10、俺、新年を迎えました。
俺はまたもや絶叫によって起こされた。何事かと思って身体を起こす。・・・あ、やっぱり背中痛いな。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・・!」
何度も土下座で謝る彼女に「大丈夫大丈夫」と言いながら、頭を押さえる。またもや布団に顔を押し付けられて、もごもご言っている彼女に
「そんな事より言うことがあるだろ?」
「え?ごめんなさ・・・」
「そうじゃなくて、今日は何の日?」
「あ・・・」
ようやく思い出したのか彼女は顔を真っ赤にして、
「あ、あけましておめでとうございますっ!!」
とどもりながらも元気よく言った。
「うん、あけましておめでとう」
俺もにこやかに返す。
彼女は「ちょっと待ってくださいねっ」と言って、慌ててキッチンで着替えを済ませると、そのまま朝ごはんの準備に取り掛かった。俺はいつも通りテレビを見つつ、それを待つ。テレビは年が明けて、事あるごとに「あけまして・・・」と言っている。あぁ、本当に年が明けたんだなぁ・・・。なんか現実感がわかないな。ほんの数日前までは、まさか全然知らない女の子の家で年を越すとは思わなかった。
「お待たせしましたっ」
彼女の声に振り向くと、ローテーブルに並べられているのはいつもの朝食ではなかった。
「え、これって・・・」
小さなテーブルの中央には、綺麗な和柄の小ぶりな弁当箱。ちなみに3段重ね。他には小皿と湯のみと、そしていつもみそ汁が入っているお椀には餅の浮いた白みその雑煮。
「おせち料理です・・・お正月なので・・・」
照れくさそうに言う彼女。あ、もしかして昨日ずっと料理してたのってこれだったのか?
彼女がお重(に見立てた弁当箱)を広げると、そこには定番のお正月料理がつまっていた。「そんなに高価な物はないんですけど・・・」と申し訳なさそうに言うが、いや、十分すごい。綺麗にきっちり詰められた色とりどりのおかず。確かに高価な食材は使っていないが、逆にその方が家庭的な感じが出ていてなんか嬉しい。それに、俺の実家は正月とか気にしないからおせちを食べるのは実は初めてだったりする。
「すっごい・・・な。いただきます!」
「はいどうぞ」
やっぱり彼女の料理はどれもうまい。俺、監禁されてるはずだけど、ものすごく幸せだ。おかしいな。もうここから出れなくてもいいかもしれない。
そんなことを本気で考えていると、突然チャイムが鳴った。ぎくりとして箸が止まる。彼女も急に硬い表情になり、玄関があるキッチンに出てこちらとの仕切りの戸を閉めた。
玄関の戸が開く音する。彼女が戸を開けたのだ。のぞき穴から確認して、家の中に入ってこない人物だと判断したのだろう。俺もそこで一息つく。しばらくおばさんらしき人の賑やかな話し声が聞こえていたが、玄関の戸が閉まる音がして彼女が戻ってきた。
「大家さんからお年玉代わりにお菓子もらいました。カステラみたいです。後で食べましょうね」
そう言ってもらった包みを掲げた。よかった・・・家族とかだったらどうしようかと思った。そういえば、正月なのに彼女は実家に帰らなくていいのだろうか?
「佐原は実家帰らないの?」
そう聞くと、ピタリと動きが止まる。そして小さく小さくつぶやいた。
「・・・吉野君とお正月・・・したくて・・・」
うわ・・・やばい、そんなこと言わないでくれ。
「そ・・・か」
視線を遠くに飛ばしながらぎこちなく言う。たぶん今俺も顔赤いだろう。
少しだけ微妙な空気の中、食事が再開された。
昼から彼女は友達と初詣に出かけた。もちろん俺を置いて。・・・ここまで打ち解けたんだから、もうそろそろ足枷といてくれてもいいんじゃないの?と思うが、何も言わないでおこう。
暇なので昨日彼女が貸してくれた本の残りを読んでいると、思いのほか彼女は早く帰ってきた。どうやらすごい人だったらしい。そりゃそうだ。
帰ってきた彼女の手には数枚の年賀状。外に出たついでに郵便受けから取ってきたらしい。彼女は楽しそうにそれを眺め、俺にも見せてくれた。女の子はちゃんとこういうことするんだな。俺なんか人生の中で、年賀状を出した事があるのは小学校の先生くらいだ。俺の男友達はそういうことしなかったし、最近では気が向いたらメールで回すぐらいだ。
「この子が、さっき一緒に初詣に行った純ちゃんです」
そう言いつつ見せてくれた可愛らしいスタンプが多数押された年賀状。・・・年賀状見せられても顔知らないしなぁ・・・。
「あ、いけない。この子に出すの忘れてた・・・」
そう言って手にした年賀状を見つめる。覗き込むと何ともたどたどしい文字がミミズの様に踊っている。子供か?
「親戚の子なんです。まだ文字読めないから、出してなかったんですけど・・・そっかぁ、大きくなったんだなぁ・・・」
感慨深げにつぶやき、立ちあがって彼女はクローゼットの中からスクールカバンを出し、筆箱を取り出した。そして多めに買っていたのだろう、真っ白な年賀はがきにメッセージとイラストをすらすらと描いて行く。小さい子向けだからだろう、大きめの文字で、平仮名だけで書かれている。丸っこい文字はいかにも彼女らしい。しかし、
「今年はウサギ年じゃないぞ?」
年賀状に描かれたイラストはウサギだった。なんで?
「これは、今はやりのキャラクターですよ。その親戚の子が大好きなので」
そうなんだ・・・。でもなんか見たことあるな、と思ったら、彼女の携帯置きと同じキャラクターだ。実は自分も結構ハマってるわけだ。すらすら描けるはずだよ。
その時、彼女の筆箱にぶら下がっているマスコットに目が行った。黄色いからヒヨコ・・・と思ったらどうやらアヒルのようだ。いや、トサカがあるからやっぱりヒヨコ?いや、鶏?・・・それにしても不細工だな。やたらと大きな目玉が飛び出ている。こういうのって今はブサカワとか言って人気らしいけど。
「あ、それ気になりますか?」
ふふっと笑って彼女が言う。気にはなるな。見た目のインパクトがすごい。でも可愛くないし・・・これも流行りのキャラクターなのだろうか?
なんとなくトサカに触ってみると、どうやらそれはボタンになっているらしい。音とか出るのかな?なんて思って押してみると、
「痛ったぁ!!」
突如流れた電流に思わすマスコットを放り投げてしまう。つられて筆箱が部屋の隅に飛んでいった。
「ふふっ、それ、トサカを押すと、お腹の銀色の部分から静電気が流れるんです」
いたずらっぽくほほ笑む彼女。静電気・・・?にしてはかなり強くないか?結構痛かったぞ?何でこんな物騒な物・・・
「授業中に眠くなったときに、ちょうどいい眠気覚ましになるんですよ」
・・・なるほど。それはいい。俺も買いに行こうかな。それはそうと、
「ふぅん・・・」
俺は納得しつついたずらが成功して楽しそうな彼女を見やる。なんだかしてやられた感があって悔しい。こう見えて俺も結構負けず嫌いだったりする。なんか仕返しを・・・と思ったら先ほどのマスコットが目に入る。俺は彼女に見えないようにニヤリと笑うと、鎖をめいっぱい引っ張って身体を伸ばし、なんとか筆箱の端を掴んでマスコットを自分の手元に戻した。そして、年賀状が書きあがり、ペンを置いて満足そうにうなずく彼女の背にビリッと一発。
「ひゃうん!?」
何とも奇妙な奇声を発して彼女がのけぞった。アヒル(?)片手にニヤニヤ笑う俺。真っ赤になった彼女が俺の手から思わぬスピードでアヒルを奪うと、今度は俺に向けてきた。両手でガードしたつもりだったが、その手にビリッ。
またやられたっ!くそっ!と、彼女からアヒルを奪おうとする。彼女は奪われてたまるかといった感じで手をぶんぶんふって応戦する。しばらく二人ですったもんだしていたが、数分後。
「はぁはぁはぁ・・・」
「ぜぇぜぇぜぇ・・・」
疲れた。何やってんだろう俺たち。彼女と目があって、二人して苦笑い。
「悪いな、佐原。・・・・つかれたろ?」
「はい・・・いえ、こちらこそ・・・」
そう言って汗をぬぐいつつほほ笑む彼女。だが甘い、勝負はまだ終わってないよ?
俺は彼女のスカートからのぞく生身の足首にアヒルをあてた。
「きゃあ!?」
悲鳴とともに脚を引っ込ませ、「いたぁ・・・」小さく丸まりながら涙ぐんでこちらを睨む。
あー面白かった。これ俺も買お。




