バイト募集中
第二十回電撃大賞に応募する予定の作品です。完結し、一定期間公開した後に本文を削除致しますのでご了承下さい。
「住み込みバイト……募集中?」
十二月の夜空の下、トレンチコート一枚を羽織っただけの友住元也はふと目をやった建物の窓ガラスにそう記されたポスターを見つけた。
ポスターと言ってもそれは手作り感満載の雑なもの。適当に、数分程度で作られたような一枚の紙は、これまた雑にセロハンテープで四隅をとめられており、心なしか歪んで貼られている。本当に募集をする気があるのかどうか疑ってしまうような代物だった。
「……さっむ」
鼻をすすり、ベージュのコートの衿を鼻の頭まで引き上げる。さすがに真冬の夜にコート一枚というのは防寒対策として不十分だ。寒さに歯を打ち鳴らせながらコートの袖をまくり、左腕の時計をチラリと見た。時刻は既に午後九時半を回っている。
家出をして二日目。
今夜こそ寝る場所を確保したい身としてはすぐにでも応募したかったが、変な会社や悪徳会 社、お水系のお仕事である可能性も考えられなくはない。簡単に決めるのは少々危険な気がし た。
「まぁまずは…………へ?」
仕事内容を確認しようとして建物を見上げると、なぜか目の前に女性の顔があった。女子大生くらいの、まだ若い女性。にっこりと、優しさの満ちた笑顔をこちらに向け、妙に色っぽいゆっくりとした口調で彼女は言う。
「このアルバイトに興味があるのかしら?」
「え……いや…………まあ、なんというか」
「そんな緊張しなくてもいいのよ……。ほら、興味があるなら応募してみるといいわ」
優雅な手つきで女性はガラスに張り付いた紙切れを剥がす。細く白い指で紙に付いた小さな皺を伸ばし、笑顔のまま元也の方へと差し出した。
「そ……その……あの…………なんというか、え?」
突然目の前に現れた、年上の色っぽさを持つ女性に元也の舌は上手く回らない。心臓が皮膚を破って飛び出してきそうなほどに鼓動し、顔が熱くなってみるみるうちに朱に染まっていくのがはっきりと分かる。
「どうしたのかしら? 顔が赤いわよ?」
ピンクのグロスが引かれた唇で笑みを作り、彼女は肩の辺りまで垂れるウェーブのかかった金色の髪を少しだけ掻き上げた。ほのかに甘い香水の香りが鼻孔を刺激して、思わずくらくらとしてしまう。女性は金髪に、薄化粧ながら整った顔。百七十センチ少しの長身で鼻は高く、こちらを見つめる二つの瞳は透き通るように青い。どうやら日本人ではないようだったが、彼女の口から発せられる言葉はそうは思わせなかった。いかにも高そうな服で全身を着飾り、首には暖かそうな灰色のファーマフラーを巻いている。
もしかしてお水系の商売なのか、と緊張で回転の鈍くなった頭でそう考える。
目の前の女性にどぎまぎしながらも、今すぐ踵を返してこの場を去りたかったが、どうにも期待というか欲望というか、男の性が邪魔をしてすんなりと身体を動かすことは叶わない。
「あ、もしかして緊張しているのね? ふふ……かわいいわ」
すうっと、細く暖かい指の先が元也の細い顎を撫でた。一気に顔が炎上し、頭の先から足の先までが溶け消えていきそうな感覚に陥る。もう何もかもがどうにかなってしまいそうだった。
「そ……その、このバイトの内容って……な、なんですか?」
「ふふ。あなたにピッタリのお仕事よ」
「あの……お水系ですか?」
「あら。違うわよ。とにかくやるべき……いいえ。やらなくちゃだめよ。この仕事はあなたを欲してるの」
そうにこやかに片目を瞑って見せた彼女は両手で元也の手を握り、ガラス窓の脇にあった自動ドアの方へと引っ張っていった。
「あ、ちょっ」
突然女性に引っ張られた元也は、抵抗する間もなく半ばつま先を引き摺られる用にして建物の中へと連れて行かれる。自動ドアを通る際、見上げた建物の看板に記されていたのはお水系の商売とは遠くかけ離れた職種。
『三田運輸日向営業所〜全国どこでも均一配送〜』
配達業だった。