室内
エルドラゴ城壁から南西に広がる平原の一画の邸宅。通称「牧場ギルド」と呼ばれる国直属のギルドの長、五郎丸は自分の部屋で、熱を発しながら回転する二つのオベリスクストーンのうち、一つに思念を集中し、ある情報を探っていた。
先日、ミーミル山の宿場で一日に三度もの魔物の襲撃があったと言う報告は、五郎丸の耳にも届いていた。魔物はたった数人の冒険者によって討伐されたが、町長始め数人の人死が出る事態となったという報告だけで、詳しい内容は非公開となっている。五郎丸はそれがアンジェリナたち一行の手によるものだと考えていた。形式上アンジェリナは「牧場ギルド」から追放された身だ。オベリスクストーンを通して頻繁に連絡を取り合えば、いらぬ誤解を招き、自分たちの作戦も水泡に帰する。
女王フィーナを蔑ろにして、武力に因る政権奪取を画策し、国を戦乱に陥れようとしている者たちが居る。どうやらその者たちは元老院まで巻き込み、国家権力を行使して、今の支配体制の打破を目論んでいるようだ。保身の為に国を売り売国奴に成り下がっている重役たちの間抜け振りに嘆息の一つも付きたくなるが、本人たちにその自覚は無いだろう。五郎丸は今の国の体制そのものは、歪んだものだと理解しているが、エルドラゴと言う国が滅んで良いとは思っていなかった。これ以上、民や冒険者が要らぬ戦乱に巻き込まれ、多くの血が流れるのを看過する訳にはいかない。
確たる証拠を掴み、国を戦乱から救う。それまでアンジェリナ一行との接触は極力避けなければならない。アンジェリナは携帯型のオベリスクストーンを持たない性格であり、元より連絡を頻繁に取り合う事は不可能だ。有事の際の連絡役として和美を選び、アンジェリナに同行させている。腕が立つ同じ歳の女性冒険者であれば、アンジェリナも気を遣う事も少ないだろうと言う判断からの人選ではある。
五郎丸は何食わぬ顔で、先日も元老院が出席する軍備の予算会議にも出席し、表面上は元老院が牛耳る国に忠誠を誓っている。先代の王の御世よりも、民にかけられる税は重くなったのだが、それに比例して宮殿や議会場は豪華になり、国の軍備に掛ける支出も多くなっている。何も知らない民はそれが女王フィーナの政であると思い込んでいる可能性が高い。フィーナは会議に出席することすら出来ず、宮殿の一室に半ば軟禁されている状態であり、五郎丸はどうにかして、あの聡明な若い女王に国を治めてもらう道を作らなければならないと自分に言い聞かせていた。
「アンジェリナ様たち、ご無事でしょうか」
五郎丸の部屋の蔵書を片付けながら、リンカは心配そうな顔で、五郎丸が額に汗をかきながら操作するオベリスクストーンを覗き込んだ。元々研究員だったリンカは情報収集、解析能力が高く、今では五郎丸の重要な補佐役として、ギルドに貢献していた。戦闘員ではないので、ランクは「ブロンズ」のままだが、五郎丸は信頼するリンカに全てを話し、協力してくれるよう申し入れた。それは同時にリンカ自身の身にも危険が及ぶ可能性がある危険な仕事でもあった。
「そんな他人行儀な頼み方じゃ嫌デス。ちゃんと命令してくれないと、言う事を聞かないデス」
と、言う四つ年上のリンカの悪戯っぽい微笑みに対し、苦笑いで返すしかない五郎丸ではあったが、長としての態度を示してリンカを従わせている。その決定に対し異を唱える冒険者は居らず、ギルド長補佐官として、龍の血とフィーナの蘇生魔法で生き返ったリンカは迎えられている。甲斐甲斐しく身の回りの世話をする使用人のミランダと言う存在も館にはあるのだが、ミランダにはギルドに関わる仕事は一切行わせていないのが、この男の流儀なのだろう。
「まぁ、心配した所で始まらんさ。それに、一番心配しなくて済む人間を選んでいるからな。アンジェリナ殿であれば、どうにかしてくれるさ」
楽観的に五郎丸は語ったが、それが全て本心ではない。確かに、五年前の大戦を英雄たちと生き延びたアンジェリナであれば、敵に遅れを取る事も少ないだろう。しかし、五郎丸としては手元に置いておきたい冒険者ではあった。なにより、他の冒険者にはない運命を引き寄せる力をアンジェリナは持っていると五郎丸は感じていた。未来を運に任せるのは、本来五郎丸のやり方ではない。だが、時として運が味方をしてくれなければ勝てない戦もあることは事実で、今回の依頼はアンジェリナの強運に賭けてみるしかない部分もあった。
「嘘が下手デスのね。心配で仕方ないと顔に大きく書いてありますよ。よくこんな正直な方が、一万人の知恵に匹敵すると国外まで謳われているのか、不思議デス」
優しく微笑んでから蔵書の片付けに戻るリンカの言葉に五郎丸は頭を掻いた。
「それは俺が言い振らしている訳ではないからな。世間と言うのは噂を大きくして流布してしまいがちなものと言う事さ」
顔を拭う動作をして、五郎丸は再びオベリスクストーンに意識を集中する。
「あら、ご謙遜を。あたしが初めて会った時の五郎丸様は、もっと自信に満ち溢れておりましたよ」
数ヶ月前、エルドラゴの城門の前で出逢い、共に行動するようになった経緯を懐かしく思うようにリンカは述懐する。
「人前では長として演じなければならない時もあるという事さ。あの時も言ったが、俺は仲間の手助けが無ければ何も出来ない臆病者だからな」
すっかりこの美人補佐官の尻に敷かれ始めている己に自嘲し、五郎丸はオベリスクストーンの操作を続ける。五郎丸はアンジェリナが物的証拠を集めている間に、情報を収集しなければならない。今回は元老院を敵に回す可能性もある。慎重に慎重を重ねなければ、自分たちが国賊になることは五郎丸にも判っていた。
七人目の元老院が門外不出の獅子の鎧を手に入れた経路。それに伴い元老院を揺さぶり、武力に因る政権奪取を目論んでいる証拠。そして違法な練成で生み出されようとしている武具の存在。全てが手に入らなければ問題を根本から解決する事は難しい。武具の存在はアンジェリナが集めているクォーツを追えば恐らく解明する。可能であれば女王フィーナの力を借りてでも、五郎丸は元老院の動向を探る必要があった。
「巧くやってくれよ。アンジェリナ殿」
五郎丸の呟きは小さく、傍で屈託無く笑うリンカに届く事は無かった。




