表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/14

10.

 午後の休み、である。

 自分一人の為だけに用意したティーセット。程よく保温されたポット。いくつかの菓子に軽食。読みかけの本。

 報告書その他は視界から全て消し、やらないといけない事の大半を放棄し、ただ自分の為だけに時間を使う。浪費とは言わせない。彼女の自分自身に対するご褒美である。


 その頻度が高すぎるだの、義務を果たさないで褒美と言うのはどうなのかだの、そういう小言は聞こえない事にしていた。


「〜〜♪」


 まずは、紅茶を一杯。

 軽く揺らして香りを楽しみ、ひとくち含んで口内で踊らせ、少し冷めた所で飲み下す。

 一息をついてから。片手で本を開き、反対の手は積まれたマカロンに伸ばされていた。

 行儀の悪さを咎める他人など居ないのだ。好き勝手にやらせてもらおう。


「今日の私は、ごっきげん、だぞ〜?」


 鼻歌交じり、である。

しるし』がご機嫌なのはいつもの事だ──彼女の機嫌が崩れるのは、それこそ『つるぎ』に各種手続きの期限を迫られている時くらいのものだろう。

 その場合、眼前の監視の目をたまに覗き見つつ、見逃してもらえないかという交渉を行い、失敗して、もっと彼の目が険しくなるという流れを繰り返している。

 懲りないのである。



(──?)



 ふと、その上で捉えた気配。

『徽』はそもそも、長年生きてきた分もあり、魔法使いとしては究極の域にいる。それはただ魔法を使うのみならず、魔法を見つけるという分野においても、だ。

 彼女は、私室の外。扉越しに、ひとりぶんの気配を察知していた。

 誰の魔力かまではわからない。というより、それは個人の価値や特徴を極限まで削ぎ落としたように思える。無感情で冷徹で、まるで「機能」に徹しようとしているような、そんな感覚すらあった。


(……まさか、私の暗殺に来たとか。そんな命知らずじゃないよね)


 ほんの僅かな、警戒。

 無用な警戒である事は自覚している。この国で『徽』を殺せそうな人間など、彼女にはひとりしか心当たりが無い。

 そのひとりが、こんな「ここにいる」という自己主張をするとは思えない。彼女自身、『剣』の事は極めて高く評価している。この程度の隠匿さえできない人ではないのだ。

 逆説。この気配は脅威ではなく、敵と認知するまでもない。

 ただ、それでも。その気配が誰なのかを掴み取るには至らず。

 いつでも迎撃できるように、ゆっくりと扉を開けて、来訪者を確認しようと試みた。



『剣』が居た。



 扉を閉める。


「…………? ん、んー……? 幻覚? 見間違い?」


 一通り、持っているイメージと噛み合わない。

 そもそも彼が今日、此処に来るとは聞いていない。予定があれば確実に伝えてくるだろう。そういう人だ。

 また、『徽』に知らせないで来るのであれば、それこそ奇襲か。であれば彼女の魔力探知から逃れるなり、遅らせるなりする手段はいくらでもある筈だ。

 どちらでもなく、彼は扉の向こうに佇んでいた。

 僅かに『徽』を見たようで、その上で閉まった扉を前に、何の行動も起こさない。


「んーむ。ふむ……これは……、怒られるかな」


 彼女の聡明な思考は、恐らくこうだろうという結論を導き出していた。

 すなわち。『剣』は怒っているのだ。『徽』の謝罪を待っているのだ。

 何か悪い事をしたかと言われたら、正直な所、心当たりが多すぎて絞りきれない。自覚していない問題も沢山起こしている気もしてきている。

 面倒な事になる前に、これははっきりと誠意を見せるべきなのだろう。

 何とはなしにいたたまれなくなり、ゆっくりと、扉を開ける。



『剣』が居た。



「この度は誠に申し訳ありませんでしたぁーーーっっ!!!」

「何で出会い頭に土下座されてるんだ俺は!?」


 違ったらしい。


「……違うの?」

「何がだよ。どう勘違いしたら挨拶代わりに土下座する事になるんだ」

「え、いや。怒りに来たんじゃないのかって」

「怒られるような事でもしたのか」

「たぶん。いっばい。あれとかこれとかそれとか」

「ひとつ残らず話せ、希望の通りにしてやる」


 墓穴掘った。

 だったらこんな正直にならなくても良かったのかもしれない。

 しかし。ならば、疑問は解けないままだ。


「……? じゃあ何で此処に来たのさ。要件が無いと、キミは私の顔なんて見ようとしないでしょ」


 過去、一貫して。

『剣』は『徽』に会うにあたり、必ず話を持ち込んできた。

 大概が耳の痛い話である。避けて通れない話である。『徽』の自業自得である。

 だから、何か問題でも起こしたのだろうと。そう判断していたのだが。

 問いに対して、『剣』は頭を掻きながら。


「……俺が何の要件も無く、ただアンタと話をしに来ただけだと言ったら。困るか?」


 自身の中でも消化しきれない衝動を、零した。

 硬直。『剣』らしくない言動である。それを聞いて、彼女の思考はまた高速で回り始める。

 聡明にして理知。人間では至れない圧倒的な経験値。

 そんな『徽』は、もうひとつの結論へと思い至る。

 あまりの回答に、発言の前から驚きを隠せない。口元に手を当て、それでも悲鳴めいた声は止まらなかった。



「『剣』がデレたぁーーーっっ!!?」

「やかましいわ!!」



 違ったらしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ