9.
「──『剣』だと!?」
三人の視線が、一か所に集まる。
彼にとっては日常だ。命の危機を自覚した人間の視線は、たった二種類に分類できる。
ひとつは、恐慌。
ひとつは、怨恨。
今現在は、それが入り混じっていたけれども。
「何で俺が此処に居るのか、説明は要らねぇな」
野良魔法使い。
特に危険な存在は、そう蔑称で呼ばれる。日常規模を超える魔法で他者を害し、秩序を乱した者の総称だ。
それが、ここに三人。子供を攫い、街外れの倉庫に立て篭もっていた。
身代金。よくある話だ。本当に、よくある話だ。
いつも彼らの行動は、強盗か脅迫ばかりである。
「遺言なら聞いてやる。弁明は聞かねぇぞ」
子供は寝かされていた。魔法によるものか、或いは薬品か。
目立った外傷は無い。ならばと一歩踏み込み、安全を確保しようとした瞬間。
「動くな! コイツを助けに来たんだろう!!」
その子供に、短剣が突きつけられる。
暴漢のひとりが、子供を盾に交渉を始めようとしていた。
一歩。
「……っ! 動くなって言って」
子供は、『剣』の腕に抱えられていた。
「──え、」
呆然とする、二人。
構えられていた短剣が、少しの時間をおいて、地に落ちる。
暴漢の首はついていた、ように見えた。ただ、それがすぐに間違いであったと気付かされる。
ずるり、と。
頭が、ずれた。
「ゎ、ぁああああ──!!」
恐怖。一人はそれに耐え切れなかった。
『剣』に向かって投げられる鉄の棒は、しかし当然のように壁を打つ。
それを投じた主はというと、強張った顔のまま事切れていた。
一瞬。一瞬だった。何もかもが瞬きの間に終わっていた。
「なんでだ……なんで、ここを見つけられたんだよ……」
疑問。最後の一人だ。腰を抜かしたのか、座り込んだまま声が漏れている。
それに答える義理はなかった。ただ少しだけ『剣』は虚をつかれた。弁明や遺言は聞いてきても、質問に対応する事は、過去にはあまりなかったから。
「足跡も、魔力も、何も残さなかった筈だろ──!?」
虚をつかれた、だけだった。
少なくとも意識は思考に入っても、身体は一切止まる事は無く。
回答は、無慈悲に命を奪ってから。
「……少しばかり、目が良くてな」
それを聞こうとする人は、ここには既にいないのだけれど。
子供を部下に預けて、確かに送り届けたと報を聞いて。
溜息。
近頃、彼はよく自責と自問に耽っていた。
何かもっと、良い結果を求められたのではないか。良い形に落ち着かせる事ができたのではないか。
そもそも、こんな事件を起こさずに済んだのではないか。彼らを見限るのは、まだ早すぎたのではないか。
答えは出ない。答えは無い。実の所、この自問は昔から繰り返していたものでもある。
『剣』と呼ばれるようになってからは、毎日がこの繰り返しだった。
考える事を意図的に辞めてからは、その頻度はめっきり減った筈だったのだが。
「何故、か」
また、思案が増え始めた。
感情に蓋をして、理由で己を鎧い、結果の為に剣を振るう。『剣』とはそういう物だ。ただの機能であれば良い。
だから考える事は不要だった。無駄とは言わないが、その思考で結果が変わるわけでは、決して無いのだ。
(何か足りない。何か──俺の中で、納得が落ちていない)
刃が曇った、と。そう考える。
研ぎ澄ます時間が、或いは手段が必要だ。このままでは自分は『剣』にはなれない。自身と同じ程に冷徹になれる人間が居ない以上、この立場を手放すわけにはいかない。
責任感。或いは義務感。──変わらない日々の中で、擦り切れていく心の隙間。
彼を動かしていたのは、今日に至るまでそれだけであり。
だからこそ。
その日に、明確な要件も無いのに『徽』の屋敷を訪ねたのは、彼自身にも説明の付かない行動だった。




