6.
噛む。千切る。噛む。飲み込む。噛む。千切る。噛む。飲み込む。噛む。千切る。噛む。飲み込む。噛む。千切る。噛む。
嗚咽。
「──っ、……は、ぁっ」
路地裏の暗がり。
冷めきってしまったパンを手に、獣のように咀嚼する。
今日と明日の命を繋ぐ。少女はただひたすらに、「生きる」をしていた。
手段はきっと選べなかった。目の前にあった好機を掴んだ。無防備な背中に体当たりをした。倒れた人間から目を逸らした。保険はかけた。保険は保険として捨て置くつもりだった。
声が、
「そんな、つもりじゃ──」
声に怯んだ。手が動いた。
何が起こったのか理解した瞬間に、その場から全力で逃げ出した。
……軽い足止めのつもりだった。追いかけてくるであろうその人を、転ばせるくらいで済ませるつもりだった。
結果は。
「遺言なら聞く。弁明は聞かん」
ゆらり、と。
影が、揺れる。
「──あ、」
死神めいた姿があった。
誰もが恐れる人が居た。
機能めいた目に、射抜かれた。
『剣』。
無用の暴力を唯一許された、この国最高の執行者。
どうやって此処に来たのか、何の為に此処に来たのかなど、問うだけ無駄な事だろう。
一歩。
「待ってください、私はそんなつもりじゃ──」
怯える彼女は、震える声で言葉を絞り出す。
弁明だから聞かなかった。
一歩。
「三日もご飯を食べてなくて──」
弁明だから聞かなかった。
「お金なんてなくて──」
弁明だから聞かなかった。
「──、────!!」
弁明だったから、聞こえなかった事にした。
一歩。
「っ、嫌だ、やだ──や、だぁぁぁあああ!!」
絶叫。それは生存本能。
生きたいという当然の願いは、彼女の体を突き動かすには充分だった。
両手を振り回す。魔法が動く。魔力で編まれた、細い糸。
──あまりの強度が故に、絡めば人体を容易く切断する彼女の魔法。
制御など成されていない、ただ衝動のみで振るわれる凶刃。
それは路地裏という絶好の環境の中、不可視の攻撃として『剣』に迫り、
肉薄、
「────?」
一瞬で、『剣』は少女の目と鼻の先に踏み込んでいた。
何が起きたのか、少なくとも少女には理解できなかった。
今も浮かんでいる困惑の色は、普段ではあり得ない程に高い視点と、感覚が繋がらない体が故か。
些細な幸運。或いはそれが『剣』なりの慈悲なのだろう。
首を刎ねられた事に気付く前に、少女の意識は消え失せた。
必要な暴力だった。
だから躊躇いは有り得なかった。
『剣』として、加減も容赦もする理由はなかった。
これは既に罪人だ。予定されていた通りの結末だ。
「…………」
魔法使いとして、心の底では感嘆していた。
全て理解した上で、それは珍しい魔法だったと思っていた。師事する人間を選び研鑽を重ねれば、あらゆる方面への応用もきっと効いただろう。
「…………」
人間として。
生きたいという願いを踏み躙った事に、何も思わないわけでは、なかった。
飢えれば死ぬ。当然だ。
貧すれば死ぬ。妥当だろう。
だから彼女は生きる為の手段をとった。それそのものを間違いだと突き放す事は、彼にはどうしてもできなかった。
必要だったから。理由が揃っていたから、こうした。
昔から何度も繰り返してきた、彼にとっての日常のひとつ。
ただひとつだけ、惜しいという感情は拭い切れず。
「それは、本当に」
血溜まりから離れた場所で、パンが散らばっていた。
斃れる体は、骨が浮く程に細かった。
その傍らには、真新しい吐瀉物の溜まりがあった。
慣れない物を急に口にしたのだろう。飢餓に喘いでいた事も、嘘ではなかったのだ。
それでも。
「人から奪わないと、叶わないような願いだったのか──?」
その日は、とても長かった。




