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宿場

 エルドラゴ王国は大陸の北西に位置する軍事国家である。五年前に魔族との間に大戦を経験し、優れた軍事力と類稀な指導者の出現と活躍で、形成の悪い戦役の勝戦国となり現在でも表面的には繁栄を続けている。

 だが、国内のあちこちで暴動、事件、事故が頻発し国政が安定しているとは言い難い。ただ、その度に国直属の軍隊を動かすとなると、軍議や出陣に伴う正規兵の招集、訓練など支出がかさむ。その為、国内で起きる大小様々な事案については、同業者組合のギルドを介して冒険者が国からの要請を受け解決する事で国内の治安は守られている。冒険者はその働きに応じて国から土地を貰いうけ、命を賭して剣を振るう。

 冒険者はギルドに加入してはじめて帯刀を許される。大戦後にギルドの数は増加し、その勢力は瞬く間に大きくなり、今や正規軍を遥かに凌ぐ軍事力になっていると言われている。

 国内には大小合わせて千五百以上のギルドが乱立し、供給過多な状況になっているのが現状で、大きくなりすぎたギルドは一時期、末端の冒険者まで規律が行き届かず、冒険者の皮を被ったならず者たちによる不正が横行する事態となった。

 国からの不公平、不誠実及び不明瞭な処罰でこの不正騒ぎは一応の沈静化を見たが、対処の遅れや対応の悪さ、歯切れの悪い経緯の説明などその全てがお粗末と言うしかない代物で、冒険者のみならず、一般市民に至るまで悪印象を与え、軍事的繁栄の裏で不甲斐ない国家へのクーデターも画策されているのではないかと囁かれていた程である。




 ミーミル山道の終着点、山頂に程近い工業都市ブリギッドへと向かうゴンドラ乗り場として賑わう宿場町の一軒の宿屋で、古い書物を片手に珈琲を飲んでいるアンジェリナも冒険者の一人であった。

 夕暮れ時、宿場町の店先や民家にも少しずつ明かりが灯り始め、一日の労働を終えた男たちが次々と酒場の扉の奥へと消えていく。夏場とは言えこのゴンドラ乗り場は標高二千五百メートルを超える高地なので、人々は蒸し暑さとは無縁の生活を送っている。住民たちは労働者としてのありふれた愚痴を溢しながらもそれぞれの日々をそれなりに楽しんでいるようで、政府の腐敗も、冒険者の不正や堕落も、ここでは無関係のもののようだ。


 アンジェリナは以前所属していた国直属の、通称「牧場ギルド」を脱退し、今はエルドラゴ国王の女王フィーナ直属の調査機関「Angel Halo」(天使の輪)を立ち上げ責任者となっている。尤も、この機関が女王の直属であることは市民や一介の冒険者には知られていない。フィーナは現国王であるが、大戦の終戦直後に戴冠たいかんしたばかりで、まだ若く女性であるフィーナを快く思っていない国の重役もおり、大戦を終結させた英雄を登用した眼力を持っているにも関わらず、前国王派の議会や元老院によってまつりごとから隔離されていると言って良い状態である。

 「Angel Halo」は機関と言っても構成員は長のアンジェリナを含めてたったの四人で、まだ設立したばかりであり、表立った功績も挙げていないので、国からの援助など全くと言って良いほどないのだが、寧ろこのくらいの人数のほうが小回りや融通が利くとアンジェリナは思っていた。


 国が民間の大手ギルドに国庫の収支を省みない法外な恩賞を与え始めてから、無用なギルド同士の争いが起こった。先に述べた不正も、権力を誇示するギルド同士の軋轢から生じたもので、この騒ぎの後、国とギルドの威信は失墜した。社会不安からの治安悪化を恐れ、困り果てた国は不正の責任を一部のギルドに押し付た上に事件は解決したとして、知らん顔を決め込んでいる。

 流石に一人のギルド長と数人の幹部が、忠誠心や愛国心を持たない、最大五百からなる構成員の全ての行動を管理するのは至難の業だ。ギルド長や幹部の居ない所での不正や、構成員同士の軋轢はいくらでもある。どこの時代、どこの国家、どこの組織に於いても、不正の一つや二つは存在するのは当然だが、不正の出来る法の抜け穴を放置しておきながら、問題が起こった際には責任を取らずに末端の人員のみ裁くと言う国の在りかたにアンジェリナは到底納得できて居なかった。だからこそ、調査機関を立ち上げたのだ。

 

 宿屋の二階にあるアンジェリナの部屋の卓には三つの光る宝玉が置かれている。怪しい光を放ち続ける人間の眼球程もあるその球体はクォーツと呼ばれる古代文明の遺物であり、特定の魔族を討伐すると極稀に採取できる稀少素材だ。高度な魔力を秘め、武具の強化や練成に役立つ事がこれまで国やギルド、民間機関の研究によって判明されてきたが、国の各地に配置されているオベリスクストーンと同様、その仕組みや存在理由などは未だ明らかにされていない部分が多い。

「アンジェリナ殿」

 書物に心を奪われていたアンジェリナの耳に戸を叩く乾いた音と自分の名を呼ぶ男性の声が届く。

「今、開ける」

 アンジェリナはいつ奇襲があってもおかしくない状況下で書物に気を取られすぎていた自分を恥じ、開いていた書物を閉じるとゆっくりと立ち上がって戸口まで歩いていく。

「鍵は閉めていないのだから、自分で入ってくれば良いのに……」

 扉を開けながら戸口に立つ男の顔を見るより早くアンジェリナは口を開いた。

「恐縮です。ですが、上官であり命の恩人でもある女性の部屋に自ら足を踏み入れる非礼は致しません」

 右手を胸の前に掲げて敬礼の姿勢を微塵も崩さずに男は一気に言い放った。

「相変わらずだな。ケイさん」

 予想していた返答に苦笑いしながら、アンジェリナは自分を上官と呼ぶ律儀な冒険者を部屋に招き入れた。

 ケイと呼ばれた男は上背はアンジェリナより少し低く、歳は二十一で、均整のとれた細い体つきをしており、少し幼さが残る色白の整った顔立ちに、細く艶のある女性のような白銀に輝く髪を持つことから、冒険者である事が見て取れない部分もあるのだが、弓を扱う腕前は確かであるとアンジェリナは認めている。数少ないアンジェリナの機関の構成員でもある。

 あまり口数が多くなく、積極的に前に出る性格ではないので損をする場面も多々あるのだが、責任感の強い男で、冒険者となる前は役所に勤めながら町の自警団にも所属していた。その町での事件でアンジェリナに助けられ、そのまま恩人を警護する任を自らに課している。先日、山道での戦闘に遅れて駆けつけたのもこの冒険者である。

「宿屋周辺の見回り、完了しました。自分は引き続き、アンジェリナ殿の部屋の警護に当たります」

 ケイは一息にそう言うと、アンジェリナの返事も聞かずに退出しようとする。自分以上の堅物ぶりに閉口しながらも、アンジェリナはその心遣いに感謝した。

「ありがとう。だが、私なら大丈夫だ。それよりケイさん自身も休んだほうが良い。いざと言う時に眠くて動けんでは本末転倒だ」

 努めて明るく、アンジェリナは声をかけた。そのような気遣いが相手をより恐縮させると知っていながら、そう言わざるを得ない苦労をこの若者には掛けている。

「もったいないお言葉、感謝致します。ではお言葉に甘えて宿場の方たちから情報を収集してから少し休ませて頂きます」

 深く一礼してから、ケイはきびすを返して廊下の階段を下っていく。ケイの身体が階段を下っていくにつれ見えなくなっていくのと入れ替わるように階下から一人の女性が階段を登ってくるのが見えた。律儀なケイは階段で敬礼の姿勢を取り、女性が通り過ぎるのを待ってから再び階段を下っていった。


 ケイに代わってアンジェリナの部屋に入ってきたのは、きらびやかな宝石を散りばめたティアラを戴き、薄紅色の花弁をかたどった、過剰な縁飾り(フリルの事)が目立つドレスに網目の入った具足と言う、少女趣味の塊と言うべき出で立ちの女性だった。

本当は後半分、この部屋での話が続いたんですが、流石に長くなって間延びしてしまうので、中途半端ですがここで切りました。

今回はアンジェリナ以外は(ほぼ)新キャラで話が進行していきます。

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