て取る事は出来ない。数週間に一度、各地で魔物の出現が確認されているが、各地に配置されたギルドの案内所とオベリスクストーンの情報網により大陸一強いと賞賛される冒険者の派遣が滞りなく行われることで、大事に至る事はなかった。また日々進化している武具の練成も、魔物の討伐に大きく貢献していた。

 表立ってはエルドラゴ王国には平和が訪れている。しかし、一般市民では百人でかかっても魔物一匹を倒す事が出来ない。もしもの時の備えと警戒は常に必要だった。


「どう思われますか。五郎丸様」

 会議室を出た廊下の窓から、あてもなく眼下の庭園を見下ろす五郎丸に、珈琲を入れたカップを手にするリンカは声を掛けた。自分を信頼し大切にしてくれている事は伝わるが、それ以上なにもしてこない男の顔を横目で眺めながらカップの中の液体を一口啜ると、芳ばしい馨が鼻腔から嗅覚を刺激するのが分かった。

「どうもこうも無いさ。エルドラゴは至って平和。俺たち国直属の冒険者に国庫から禄を送る必要があるか甚だ疑問が残る、と言う民間ギルドからの意見は全く以って賛成だ」

 氷菓子を口にしながら、五郎丸は自嘲気味に答えた。直轄ギルドである「牧場ギルド」は軍として正式に雇われている正規兵と民間のギルドの中間的性質を持っている。軍隊としての練度は出撃の少ない正規兵より上であり、戦場での権限は民間のギルドよりも上である。双方の長所を併せ持つ特別な存在だが、それ故、軍とギルドのどちらからも風当たりは強い。

「アタシたちの力を弱体化させる法案でも出来たら、そんな呑気な事は言ってられませんよ。嘗て間者であった自分から言わせて頂きますが、五郎丸様はお優し過ぎます。付け入る隙が在りすぎです」

 補佐官として選んだ美女の聡明な言葉を聞きながら、氷菓子を銜えた五郎丸は別の可能性を考えていた。このまま自分たちのギルドが実績を上げ発言力と権限を持てば、国の方針に介入する事も可能だ。ただ、そうなれば正規軍からも民間ギルドからも益々目の仇にされるのは必定で、孤立する可能性すらある。現に先日のドラゴニアとの戦闘では、五郎丸のギルドが標的とされた事実があり、厄介者扱いされていると言う認識は疑いようも無い。

「こちらから動いて、失態を演じてやっても良いか」

「馬鹿な事言わないで下さい。負け戦をする五郎丸様の姿など、アタシは見たくありません」

 耳聡く五郎丸の独り言を聞き逃さなかったリンカが、カップを置き、腰に手を当てて非難してくる。

「負けてやるとは言ってないさ。相手に勝ったつもりになってもらえば良いだけの事だ」

 言葉上の遊びではあるが、五郎丸はリンカの肩に手を置いて宥めた。さっきまで眉を吊り上げていたリンカの顔が、五郎丸に触れられた途端に紅潮していく。

「どうした、リンカ殿。顔が紅いぞ。夏風邪にでも掛かったか」

 大きな体を曲げて顔を近づけて、五郎丸は心配そうにリンカの顔を覗き込んだ。

「……人の気も知らないで」

 硬直したまま唇を噛み締めて、リンカは苦々しくそれだけ口から搾り出したが、自らの鼓動が早鐘を鳴らすのを抑える事が出来なかった。

「ああ、城下町に良い店がある。会議が終わったら一緒に食事にでも行こう。たっぷり栄養を採って休めば、風邪など直に治る。リンカ殿は大事な補佐官だからな。いざと言う時に、風邪で仕事できないでは困る」

 自分が患っているのは、心の奥に潜む別の病だと気が付く素振りも見せずに五郎丸は廊下を歩いて会議場に戻っていく。その後ろ姿を見ながらリンカは大きく溜息をついたが、今のままの関係も悪くないと思い、顔を上げると五郎丸の大きな背中を追いかけた。明るい靴音が廊下の石に反響していく。

「奢りじゃなきゃ、ご一緒しませんよ」

 リンカの色白の顔には、自然と笑みが零れていた。

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