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覇気

 男の持つ大剣は既に血で濡れていた。一振り毎に相手の生命を奪う斬撃は死の旋風となり、男の周りに血の雨を降らせ、死体の山を築かせていた。ジャッカルやコボルト等の下級の魔物には街道を外れて森に入れば幾らでも遭遇できる。希少種を求めて森に入ったが、どうやら当てが外れたようだ。日は山脈の向こう側にとうに沈み、夜の帷が辺り一面を覆う中、男の持つ大剣だけが月明りを反射して冷たく輝いているようだった。踏み込んで首を刎ね、斬撃で足を切断し、喰い殺そうと大きく開けて突進してくる口を大剣で貫く。

「こんな雑魚ばかりでは、カリ・ユガの錆にもならんな」

 付着した血を払うと、その男、マーサは嘆息と共に愛剣を鞘に納めた。先日、山道で鞘を放り出してしまったので街で新調したが、恐ろしく大きいこの剣に合う鞘は特注品になり、思わぬ出費であったと後悔していた。

「まあ、出て行ってしまった分はしっかり取り返さなきゃな」

 魔物の屍から金になりそうな部位を剥ぎ取り、腰に下げた麻の袋に詰め込む。コボルトの眼球とジャッカルの牙は二束三文にしかならないが、今日の夕餉の代金くらいにはなるだろう。共に行動していたユミと分かれて一人になったマーサだったが、別段焦っては居なかった。一人旅のほうが気楽であったし、クォーツは全て揃えなければ価値がないという事をユミから聞いており、自分が一つを持っている以上、必ず向こうから出向いてくれると信じて疑っていなかったからだ。だが、あんな美人と一緒に行動する機会はそうそうないので、惜しい事をしたとは思っていたが、旅の目的が変わる訳ではないと自分に言い聞かせていた。

「ちと、別れるのが性急すぎたかな」

 悔やみきれない想いが思わず口から零れ、マーサは自嘲した。


 不意に風が吹いて、マーサの金髪を波立たせた。その風は自分に向けられる殺気をも運んで来たようで、マーサは立ち上がって風の吹いてきた方向に視線を移した。隠そうともしない肌に刺さるような殺気は無防備と言うより、無頓着と表現したほうが適切だった。

「何者だ。貴様、人か」

 鬱蒼と茂る木々の向こうに、人間のような影が揺らめいているのを確認したマーサは誰何すいかの声を発した。声は鋭くマーサ自身も殺気を放ちながら、鞘に納めたカリ・ユガの柄に手を掛ける。

「ふふ、勘だけは良いようだな」

 それは若い男の声であったが、大剣を手にする冒険者に対する恐怖は全く感じられず、挑発するような響きを持って、マーサの耳朶に届いた。

「こんな物騒な所で、さらに物騒な冒険者に何の用だ。生憎、俺にはお前に用も興味もないが」

 憎まれ口を叩いてみたが、マーサの額には汗が滲んでいた。こちらからは相手の様子は窺い知れないが、向こうは自分の姿が見えているらしい。月明りだけが頼りの暗がりで、視界の条件は生死に直結する。柄に掛けた手に力を込める。それに反応してカリ・ユガに埋め込まれた宝玉が妖しい光を放つ。

「そう短気を起こすな。お前がどれ程の冒険者か見せてもらっただけだ。別に取って喰おうとは思ってない」

 警戒を解かないマーサの前に現れたのは黒い肌と髪の美丈夫だった。

「見たことがあるぞ。あんた救国の英雄だな。俺に何か用か」

 近づかれた分、距離をとりながらマーサは冷ややかな視線をカイラスに送った。五年前の大戦でその名は一躍有名になり、爵位まで賜った救国の英雄。甘い顔立ちから女性からの求愛が絶えないと聞いていたが、同じ男から見れば、軽薄そうな嫌な奴でしかなかった。

「そのクォーツを俺に寄越せと言ったら、従ってくれるか」

 薄い笑いを湛えたまま、カイラスは尚もマーサに近づいていく。その間合いは、大剣を抜こうとしている相手に対し、剣を佩いていない自分には命取りになる距離になっていたが、構う事無く歩みを進める。

「舐められたものだな。俺は軽薄な男と権力が大嫌いなんだよ」

 言うが早いか、マーサはカリ・ユガを背中に背負った鞘から抜いた。上段から振り下ろされた大剣は一瞬前まで、カイラスが居た空間を切裂き、深々と大地に突き刺さった。

「急くなと言ったであろう。単に寄越せとは言わん。交換条件でどうだ」

 剣先を僅かにかわして腕組みするカイラスは軽い口調で申し出た。しかし次の瞬間、己の額から流れ出た血で肝を冷やした。見切ったと思っていた太刀筋だったが、あと髪の毛数本分見誤れば命が無い所であったのだ。

「なるほど、良い腕だ。どうだ、俺と一緒に国盗りをしてみないか」

「ふん。貴様に進言されるまでもなく、俺は国を変えるつもりで戦っている」

 大地からカリ・ユガを引き抜き、再びマーサは大剣を構える。

「国は再び混沌の時代に入ろうとしている。龍の力があれば、その野望の達成も早まろうと言う物だと思わんか」

「爵位まであるあんたが、何故現政権を打破する必要がある。今のままでも、何不自由なく暮らせるであろう」

 静かに語るカイラスの言葉を鵜呑みにはせず、マーサは疑いの視線を向けた。

「それは貴様も同じであろう。プラチナの冒険者であれば、敢えて危険を冒さずとも、食うには困らん碌が貰えるだろうに」

 見下すような薄い笑いを浮かべながら、カイラスは自分に剣を向ける男に逆に問い質した。

「俺は力を手に入れたい。何人なんぴとをも屈服させる力を。それこそ真の平和を築く何よりの礎だ。腑抜けた軍部や、利権争いが耐えないギルドなど、存在する価値がない。国民を守るには武力による国の平定が不可欠だ。俺はその力を手に入れる。その為のクォーツをあんたにくれてやる訳にはいかない」

 マーサは本心を語ったが、その真意までは語らなかった。心の奥から沸き立つ衝動と葛藤は未だ自分の良心を蝕んでいる。命を奪い合う事で成り立つ職業。その職業が罷り通る世界。そして、その職業に身を置いている自分自身。全てが憎かった。

 熱く語るマーサの言葉に闇を感じながらも、カイラスは満足したようだった。

「その覇気、偽りでない事が俺には伝わった。良いだろう。俺も共に行こう。貴様には武力を、俺には国盗りによる復讐を。お前の仲間になる証だ。預かっておけ」

 カイラスは左腕に付けていた腕輪を外すとマーサに投げて寄越した。

「ついてくるのは勝手だ。だが、あんたに旨味があるとは思えないが」

 腕輪を受け取りながら、マーサもカイラスの真意を計りかねていた。

「俺は自らの正義を貫く者。正義に理由など必要ない」

 詠うように言うとカイラスは再び森の闇へ消えた。残されたマーサの手に預けられた、白い龍が舞う意匠の契約者の証は、月明りを反射して僅かに輝いていた。

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