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伝説の守護獣の威嚇が「だっこ」にしか見えない〜汚れと凝りが視える【黄金の指】を持つ僕、伝説の獣をゴシゴシ揉み解して世界を平和にしてしまう〜  作者: 九条 綾乃


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第2話 威嚇が「だっこ」に見える呪い

 静止した時間の中で、火花が散るような緊張感が広場を支配していた。バルガルド帝国最強の将、メゼールの振り下ろした大剣は、ジヴの鼻先でぴたりと止まっている。


 ジヴは、死の切っ先を突きつけられながらも、瞬き一つしなかった。彼の全神経は、腕の中で「だっこ」の姿勢をとるパルゥ――天嵐獣のコンディションに向けられていたからだ。ジヴの【黄金の指】には、まだパルゥの深層に残る微かな「凝り」の残滓が見えていた。


「…………な、ぜだ」


 鉄兜の奥から漏れたのは、地を這うような掠れ声だった。メゼールの肩が、激しく、不自然なほどに震え続けている。


「なぜ……これほどまでに……『清らか』なのだ……」


 サフィニが、そして周囲の兵士たちが息を呑む。メゼールという男は、バルガルド帝国において「鉄血」の象徴だった。彼は冷酷無比な魔獣使いであり、数多の凶暴な魔獣を恐怖で支配し、戦場を蹂躙してきた。だが、彼には誰にも言えない、血を吐くような孤独と呪いがあった。


 彼は、誰よりも獣を愛していた。しかし、彼が生まれ持ったあまりにも強大で禍々しい魔力は、近づくあらゆる動物をパニックに陥らせ、絶叫させてしまうのだ。彼が手を伸ばせば小鳥はショック死し、彼が跨がれば軍馬は狂い暴れる。彼にとって、獣と心を通わせることは、生涯叶わぬ呪わしい夢だった。


 そんな彼の前に、いま。汚れ一つなく、リンパの流れを完璧に整えられ、生命の輝きを放つ「極上の毛並み」の塊が現れた。しかもその神獣は、メゼールの禍々しい殺気を意に介さず、無防備に、全力で、自分に向かって両手を広げている。

 ......実際はジヴのマッサージで、理性がとろけていただけなのだが。


「俺を……拒まないのか。この、呪われた手に……自ら飛び込もうというのか……?」


 メゼールの手が震え、大剣が石畳にカランと音を立てて落ちた。


「あ……ああ、ああああああ……!」


 次の瞬間、広場に響き渡ったのは、帝国の死神による絶叫だった。メゼールは、その場に崩れ落ちるように膝をつくと、兜を脱ぎ捨てた。現れたのは、傷だらけで強面の、だが今は子供のように涙を流す男の素顔だった。


「……浄化、される……。俺の、数十年分の渇きが……いま……!」


 メゼールは周囲の視線も、軍の規律も、すべてをかなぐり捨てた。彼はジヴの手からパルゥを奪い取るようにしてーーだが、触れる手つきは高級なガラス細工を扱うように慎重にーー、その琥珀色の腹毛に顔を埋めた。


「戦争、やめだ……!こんな……こんな神聖な触り心地を前にして、剣など振るえるか!俺は……俺は一生、これを吸って暮らす!」


 その光景に、帝国軍は未曾有のパニックに陥った。総大将が敵地のど真ん中で、ちんまりした獣の腹に顔を埋めて号泣しているのだ。


「ぷ、きゅ〜ぅ……?」


 当のパルゥは、急に顔を埋めてきたヒゲ面の男の感触に驚き、身をよじった。その拍子に、パルゥの身体から第二の衝撃波――「至高の安らぎ」を伴う魔力が拡散される。それはバルガルド帝国軍の兵士たちの脳内を一瞬で「日向ぼっこモード」に書き換えた。戦う気力は霧散し、兵士たちは次々と武器を落として座り込む。こうして、王国の滅亡という最大の危機は、攻撃や守備を超えた、圧倒的な「癒やし」の前に霧散したのである。


「よしよし、パルゥ。びっくりしたね。でも、これでリンパの流れはさらに良くなったみたいだ」


 ジヴは、将軍の頭をペシペシと叩きながら、パルゥのコンディションをチェックする。彼にとっては、帝国の将軍が泣いていようが、戦争が止まろうが、この「綿雲の弾力」が維持されていることの方が重要だった。


「……貴様。いつまでその汚らわしい男に、天嵐獣を触らせている」


 だが、平和な空気は長くは続かなかった。サフィニが、怒りと羨望で真っ赤になった顔でジヴに詰め寄る。


「その獣は、我が国の至宝だ!そんな髭だらけの侵略者に顔を埋めさせるなど、国辱ものだぞ!今すぐこちらへ渡せ!」


「サフィニさん、無茶言わないでください。今、無理に引き剥がすと、将軍がショック症状を起こしますし、何よりパルゥの毛並みが乱れます」


「知るか!……だいたい、さっきから漂っているこのバニラの匂いは何だ!なぜ……なぜ、私の理性をこれほどまでにかき乱すのだ!」


 サフィニは剣を鞘に収めたものの、その指先はパルゥの毛並みに触れたくて小刻みに震えている。彼女もまた、厳格な騎士としての仮面の裏で、その「琥珀色の誘惑」に抗えなくなっていた。


「……わかった。ならば、私がその獣を軍の管理下に置く。貴様のような身元の怪しい下働きに任せておくわけにはいかない。これは、王命による接収だ!」


 ジヴは、自分にしがみつく将軍と、剣を突きつけてくる騎士団長に挟まれ、深いため息をついた。


「困りましたね。パルゥは今、僕の指じゃないと満足できない状態なんですよ」


「なっ……!な、何を根拠に……!」


「いいでしょう。なら、証明してあげます。サフィニさん、あなたもこの『真実』に触れてみてください」


 ジヴは、パルゥの琥珀色の前足――その裏にある、まだ誰にも明かされていない「聖域」へと手を伸ばした。

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