4.
聞くところによると、この魔女は五百年前から生きてきたらしい。
歴史の転換点に立ち、或いは当然のように危機を払い。国を、世界を救い続けてきた──とかなんとか。
伝聞だ。それを証明する手段には乏しい。少なくとも本人の言だけでは信頼には値しない。
ただ事実として、「そういう人物」と思われる誰かが存在していた。そうして現存しているのが、『徽』という魔法使いらしい。
高貴。天上。誉。華。そして、徽。
それらしい英雄が使った名前は、書本に残る限りでは統一されない。
だから、彼女が「そう」である事を、正しく証明する手段は無い。無いのだ。
「五百年ねぇ。……そんだけ生きてれば、人間の感性なんてものは捨ててそうなもんだけどな」
懐疑的だ。
反面、だからこそ納得できる事も多くある。
「人間は確かに辞めちゃってるけど、人間である事を辞めたくはなくてね。私はこれでも、人らしい生活は維持してるよ」
一息。
「少なくとも、不老不死になる前からやっていた事は変わりない。し、人と関わる事も諦めない。物語にいるような厭世的な不死者って、つまらない生き方だと思わない?」
「快楽主義者か?」
「否定はしないねぇ」
「……先代の『剣』も、アンタの対応には手を焼いていたらしいしな。もう少し改めて貰えると楽できるんだが」
「むり。」
溜息。
……『剣』が直接の伝聞として知る範囲で、三十年は彼女の姿に変わりない。少なくとも不老というのは事実なのだろう。
これで老いると言うのであれば、また別の意味で魔女と言う。
「しかしなぁ。不老不死になる方法がわかってるなら、それで飯食っていけそうなもんだがな」
「そう?」
「術式を汎用化すれば、欲しい奴は欲しがるだろ。生老病死から人間が解き放たれたら、それは楽園と言えるんじゃないか?」
「ふむ。」
考える素振りを見せる『徽』。
しかしそれは、すぐに振り払われて。
「やだな。誰も彼も死ななくなるのって、気持ち悪くない?」
「不死者」
「特権」
「……さいで」
あまりの発言に呆れる『剣』。
こうも身勝手な彼女だから、今日に至るまで、ずっと振り回されている気もしている。
「それにさ。正直、どうやって不死になるのか知らないんだよね」
「──は?」
さらり、と。
大して重要でもないかのように、彼女はそれを口にした。
「気付いたら不老になってて、それから不死である事にも気付いてさ。うん。実はこっそり困ってる」
「……待て。アンタ、自分から不死身になったんじゃないのか?」
誤認していた。
少なくとも『剣』が生まれた時から、彼女は不死である事は当然だった。
不死者らしいとされる振る舞いからは遠くとも、それは誰もに受け入れられていた、周知の事実であったのだ。
だからそれは、当人が望んだものだろうと。求めたものだろうと、自然とそう思い込んでいた。
「結果としては自分から、なのかな。いや、事故みたいなものだけどさ。聞いたら笑うよ?」
望まない不死なら、『剣』の仕事はひとつ増える。
目を合わせて、軽く頷き、続きを促す。彼女の視線から外すように机に隠した左手に、悟らせず力を込めながら。
「ほら。私って魔法大好きじゃん?」
「……そうか? ……そうだな」
「うん。で、昔から色々と魔法をかき集めててさ」
「おう」
「民族風俗土着と、色々と節操無しに集めててさ」
「おう」
「気が付いたら不死になってて、でもまぁこれはこれで良いかなって」
「偶然な上に気にしねぇのかよこの無頓着」
脱力。
……本当に、彼女の奔放さには振り回されっぱなしである。
「折角だから、不死身の生活を楽しまないと損じゃない?」
「…………すげー、疲れた……」
「ほら、休憩休憩」
「アンタのせいだぞ」
もし必要なら、彼女が望むなら、その「不死」ごと斬る事を考えていたが。
不要であれば、と。『剣』の左手は緩やかにほどける。
雑談に無用な時間を割いてしまったという自責。そろそろ本格的にこの女を追い出して、自分の仕事に戻ろうかという所で。
「──『剣』様、急用です! お力を!!」
執務室の扉が、乱暴に開かれた。
飛び込んできた使者の表情には、恐怖の色が滲んでいた。




