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6、俺、監禁被害者ですけど。


 彼女が留守の間ボケっとしていると、しばらくして玄関の戸が開いて彼女が帰ってきた。俺はピクリと反応する。いや、犬か俺は!


「おかえり」


 そう声をかけると、スーパーの袋を持った彼女はやっぱり真っ赤になって固まった。考えてることはわかるよ。だいたいね。

 あえてその反応には気付かないふりをしていると、彼女は動き出して買って来たものを冷蔵庫にしまいだした。そして部屋に入ってきて、やっぱり俺から離れて隅っこに座った。それから何をするのかと思いながら、俺はテレビに視線を投げながら横目で彼女をうかがう。テレビの内容なんかそっちのけだ。なんかのクイズ番組の特番が盛り上がっている。年末だなぁ。


 彼女は本棚から一冊本を取り出すと、読み始めた。始めは俺の方をちらちらと見ては気にしていたが、俺がおとなしくテレビを見ている(ふりだけど)ので、安心したのかそのうち本に没頭してしまってまったくこちらの様子はほったらかしだ。意外と神経太いのかもしれない。この状況を忘れられるなんて。しかし人のこと言えないので俺もテレビに集中する。そうして時間が経って行った。


 数時間して、特番のクイズ番組も終わり、他には特に面白い物がなかったので、俺は本を読む彼女を何とはなしに見ていた。何分ぐらいそうしていたのかは分からないが、すると、何を感じたのか彼女が顔をあげたので目が合ってしまった。


「あ・・・!」


 そして状況を思い出したのかまた顔が赤くなる。


「あ、の、ど、どうしました・・・?あっお腹すきました?」


 しどろもどろに彼女が言う。お腹って・・・だから俺は犬か?腹が減って無言で切なげに飼い主を見つめる犬かよ。


「そう言うわけでは・・・」


 と言いかけたが、そこで自分がわりと腹が減っていることに気がつく。時計を見るともうすぐ午後1時だった。


「ごめんなさい。すぐ作りますねっ」


 彼女は手にしていた本を放り出してキッチンへ向かった。俺はその本に目をやる。聞いたことないタイトルだ。まぁ、もともと俺は本に詳しくないけど。彼女は読書が趣味らしい。

 少しして彼女が皿を2枚持ってきた。それをテーブルに置くと一度引き返して今度は麦茶の入ったコップを二つ。昼ご飯はパスタだ。濃厚なクリームと、ベーコンの香ばしい香り、カルボナーラ。


「いただきます」


 湯気の立つそれを遠慮なく頂く。やっぱりおいしい。インスタントではない味だ。カルボナーラってどうやって作るんだろ?

 俺の様子を嬉しそうに見つつ、しかし彼女はあまり口をつけない。


「食べないの?」


 朝はちゃんと食べていたのに。調子でも悪いのだろうか?心配になって聞いてみるが、彼女は笑って首を振る。「大丈夫です」と、にこやかに答えてくれる。本人がそう言うのなら大丈夫だろう。ダイエットとかかな?でも全然太ってないし・・・。でも、女の子に深く追求するのは失礼な気もするから俺は引き下がった。


 しばらく無言で食べて、「ごちそうさま」と言うと、彼女はうなずいた。本当は食器をかたずけるべきなんだろうが、鎖の長さの関係でキッチンまではいけない。悪さしないから後2つくらい南京錠はずしてくれないかな・・・なんて思いながら立ち上がると、足が絡まってずっこけた。くそう。長くなればなったで引っかけて転びやすい。


 後ろで彼女かコロコロ笑っている。あぁ、でもいいか。昨日よりよく笑うようになった。やっぱり笑っている方が可愛い。それにずっとおびえた顔してるのはかわいそうだしな。

 それにしても・・・転んだ拍子に手錠が足首に食い込んでちょっと痛かった。いかに俺の脚が細いといっても、通常手にするをものを脚につけているわけだから、ちょっときつい。普通にしてれば問題ないが、こんなふうに引っかけたりすると痛む。そしてさすがに本物だけあって、その強度はすごい。


「なぁ、なんで本物の手錠なんか持ってるんだ?」

「それは・・・私のおじいちゃんの形見なんです」


 おじいさん!あんたの孫が犯罪に手を染めてるよ!しかもあんたの形見の正義の道具で!

 朗らかに言った彼女は俺の皿と、ほとんど手つかずの自分の皿を持って立ち上がった。そしてキッチンに向かうが・・・


 ガッシャーンッ


「!?」


 突然響いたその音に、下を向いて足首をさすっていた俺ははじかれたように顔をあげた。そして真っ先に目に映ったのは、


「大丈夫か!?」


 倒れた彼女だった。


「佐原!?おい、サハラ!!」


 足を文字通りもつれさせながら慌てて駆け寄る。彼女が持っていた食器はキッチンの方へ投げ出され、俺の皿の上にのっていたフォークは玄関まで転がっていた。彼女の残したパスタは、キッチンのフローリングの上に無残に散らばっている。

 駆け寄った俺は彼女を揺すり、呼びかけた。幸い意識はあるようで、「だいじょうぶですぅ・・・」と返事が返ってきた。いや、全然大丈夫じゃない。

 俺はまさかと思って彼女の額に手をやる。


「あっつ!!」


 やっぱり熱がある。彼女は「えへへ・・・大げさですよぉ」なんて言ってへらへら笑っている。なんかおかしいと思った!彼女が昨日の今日でそんなに簡単に打ち解けられるはずがない。今日やたらと笑顔だったのは、全部熱のせいだ!確かにずっと顔は赤かったが、会った時から彼女は頻繁に赤くなる子だったので気がつかなかった・・・。


「とにかく病院に・・・」


 そう思ったが、無情にも俺の足元で鎖が鳴る。やばい。動けない。


「電話・・・」


 しかし辺りを見回すがそれらしきものはない。ふとキッチンの横の棚に見覚えのある携帯電話が。


「俺の・・・」


 どうやら携帯は没収されていたようだ。今頃気がついた。それはそうだ。助けを呼ばれたらかなわないもんな。


「ちょっとごめん」


 そう言って彼女のポケットに手を突っ込むが、彼女の携帯は他の場所のようだ。いや、そもそも、この状態でいったい誰に助けを求めるというのだ?駆けつけた人間に、俺の足枷をどう説明する?彼女が犯罪者になってしまう。


「佐原、手錠の鍵は・・・」


 はっとして聞く。そうだ、根本的な問題を解決すればいい。この足枷さえなくなれば、彼女は犯罪者にならなくて済むし、俺は自由になれるし、彼女を病院へ連れていける。しかし。


「ふぇ?」


 彼女は意識はあるものの、横たわったままくてっとしている。身体に全く力が入っていない。これでは電話も鍵も取りに行けない。この状況でどうしろと!


「えへへ・・・よしのくんだぁ・・・」


 彼女はふにゃりとした表情で、嬉しそうに俺を見上げている。うるんだ瞳で見つめられるとちょっと・・・いろいろヤバイんですけど。でも今はそれどころじゃないよな。

 とにかく、たぶんこれはただの風邪だろう。昨日寒いキッチンで寝たせいだ。そうに違いない。とにかく布団に寝かせて水分を取らせていればそのうちよくなるはずだ。

 そう思って俺は彼女の布団を敷こうとしたのだが、


「・・・」


 クローゼットまで届くはずがない。あぁ、もうなんなんだよ!この鎖!!

 仕方なく彼女を持ち上げて俺が寝ていたベッドに寝かせる。身長の割にかなり軽くて驚いた。やっぱりもっと食べたほうがいいよ。

 続いて額に浮かぶ汗を拭こうと、バスルームへ向かう。そこからかかっていた手拭きタオルを濡らし、ベッドに戻ってぬぐってやる。彼女は気持ちよさそうに「ふぇ~」と頬を緩ませた。思わず噴き出す。なんだよふぇ~って。

 でも、かなり汗をかいているので、これは危険かもしれない。脱水症状ってどれくらいでなるんだろ?とにかく水飲ませるか?いや、こういうときって水よりスポーツドリンクの方がいいんだっけ?そう思ってキッチンに向かおうとして・・・


 ガチャン


 いい加減腹立ってきた。切れていいかな?

 するとふと目についたのはベッドわきに置かれたスポーツドリンク。昨日彼女が俺に買ってきてくれたものだ。一口だけ飲んで結局そのままの。


「仕方ない・・・か」


俺はテーブルの上に置きっぱなしの彼女のコップをバスルームで軽くゆすぎ、ペットボトルの中身を少し注いだ。俺が口つけちゃったし、冷えてもないけど、我慢してくれ。そう思いながら無理やり引き起こした彼女の口もとに押し付ける。すると無意識なのか反射なのか、彼女はそれを飲みほした。ほっとして空のコップを受け取り、手近のチェストの上に置いた。そうだ、確か昨日彼女が頭痛薬を取り出したのはこのチェストの引き出しだった。俺はためらわずにそこを開けると、案の定、頭痛薬の他に、市販の風邪薬が入っている。「やった」小さくガッツポーズをして、再び彼女のコップをバスルームで洗って代わりに水を注ぐ。そして風邪薬を飲ませた。


「やれやれ・・・」


 一仕事終えてベッドの横に座りこむ。・・・なんで監禁されてる俺が犯人の看病してるんだろう?謎だ。

 俺はベッドの端に顎を乗せて、彼女の寝顔を覗き込む。すやすやと安心しきったように眠る彼女。あぁ、もう勘弁してくれ。


 俺は時折彼女の汗をぬぐってやりながら、そこにずっと座っていた。いつの間にか日が暮れて、いつの間にか俺はそのまま眠ってしまった。



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