5、俺、監禁されているのに。
目が覚めると、カーテンが開け放たれていた。眩しい。
俺は身体を起こす。少し頭を振ってみるが、痛みは完全に引いていた。手をやっても、昨日の腫れはおさまっていて、ほとんどわからないくらいだ。俺って結構石頭なんだな。
キッチンから鼻歌が聞こえてくる。そして芳しいみそ汁の香り。彼女は朝食を作っているようだ。彼女は和食派なのか。へぇ。っていうか、人を監禁しといて結構普通だよな。そう言う俺も彼女の朝ご飯が和食か洋食かなんて考えてる時点で、意外に普通だけど。
「おはよう」
彼女の背中に声をかける。
「ひゃう!?」
彼女は驚いて手にしていたボールを落とした。しかし調理台の上だったので悲惨な事態は避けられた。よかった。
「あう・・・あの、おはようございます」
顔を赤らめてそう言う彼女。一瞬だけ俺の顔も緩む。しかし、そんな自分に内心ため息をついた。こんな、新婚さんごっこをやってる場合か。
そういえば、昨日寝る前に水を飲んだからか、トイレに行きたい。でも、鎖はかなり短いぞ。どうすれば・・・と、足元に目を落とすと、なんと鎖が伸びている。なんで?と思ってよく見ると、昨日は南京錠5個で留めてあった鎖が、今は3個に減っている。それをなくしたおかげでベッドの脚に巻かれていた部分が外れて長くなったのだ。ためしに立ちあがる。そんなに長くはなくて、キッチンに立つ彼女には届かないけれど、ベッドの脚側にある扉には届く。たぶんそこはユニットバスなのだろう。一応、俺の生理現象を考慮してくれたらしい。
「あの、トイレ借りるよ?」
そう声をかけると、彼女は振り返ることなく「は、はいっ!」と返事をした。後ろから見える耳が真っ赤だ。
俺はそこに入って戸を閉めた。鎖は戸の下の隙間から引っかかることなくうまい具合に抜けた。これも計算してるのだろうか?それとも偶然だろうか。
とても小さいお風呂とトイレ。ここは俺の家と変わらない作りだ。しかし便座カバーは淡いピンク色のシマシマ模様で、バスカーテンは同じく淡いピンクのチェック柄だ。この辺りは何とも女の子らしい。そして綺麗に掃除されている。えらいなぁ。
そして俺はトイレのついでに顔も洗う。さすがにかかっているタオルで拭くのもためらわれたので袖口で無造作に拭く。そして思った。あぁ、シャワー浴びたいと。
思えば昨日、かなり汗をかいたのだ。正確には冷や汗を。それと、頭の痛みからくる汗。そして寝汗も少々。パーカーの下に着ているシャツが身体に張り付いている。気持ち悪い。しかし、さすがに女の子に風呂を貸してくれとは言えないし、我慢するしかないか。俺はバスルームを出て部屋に戻った。
すると、部屋の中央に置かれたローテーブルに朝食が二人分置かれていた。そして彼女がちょこんと座っている。
「あの、朝ご飯、食べますか・・・?」
上目使いにそう聞かれて、思わずぐらっときた。いろんな意味で。俺は必死に理性を働かせて耐える。そして心のなかだけで突っ込む。佐原、そんな顔でそういうこと他の男の前で言わない方がいいぞ?間違いなく君がいただきますされるから。
「・・・食べる」
朝から疲れ切ってしまった俺は、鎖をジャラジャラいわせながら、テーブルに近づき彼女の向かい側に腰を下ろした。
頂きますを言って箸を手に取る。メニューはご飯、みそ汁、鮭の塩焼き、アスパラの味噌和え、筑前煮だった。一汁三菜!こんな豪勢なの久しぶりだ!最近の俺の食生活は、トーストにバターか、ご飯にふりかけオンリーだったから。
「すごいな。これ朝から作ったのか?」
「まさか!筑前煮は昨日の晩の残り物です。すみません」
いや、謝らなくていい。十分すごいと思う。一人暮らしで朝からこんなにきちんと食事を作るのはえらい。そして本当においしい。あったかいし・・・なんか、ずっと居れそうだ。いや、ダメだけど。っていうか、鎖につながれてご飯もらって、俺って犬かよ!?でも、
「うまい・・・」
無意識にこぼれた俺のつぶやきに彼女はまた顔を赤らめてもくもくと自分の食事に専念した。そう言えば、今日は普通に俺の近くにいる。昨日までの怯えはどうしたのだろう。まぁ、過剰に意識されるよりはいいし、ほっとこうかな。
食事を終えて彼女は後かたずけを始める。俺は特にすることもないのでベッドにもたれかかって、彼女に渡されたチャンネルを手になんとなくテレビを眺める。何だこれ?何で俺たちこんな普通にしてるんだろ?俺、一応監禁されてるはずなんだけど。
それにしても暇だ。手の届くところに本棚があるけど、そこには小説ばかり。俺は小説なんて小難しい物は読めなくて、娯楽といえばもっぱら漫画だ。妹がいるためか、少女マンガでも抵抗なく読めるのだが、ここにはその手もないらしい。さすがに女子の前で読まないけどさ。
そうやってぼんやりしていると、なんだかまた眠くなってきた。昨日さんざん寝たのにな。もしかして頭痛薬がちょっと残っているのかも。あれはわりと眠くなる奴あるから。
すると、いつの間にか部屋に戻ってきていた彼女が少し離れた場所から言う。
「あ、の・・・眠いなら、シャワー浴びます?」
おずおずと問いかけてくる。え、マジで?ありがたい。自分からは言い出しにくかったから。
「じゃ、お言葉に甘えて・・・」
眠気を振り切るように立ち上がり、再びバスルームへ。彼女が慌ててタオルを渡してくれる。ブルーのふわふわのバスタオルだ。
戸を閉めて服を脱ぐ。しかし、上半身は難なく脱げたのだが、如何せん、足首の手錠のせいで下は脱げなかった。仕方がないのでバスカーテンを開けたまま、上半身だけ突っ込んで頭を洗い、軽く背中の汗を流した。これだけでもだいぶ違う。
そして俺は借りたバスタオルでガシガシと頭を拭き、あぁ、さっぱりした!と思いながらバスルームの扉を開けた。しかし、
「きゃぁ!?」
「うわぁ!?」
しまった!服着るの忘れた!バスルームのつくりが自分の家と似ていたから、ついうっかりして・・・。うわ、俺変態って思われたらどうしよう?
「ご、ごめ・・・」
あわあわと俺は頭に引っかかっていたタオルを前に抱える、いやいや、この反応逆にキモイって!女じゃあるまいし。しかし、下はいてて良かった・・・足枷ナイス。
「これ!!」
彼女はクローゼットの前で顔を真っ赤にしていたが、何やら胸に抱いていた物をこちらに放り投げた。俺は慌ててそれをキャッチする。そして開いてみると、なんとそれは男物のTシャツとパーカーだった。驚いて握りつぶしてしまったのだろう、少し皺がよっている。
「なんで、男物の服が・・・」
思わず口から疑問が出た。まさか元彼の忘れものとか?
「あ、お兄ちゃんが・・・女の一人暮らしは危険だけど、洗濯物に男物の服を混ぜていればちょっと安全だって言って、自分の服を何枚か・・・」
なるほど。今結構ビビったよ俺。いや、元彼とかいたらこんなに男に慣れてないことないよな。というか、お兄さんえらいな。妹思いだ。そして汗だくの服を再び着なくてよくなったからすごく助かります。
いつまでも上半身裸でいるわけにもいかないので、早速そでを通す。しかし
「・・・」
「あ・・・ちょっと大きいですね・・・」
Tシャツは7分丈だったようで、胴体部分が少し余るものの、袖の長さは丁度よかった(7分でちょうどいいってショックだったけど)。しかしパーカーの方は完全にアウト。ぶっかぶかだ。尻まで隠れるパーカーは前を閉めたら怪しい人みたいになるので開けておこう。そして余った袖を持ち上げて、お化けみたいなポーズをしつつ、苦笑する。女の子が彼氏の服を借りてぶかぶかなのは萌えるけど、男でやったらアウトだろ!
「佐原のお兄さんって大きい人なんだな」
俺が小さいのもあるけど、これはあまりにも大きすぎる。
「柔道やっていたので・・・」
・・・頼むから今来ないでくれよ、お兄さん。冬休みだからって妹の家に遊びに来たりなんかするなよ?大事な妹の部屋に男がいるってわかったら、俺、命の危機じゃんか!
「なんか・・・」
彼女が何か言いかけたので、青ざめつつうなだれていた顔をあげる。彼女は相変わらず赤い顔をさらに赤らめて、頬に手を当てて視線をさまよわせている。なんで?俺服着たのに・・・。
「なんか、ぶかぶかの服着てるのって・・・その・・・可愛いです」
「・・・」
あぁ・・・。どうやら逆ベタなぶかぶかファッションは、彼女のつぼに入ったらしい。恋する乙女は半端ない。それとも俺の童顔はそんなにこのファッションが似合ってしまうのか?男なのに可愛いと言われても嬉しくないよ!
さらに気落ちしながら、仕方なく長い袖を数回折って調整する。
「私っ、お買い物行ってきますねっ!」
いたたまれなくなったのか、彼女はそそくさとコートを羽織ると、家を飛び出していった。