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8、俺、お留守番です。


 次の朝起きると、彼女はもう普段着に着替えて朝食を作っていた。猫耳パーカーじゃなくて良かった。でもこれから毎晩あれを見なければならないと思うと、いつか理性が吹っ飛ぶんじゃないかと恐ろしい。


 二人で他愛ない会話をしながら朝食。今日はご飯、みそ汁、卵焼き、ほうれん草の胡麻和え、竹輪とレンコンの炒め煮だ。ちなみに竹輪とレンコンの炒め煮は晩の残り。残りと言うか、彼女は朝食用にわざと多めに作っているみたいだ。考えてるなぁ。

 わりとこの生活にも慣れてきたのか、俺が話しかけると普通に答えてくれる。家族構成とか、学校の友達の話とか、逆に俺のことを聞いてきたりとか。のどかな朝の風景。どこからどう見ても彼女の家にお泊まりに来た彼氏の図。ただ、カーテンの開け放たれた窓から差し込む朝の光を浴びて、黒い鎖がぎらぎらと光っているのだけが、このほのぼのした光景のなかで異常だった。これさえなければ・・・と思い、脳内修正で視界から消そうと試みるが・・・無理だった。鈍く輝く足枷が俺を現実につなぎとめる。


 そんなとき、軽やかなメロディーが部屋に鳴り響いた。何かと思ったが、彼女の携帯のようだ。彼女はキッチンへ向かうと、俺の携帯が置いてある棚からウサギの人形を取り上げた。え、なんで?と思ったが、そのウサギが大事そうに抱える物を引き抜き耳に当てる。それは携帯だった。ウサギも携帯も白いからここからは見えなかったのだ。女の子って、携帯置きとか使ってるんだ・・・。初めて見るよ。


「もしもし?うん、おはよう。・・・へぇ、そうなんだ。うん。・・・ううん、そんなことないけど。え?今日?え、えーと、今日は・・・でも・・・」


 友達からだろうか。俺には基本敬語だから砕けた話し方は新鮮だ。それにしても、今日何かあるのか?


「ううん、ごめんね。私はやめておくよ。・・・で、でも・・・」


 もしかしてお出かけのお誘いか?たしかに冬休みだし、年末だから女の子たちならセールとか見に行くのだろう。俺には縁がないけれど。

 でも、彼女は断る気だ。俺がいるからだろう。でも、せっかくの友達からの誘いだしもったいない。俺のせいで楽しい冬休みを逃してはかわいそうだ。行ってきたらいいのに。

 俺は手近にあったクッションを彼女に投げた。「わ!?」とビックリして彼女がこちらを振り返る。俺は彼女に口パクで「行ってきな」と言った。それをぽかんと見つめ返す彼女。


「・・・え?ううん、何でもないよ。あ・・・えと、やっぱり私も行っていい?」


 俺があまりにも行って来い行って来いと言うので、彼女も観念したのか電話に向かってそう言った。そして通話を切る。


「友達からのお誘いだろ?気にせず行ってきなよ」

「でも・・・」

「大丈夫、逃げないし」

「でも・・・」

「君が留守でもいたずらしないし」

「それは・・・わかってますけど・・・」


 お、ちょっとは信用されてる?


「・・・わかりました。ありがとうございます。では、行ってきます」


 彼女は嬉しそうに言うとキッチンへ向かった。そして手早く何かを作ったと思ったら、ラップをかけて俺のところに持ってくる。


「お昼ごはんです。置いときますね」


 そう言ってローテーブルに置いた。続いてクローゼットを開け、洋服を選びだす。出かけるからおしゃれをするつもりだろう。それにしても、俺のご飯を忘れないのがえらいなぁ。俺は忘れてた。

 そして彼女は選んだ服を抱えてキッチンへ行って戸を閉める。しばらくしてからひょっこり顔を出して、「それじゃ、行ってきますね」と言って出て行った。だから彼女がどんな洋服を着て行ったのか見ることはできなかった。おしゃれしたの見たかったなぁ・・・とか思いながら手を振って見送る俺。

 そして彼女が出て行って数秒後。


「・・・俺何やってんだ?」


 頭を抱えるのであった。監禁被害者が犯人を気持ちよく送り出すとか。馬鹿か!それに、


「うわー一日暇だぁ~」


 俺はその場にごろんと転がった。この監禁生活は何かがおかしい。絶対おかしい!

 そして彼女が置いて行った皿に目をやった。今日のお昼はオムライスだ。






「う・・・?」


 なんか寒いな。あぁ、暑くなって暖房切ったんだっけ・・・。いつの間にか、また寝ちゃったのか・・・。

 俺は意識をゆっくりと現実に引き戻しながらそんな事を考えた。そしてそっと目あける。


「!」


 目に映ったのは人の手。俺の眼前に迫るその黒い影に驚いて跳ね起きた。しかし、その俺の行動に驚いたのか、その人物は後ろに倒れてしりもちをついてしまった。


「あれ?佐原・・・?」


 俺は真っ赤な顔で目を泳がせているこの家の主に話しかける。


「えと、悪いな、驚かせて。・・・おかえり」

「いえっ・・・私こそ、すみませ・・・ただいまです」

「・・・で?なんか用だった?」


 そう言うと、彼女は面白いほど跳ね上がって、「何でもないですっ!」とキッチンへ。もうすでにそこは彼女の逃げ場に定着していた。しかし、彼女は完全には扉を閉めずに、それにしがみついてこちらをうかがっている。何なんだ?


「髪が・・・」

「髪?」


 俺の髪に何かついているのだろうか?


「吉野君の髪の毛を・・・その・・・触ってみたくて・・・っ」

「へ?」


 意図が分からず俺は変な声を出す。すると、それを否定の意味に取ったのか、「だっ、い、いいです、大丈夫です、すみません、ごめんなさいっ」と言って扉を閉めてしまった。


「何なんだ・・・?」


 髪くらい、いくらでも触ってかまわないけれど・・・。

 寝起きの頭でぼんやり考える。そう言えば、彼女のお出かけ服可愛いな。よく似合ってる。


 しばらくして、扉の向こうから何かを切る音が、トントントン・・・と聞こえてきた。



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