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伝説の守護獣の威嚇が「だっこ」にしか見えない〜汚れと凝りが視える【黄金の指】を持つ僕、伝説の獣をゴシゴシ揉み解して世界を平和にしてしまう〜  作者: 九条 綾乃


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第9話 宝石の貴公子、剛毛を連れて

 その日は、王宮中が琥珀色の綿毛に包まれていた。伝説の獣パルゥの換毛期。ジヴが朝から晩までブラッシングに明け暮れ、廊下には極上のシルクのような「黄金の雪」が降り積もっている。平和そのものの情景を切り裂いたのは、上空から降り注ぐ巨大な影だった。


「……何だ、あれは!?」


 サフィニが叫び、天を仰ぐ。王宮の結界をあざ笑うかのように、雲を突き抜けて降下してきたのは、四頭の巨大な怪鳥が吊り下げる「空飛ぶ黄金の檻」だった。バサバサと巨大な翼が風を巻き起こし、広場に積もったパルゥの抜け毛が猛烈に舞い上がる。


 ドォォォォォン……!


 轟音と共に着地したのは、王宮の中庭。本来、王国の防空網を突破するなど不可能なはずだが、その檻にはバルガルド帝国の紋章と、魔力を無効化する大量の宝石が埋め込まれていた。


 檻の天面に立つのは、全身を眩い宝石の装飾で固めた青年――バルガルド帝国が誇る魔獣使いの貴公子、リフェルである。


「やあ、王国の諸君。陸路が封鎖されているというから、空を飛んで会いに来たよ」


 リフェルは不敵な笑みを浮かべ、門の内側でパルゥの毛を丸めていたメゼールを見下ろした。


「……リフェルか。陛下も、貴様のような軟弱者を寄越すとは人選を誤ったな」


「黙れ、裏切り者のメゼール。貴様がこの泥だらけの小国で、下働きと一緒に獣を愛でる隠居生活を楽しんでいるという報告を聞き、耳を疑ったよ。……陛下は仰せだ。メゼールを連れ戻し、この無能な国を今度こそ地図から消せ、とな」


 リフェルが指を鳴らすと、空飛ぶ檻の扉が、凄まじい重低音を立てて開かれた。地響きと共に現れたのは、パルゥの数倍の巨躯を誇る、一頭の巨大な獅子。だが、その姿は異様だった。本来は威厳あるタテガミであるはずの部分が、鋼鉄のように鋭く、そして禍々しく黒光りして凝り固まっている。獅子が足を踏み出すたびに、その毛先が金属同士を擦り合わせるような「ギチギチ」という不快な音を立てた。


「ゆけ、剛毛獅子アイアン・メイン!このふやけきった連中に、真の軍事魔獣の恐ろしさを教えてやれ!」


 リフェルの号令と共に、獅子が咆哮した。その声は、パルゥの放つバニラのような「癒やしの風」とは真逆の、肌を刺すような暴力的な圧力に満ちていた。獅子が地面を掻くと、石畳が紙のように引き裂かれる。


「危ない、下がって!」


 サフィニが剣を抜こうとしたが、それよりも早く、ジヴが一歩前に出た。ジヴはパルゥを小脇に抱え、怒りに満ちた目で巨大な獅子を見据えていた。


(……なんて酷い。これは『剛毛』なんかじゃない。極度のストレスと血行不良、そして過酷な空輸による気圧の変化で、毛の組織が完全に石灰化してしまっているんだ。こんな状態で戦わせるなんて許されない!)


 ジヴの怒りは、侵略者に対してではなく、その「手入れの行き届いていない、不衛生極まりない毛並み」に向けられていた。ジヴは、突進してくる獅子の真正面に立ち塞がった。


「どけ、小僧!その獅子の毛は鋼鉄をも貫く死の針だぞ!」


 リフェルの嘲笑が響く。だが、ジヴは逃げない。獅子の巨大な前足が振り下ろされる直前、ジヴは懐から、換毛期のパルゥから収穫したばかりの「高濃度バニラ・オイル」を指先に馴染ませた。


 たん、たん、たん。


 獅子の剛毛がジヴの頬をかすめ、わずかに血が滲む。だが、ジヴは最小限の動きでそれをかわしながら、獅子の首元にある「石灰化の起点」へ、ギフト【黄金の指】を叩き込んだ。


「――グ、ルゥッ!?」


 獅子の動きが、ピタリと止まった。ジヴの指先から、超高周波の振動波が獅子の全身へと伝わっていく。それは、硬く閉ざされていた毛穴を一つずつ強制的に開放し、数年分溜まった老廃物を一気に押し流す、禁断の「揉み解し」技術。


「いいかい。毛が硬いのは、君が強いからじゃない。心が凍りついているからだ」


 ジヴのリズミカルな指圧が続く。たん、たん、たん。


 すると、どうだろうか。獅子の全身を覆っていた、あの忌々しい鋼鉄の針が、ジヴの指が通るそばから「ふわっ」と解け始めた。黒ずんでいた毛並みは本来の美しい白銀色を取り戻し、刺すようだった質感は、瞬く間にカシミアのような滑らかさへと変貌していく。


「な……馬鹿な!私のアイアン・メインが……とろけているだと!?」


 リフェルが絶叫する。剛毛獅子は、もはや戦うことなど忘れていた。彼はその巨躯をジヴに預け、猫のように喉を鳴らしながら、ゴロンと腹を見せて横たわったのだ。


「ぷきゅ〜!」


 パルゥがその腹の上に乗ると、獅子は幸せそうに目を細め、バニラの香りに包まれて深い眠りに落ちてしまった。


「……さて。リフェルさん、王宮の空域に不法侵入した罰金、宝石で払ってもらいましょうか?」


 ジヴが振り返ると、リフェルは顔を真っ赤にして地団駄を踏んだ。


「……覚えておけ。バルガルドの皇帝陛下自らが、その『黄金の指』とやらを召し上げに来られるぞ……!」


 貴公子は再び怪鳥に檻を引かせ、這う這うの体で空へと逃げ去っていった。

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