4、俺、話しあいます。
彼女は泣きそうな、怯えたような表情で俺を上目使いに見ている。俺は何とも微妙な気分で微妙な顔をしてベッドに座っている。しかし、いつまでもそうしているわけにもいかないので、とにかく自己が置かれた状況をもう少し詳しく調べようと思った。
「わかった・・・じゃあ、しばらくここにいることにする」
ここに居てと言っても、まさか一生とか、そんな事はないはずだ。いつかは出してくれるはず。たぶん。そう願いたい。
幸い、今は冬休みだ。後2週間くらいならたとえここから出られなくともなんとかなる。しかし、それ以上となると、学校が始まってしまう。何がなんでも留年だけはしたくない。何度も言うが、金がないから。
だから俺は、ここにいる間に、彼女に俺が他の人間にこのことを言いふらさないということを信じてもらわないといけないのだ。身の潔白を。・・・あれ?なんかおかしくないか?何で俺が身の潔白を証明するんだ・・・?あぁもう、いいや、わかんなくなってきた!とにかく、俺はここから出られないから、今はおとなしく犯人の言うことに従う!下手に刺激するのもよくないし。
「・・・で、さっきから気になってたんだけど、どうやって俺をここまで連れてきたの?そもそも、俺は何で意識を失った?」
頭に大きなたんこぶがあることから、強く打ったのはわかるが、そのせいか記憶がまったくないのだ。すると、さっきまで一文字に閉じられていた彼女の口が小さく動き出した。
「自転車で・・・轢いてしまって・・・・」
自転車で轢いた?
「佐原さんが、俺を自転車で轢いたの?」
彼女はコクンとうなずく。うわぁ、全く覚えていないぞ。
「それで・・・電柱に頭をぶつけて・・・」
なるほど。それで意識も記憶も飛んで行ったわけだ。なら彼女は、轢いてしまった俺を介抱するために家に連れてきたのか?なんだ、なら何も問題ないじゃないか。
「私、どうしていいかわからなくて。警察に行こうか、病院に行こうか迷って・・・。でもよく見たら吉野君でびっくりして・・・」
確かに、知っている人間を轢いた・・・しかもそれが自分が惚れている人間だったらなおさら驚いただろう。
「・・・それで、家に連れてきました」
何でそうなる!病院か警察で迷ったなら、病院に連れて行こうよ!彼女の思考回路は分からない。いったい何がしたかったんだ?恋する乙女は暴挙に出るのか?
しかし突っ込む気力もなく、俺は話を続ける。
「よく運べたね。さすがに女の子には重かっただろ?」
そう言うと、しかし彼女はふるふるを首を振り、部屋の隅に置かれたキャリーバックを指さした。大ぶりだが、赤くてまるっこくてなんとなく彼女らしいデザインだ。え、それに入れて運んだの?
「ちょうど家の前だったので、すぐに部屋に戻ってこれを持って行きました」
キャリーバックに乗せられて運ばれる男って・・・。そのシーンを自分で想像して死にたくなった。情けない。
「階段は?」
「このアパート、4階建てだからエレベーターあるんですよ。ここは2階です」
にっこりと無邪気に笑う彼女。
「・・・」
彼女はどうやら俺のご近所さんだったらしい。知らなかったなぁ。しかもエレベーター付きのアパートに住んでるって、結構お金持ちのお譲様なのかもしれない。男慣れしてないのはそのせいか?
「・・・で、連れて来て、寝かせてくれたんだな。ありがとう」
彼女はうつむいてまた赤くなる。そう、ここまではいいんだ。彼女が病院ではなく、俺を自宅に連れてきたのはまだ何とかわかる。だが、問題はここからだ。
「・・・ところで、なんで足枷がされてるんだろう?」
「・・・」
彼女はきょとんとした顔で、さもわからないと言った感じだ。
「私も、・・・何でそんなことしたのか。ただ、吉野君が私の家にいるって思ったら、なんかこう・・・どっか行っちゃったらどうしようって思って・・・?」
何でそうなる!?目が覚めたときに、「あ、目が覚めた?ごめんね、大丈夫?」なんて言われたら、いくら轢いたのが彼女でも、俺はイチコロで落ちたと思う。可愛い女の子に介抱されてたらそうなるだろ?なのに、この余計な足枷のせいでいろいろややこしくなったのだ。・・・まぁ、いい。
「君に悪気がなかったのはよくわかった。ついつい、無意識でやっちゃたんでしょ?そんな事たまにあるよな。そんな子のことを俺は悪く言ったりしないよ。だからさ、これ外してくれない?」
なるべく優しく言ってみる。しかし、やはり彼女は首を振る。ノーだ。
「なんで・・・?」
「だってぇ・・・」
俺も彼女も泣きそうである。どうしてだよ!
さらに何か言おうと身を乗り出したところで、ふいに頭痛がぶり返してきた。「痛っ!」と顔をしかめると、彼女はびくりとして、腰を浮かせた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「あ、いや・・・大丈夫。たぶん」
「あの・・・頭痛薬ありますけど・・・」
「マジで。もらえる?」
外傷だが、痛みはたぶん治まるだろう。ありがたくもらうことにする。彼女はそろそろとベッドに近づき(そんなに警戒しないでよ。傷つくなぁ。大体君が悪いのに)、ベッドわきに置かれていた小さなチェストの引き出しを開けると、そこから頭痛薬の箱を取り出し、二粒切り離して、俺の手にそっと握らせた。緊張しているのか、彼女の手はものすごく熱かった。そしてすぐに踵を返すと、キッチンへ走って行き、コップに水を汲んで戻ってくる。俺は弱弱しく礼を言って受け取ると、薬をあおった。これでしばらくすればおさまるだろう。
ふと視線をあげると、彼女はまたもや扉の前まで行って座っていた。
「・・・あのさ、そんなに離れてると、話しにくいんだけど」
俺は痛みによって額に浮いた汗を手の甲で拭いながら言う。
「もう少しこっちおいでよ。何もしないから」
それどころか、身体を動かすのも辛いぐらいだ。俺、病院行かなくて大丈夫だろうか。
「・・・」
彼女は床に座ったまま、じりじりとこちらににじり寄ってきた。顔は完全に怯えている。なんとなくそそる顔だけど、本人は分かってなようだ。まぁ、仕方ないけど。
しかし、俺の隣に来ることはなく、俺から1メートルほど離れた場所でストップした。これでは若干届かない。惜しい。いや、別に何もしないけどさ。
すると、ふいに彼女は手にしていたコンビニ袋をガサゴソして、ペットボトルを取り出した。
「あの、これどうぞ・・・」
差し出されたそれは、俺がコンビニで買ったのと同じスポーツドリンクだった。
「私のせいで、全部こぼれちゃったから・・・」
なんとまぁ、律儀な子だろう。こんなに気を使えるのに、なんで足枷とかしちゃうんだろ?目が覚めたときいなかったのは、わざわざこれを買いに行っていたからか。思えば、彼女はまだコートを着たままだ。
「あり、がと」
正直、今水を飲んだばかりだから大してのどは乾いていないのだが、礼儀として一口だけ飲んだ。そしてベッドわきにそれを置く。すると、身体がぐらりと傾いだ。いや、変な意味じゃない。ジュースになんか入ってたとかではない。単に痛みのせいで体力を使いすぎたのだ。彼女もうつろな瞳の俺に気がついたのか、
「あ!ね、寝てください!ごめんなさい、長々と・・・」
そう言って掛け布団を掴んで俺の頭からかぶせた。さっきまでは近づいてこなかったのに、完全にテンパっている。俺は押さえつけられるようにベッドに横になる。枕で頭を打ってしまい痛かった。しかしそこでふと気になることができて聞いてみる。
「このベッド、君のだよな?佐原さんどこで寝んの?」
よく見ると掛け布団には可愛いクマのイラストがところどころに描かれている。彼女の物で間違いない。というか、一人暮らしの部屋に置いてあるベッドが本人の物以外であるはずがない。ましてや客用に2つあるとかもないだろう。しかし、彼女は気にした風もなく、
「あ、それは大丈夫です。お母さんが来たとき用に、布団はもう一組ありますから」
「そう・・・」
しかし、これではよくないはずだ。女の子に床で寝かせるとか。しかも、一応、監禁被害者といっても、たぶんお客の部類に入るはずだから、俺が客用布団を使うべきだろう。こんな・・・彼氏でもないのに同学年女子の布団で寝るとか・・・。
「なぁ、やっぱり俺が・・・」
立ち上がりかけたところで、またしても例の鎖に邪魔される。確かにこれでは移動は無理だ。だから俺はあきらめて彼女のベッドに横になった。彼女はベッドから一番遠くにあるクローゼットを開け、中から布団を引っ張り出す。それをどこに敷くのかと思ったら・・・
「おい、どこに持っていくんだ?」
何と扉の外に運び出した。そしてどさりと置く。
「キッチンに・・・」
「なんで!」
彼女が言うキッチンとは、正確に言うと調理場と玄関があるスペースである。確かにちょっとした広さがあって部屋のようだが、それでもそこはたぶん廊下だ。しかも、彼女はこちらの部屋とキッチンを隔てる扉を閉めようとしている。
「さすがにそれはダメだろ?そこ閉めたら、暖房がそっちに行かない」
そう、今は12月の終わりなのだ。寒さはマックスで厳しいし、ましてやすぐ隣に玄関がある場所など、ものすごく冷えるにきまっている。いくらなんでもそれは風邪をひいてしまうだろう。
「せめてこの部屋の中で寝なよ?」
俺の頭の痛みはだんだん弱まってきた。しかし同時に意識が遠のいていく。きっと薬が効いてきたのだろう。それでも彼女の説得を試みる。しかし、意外にも彼女は強情なようで、頑として聞かず、結局廊下に布団を敷くと、電気を消してしまった。
「やれやれ・・・風邪ひいても知らないぞ・・・」
なんで俺が監禁犯人の心配しないといけないんだ。と思いつつ、俺も眠りの中へと落ちて行った。