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1.

「ところで『しるし』様」

「んー?」

「……どうして僕は、茶器の前に座らされているのです?」


 昼下がり。

 陽光が心地良い、庭園の真ん中。

 華美ではなく、しかし質素でもなく。丁寧に仕立て上げられたテーブルと、そこに几帳面に並べられた茶器が一式。

 席に着くのは、二人の人間。


「言ったでしょ。最終試験だよ、最終試験」

「どこが……?」

「キミがちゃんと、安全に魔法を使えるのかどうか。魔法使いを名乗るなら、セーフティは大事でしょ?」


 もし同類の茶器を扱い慣れている者が居たならば、この光景に些細な違和感を掴み取れたかもしれない。

 紅茶を注ぐ為のティーポット。それに使う水が、ここに用意されていないのだ。

 火の準備も無ければ水も無い。それらを欠いたまま、そしてそれらが揃えば完璧という状態で、茶会の舞台は整えられている。


「ふたつ。ここでキミにやってもらう事がある」


 少年の背筋が自然と伸びる。

『徽』と呼ばれた女性は、そんな彼を見て僅かに鼻を鳴らし、期待を寄せるように話を進める。


「ひとつ。水の精製。魔力をそのまま水に変換する力技でも、気体中の水分を圧縮して水にする形でも、私はどっちでも構わない。構わ……? いや、ちょっと構うな。後者だったら教えて、保湿しよう。かわいちゃうから」

「はぁ……?」


 威圧感の無い彼女の言葉に、少し毒気を抜かれてしまう。

 これは少年にとって、数年に一度の希少な機会。この場を逃せば次は一年後。その機を掴めるかも怪しいという、人生を賭けた一日の筈なのだが。


「ふたつ。火の調整。実はこのティーポット、この試験用に作ってもらってる特注品でね──行儀が非常に悪いんだけど、ここに直接火を当てる事ができる。キミの手で作った水を、キミの手で温めるのさ」

「……はい」


 難しい話はしていない。

 学んだ魔法を自然体で使えば、それで事足りる程度の話だ。


「はい、ここからが本題。全部覚えてね?」

「えっ」

「水の生成量はポットの八割以上、九割以下。火を使う時間は四百秒まで。沸騰を十五秒から二十秒キープ、その後にそのお湯で紅茶を二杯分淹れてもらいます。おいしかったら、合格」


 ……唐突に情報量が増えて混乱寸前、という顔である。

 しかし辛うじて、全ての要件は飲み込めた。つまり『徽』は少年に「美味しい紅茶を淹れろ」と言っているのだ。

 いくつかの制約を設ける事で、それは試験の体裁を取る。簡単に見えて、その実とても練度が必要な事を要求されていると、少年は即座に理解した。


 少なくとも。

 水の精製から火の発動と維持。即座に意識を切り替える事のできる人間は、そう多くは無いだろう。

 さらに言うなら、これは単純な出力を求められているわけでもない。精製する水量の細かい指定に加え、紅茶二杯分の水分を残す事を前提としている為、ただ高い火力で湯を作れば良いという問題でもないのだ。

 免許制での魔法使いとは、つまりその程度の事は当然のように求められているのだろう。


 ……………………?


「待ってください『徽』様。おいしかったら合格?」

「おいしかったら合格。」

「おいしくなかったら?」

「不合格。」

「貴女の主観で決まりますよねそれ?」

「や、だいじょーぶだいじょーぶ! 言った通りにやればちゃんとおいしくなるから!」


 ……不安だ。

 ここに来て、彼女の匙加減といういい加減な基準ができている。これではご機嫌取りをした者が優位なのではないか、という疑問も湧いてくる。

 少なくとも、この場に至るまで、少年と『徽』に直接的な関わりは無い。街中で稀に見かけた際も、群衆が騒いでいるから視界に収めていた程度の事でしかない。

 そして先程までの自身の態度。なるほど、ご機嫌取りとは言い難い。

 失敗した、と嘆く心を押し殺し。目の前の試験に集中しよう、と頭を一息に切り替える。


「では、──言われた通りに、やります」

「ん、その意気だ。期待してるぜ? 少なくとも私は、キミは合格すると確信しているけどね」


 無責任だ。

 そう思うが、『徽』が自身について何かしらの責任を負う必要など無いのだ、と少年の思考は着地する。

 それから、逡巡はなく。ただ集中し、頭に留めた指示を忠実に実行する。

 呼吸を整え、そしていくつかの魔法を実行していく。






 その日、この国に、公認の魔法使いが一人増えた。

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