50円長者
「ふん。馬鹿正直だけが取り柄の間抜けが」
都内の一級ホテルの一室。斉藤さんは東京の夜景が眺望できるベッドで女を誑しながら、タールで汚れきった歯を剥き出して嗤い、タバコの煙を吐き出した。
☆
時を同じくして、東京、世田谷。
人が好い人で有名な青年、末吉くんのアパートに一通の督促状が届いた。
それは、千人は下らないであろう彼の友人の一人である斉藤さんの借金の返済を至急、という内容のものだった。
実は数年前、性格の良い末吉くんは金に困った斉藤さんの、借金の連帯保証人となっていたのだ。その彼が蒸発した。その額、およそ800万円。
書状を届けに来た黒服のお兄さんたちが帰ったあと、困った末吉くんはとりあえず現実逃避のため寝ることにした。
するとその晩、なんか天使の輪っかっぽいものが頭の上に付いた怪しい人が夢の中に出現。
「おお末吉くん、陥れられてしまうとは何事ぢゃ。仕方ない。神様のワシが助けてしんぜよう。末吉くん、財布の中にある50円玉を持って東へと歩くのぢゃ!」
不思議と寝起きから身体が軽く、妙にテンションの高かった末吉くんは、とりあえず自称神様のお告げどおり、50円玉を持って自宅のある世田谷から目黒方面へと歩き出した。
1時間くらい歩いたとき、仕事のため東京に来ていた大分県在住の卸売業で硬貨コレクターの友人と出会った。
「ややっ、それは昭和62年発行の50円硬貨じゃないか! レアモノだぞ! 15000円で譲ってくれ! 何? 食料に困っている? しょうがない、末吉くんには世話になっているし、ならば色を付けて原価のインスタントラーメン1年分と交換しよう。キャスターも付けるから持って帰るといい」
末吉くんはカップラーメン1年分を引きながらさらに東に向かった。
すると家出をして東京にやってきていた北海道で専業農家を営む友人と出会った。
「俺はあんな農家で毎日メロンを作ってる生活に飽きた! 東京に来たからには都会っぽいものをたんまり食いたい! 末吉くん、そのカップラーメンの山と特上のメロン3玉……いや、末吉くんには世話になってるし、メロン5玉と交換してくれ!」
こくこくと末吉くんは頷き、キャスターごとラーメン1年分を友人に譲った。
ビニール袋に入ったメロンは、見るからにたわわでおいしそうだ。
とりあえず喉も渇いたことだ。一つを食べようと思い、デパートで果物ナイフを買って、近くの公園へと向かった。
公園まで来ると、ベンチの上に誰かがこの世の終わりといわんばかりの死にそうな顔で横たわっている。
よくよく見てみると、それはマラソンが好きすぎて住所不定となってしまった、素性の良くわからない友人だった。
友人は相当喉が渇いていたらしい。次々と末吉くんがメロンを切り分けていくと、ぴったり5玉分、すべてぺろりと平らげてしまった。
「いやぁ、助かった。しかし小生は見ての通り、生粋のランナー。宵越しの金はもちろん、返せるものが何もない」
末吉くんは「かまわんよ」といった笑顔で手をぷらぷらさせた。
うーん、とランナーは末吉くんをしげしげと観察すると、
「お詫びと言ってはなんだが、小生の父の経営する外資系の会社に、君の入社を推薦してみよう。きっと末吉くんならデキる社員になれるよ」
工場員だった末吉くんは有名外資企業に転職し、持ち前の人の好さで幹部まで昇進し、借金を返済して余りあるお金を手に入れた。
まさにわらしべ長者のような話だ。
しかし、この他人意識の強い時代に物々交換を成立させようと思ったら、まず見知ぬ人とは出来ない。
末吉くんは自分を助けてくれた友人たちに感謝しつつ、より交友関係の発展に邁進していった。
☆
時を同じくして、某有名外資系企業の本社の玄関口。
ギャンブルで財産を使い果たし、末吉くんの成功を聞いた斉藤さんは、警備員に50円玉を突き出した。
「これで会社の幹部にしてくれ!」
末吉くんの友人である練馬区在住の警備員は、迷惑そうに眉をしかめた。