第六食「憧れのお菓子」
憧れ。
それは人の心を常に掴んで離さない、甘く切ない感情だ。
あの人の様に勉強ができたら。あの人の様に可愛かったら。
人が人に対して抱く希望、そして自分自身の劣等感。それが憧れをより強固なものにする。
ただ、それは"人"に限った事ではない。
私は、憧れのベクトルが一般人とは少し違う。
食への探究心。
幼少期から、私は人一倍、食への拘りがあった。
しかし、子供だ。いくら私が「あれを食べてみたい」と訴えたところで、所詮はケツの青いガキの戯言。
大人(母)という絶対的な権力者が、
「ダメと言ったら……ダメDEATH」
その一言と物理的な圧力で、私の希望は全てねじ伏せられてきた。
食べたい……食べてみたい。
しかし、その願いが叶うことは無かった。
そして今、私は高校生になった。
まだ大人とは言えないが、大人の階段の一段目くらいには足をかけているはずだ。膳所高生としての分別もある。
そして何より、ここは異世界。
憧れを現実にすべき時が来たのだ!
前置きが長くなった。
しかし、私は今、人生で一番興奮している。
あの時食べたかった……しかし届かなかった、あのお菓子。
『百味ビーンズ』。
某魔法使いの小説に登場し、日本でも一世を風靡したあのお菓子だ。
イベント限定品で、田舎育ちの私には手に入らなかった幻の品。
クラスメイトの優里亜ちゃんは持っていた。彼女はクラスの女子の大半に配ったが、私の順番の時に、箱の中身が尽きたのだ。
あの時の優里亜ちゃんの「あ、ごめーん、なくなっちゃった(テヘペロ)」という顔。
あの悔しさは、今でも忘れない。
そして今。
異世界にも、あるのだ。『百味』が!
私は手に持ったチラシを見て、一人で興奮していた。
チラシには『百味ビーソン』と書かれている。
もちろん異世界の言葉だが、日本に変換する魔道具(翻訳メガネ)を通せばそう読める。
ビーソン? ビーンズの訛りだろう。些細な問題だ。
値段は銀貨10枚。ランチ一食分としては破格の高さだが、今の私には先日の「白ウサギ討伐クエスト」の報酬がある。
金ならある。
なら決断すべきだ。憧れを形にすべきだ。
私はチラシを握りしめ、店まで駆け出した。
†==================†
その店は、街外れの日の当たらない『闇市場』の中にひっそりとあった。
文字通り、怪しい人が怪しい物を売り買いしている無法地帯だが、今の私には関係ない。頭の中は百味ビーンズで一杯だ。
待ってろ優里亜。貴様の悔しがる姿が目に浮かぶようだ。
店に入る。
ギィィ……と蝶番が悲鳴を上げる。
時間は昼だというのに、店は洞窟のように薄暗い。
客層も最悪だ。
隣の席では、傷だらけの男が血を流しながら、怪しい紫色に発光する何かを泣きながら食べている。
……思い出の味なのだろうか。関わらないでおこう。
席に座ると、奥から老婆の猫耳ウェイトレスがやってきた。
杖を突き、腰を直角に曲げ、よろよろと歩いてくる。
彼女は震える手でメニュー表を差し出してきた。
私はそれを無言で押し返し、持参したチラシをバンとテーブルに叩きつけた。
「これをお願いします」
猫耳老婆は、頭の上に乗せていた老眼鏡をずり下げ、マジマジとチラシを見た。
そして、しわがれた声(多分)で何かを言いながら、メニューの別の写真を指差した。
そこには『コカトリスの金の玉(希少部位)』の写真があった。
(違う、猫耳ババア……それは来月の限定メニューだろう。精力つけてどうする)
私は首を激しく横に振り、しきりに『百味ビーソン』の文字を指差した。
これだ。この豆が食べたいんだ。
私の熱意が通じたのか、老婆は「あぁ、これかい」といった様子で頷き、チラシを持ってヨタヨタと厨房へ消えていった。
すぐに、慌ててコックが現れた。
私を見て、そしてチラシを見て、何かを捲し立ててくる。
恐らく「本当にこれでいいのか?」「お嬢ちゃん、正気か?」と聞いているのだろう。
女子高生に二言は無い。
私は無言で頷き、親指を立てた。
コックは半ば諦めたような、あるいは憐れむような顔をして、厨房へと戻っていった。
そして、数分後。
料理が運ばれてきた。
「お待たせしました(意訳)」
ドンッ。
重厚な皿の上に盛られた、それ。
百味……確かに、百の味なのだろう。
数も、恐らく百個ある。
だが、それはビーンズ(豆)では無かった。
百個の……『目玉』が、そこにあった。
「ヒィッ!?」
思わず恐怖の声が漏れた。
皿の上で、大小様々な、色の違う「眼球」が山盛りになっている。
ビーソン……いや、これ『百目』か!?
翻訳ミスか、それとも私の願望が生んだ幻覚だったのか。
ふと見ると、猫耳老婆がカウンターの向こうで、私を見ていた。
腰は真っ直ぐ伸び、足を組んで、ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべている。杖は壁に立て掛けてある。
(……足、悪かったんとちゃうんかい!)
しかし、注文してしまった以上、食べるしかない。
私は震える手でスプーンを握った。
恐る恐る、一番手前の青い目玉をすくい上げる。
プルンッ。
目玉の瞳孔が、ギョロリと私を見た気がした。
気持ち悪いにも程がある。
しかし負けてはだめだ。私は孤高のグルメハンター。
憧れを、乗り越えるんだ。
一口……いや、一眼球。
パクッ。
ブチュッ……。
「…………!!」
まずい。
決定的かつ、破壊的にまずい。
噛んだ瞬間、生温かい汁が口いっぱいに弾け飛んだ。
味は、腐った魚の内臓と、古タイヤのゴムをミキサーにかけ、そこに下水の泥を混ぜ込んだような味だ。
鼻に抜ける生臭さが、脳の防衛本能をガンガン殴ってくる。
オェッ……。
こんなまずい料理、食べられない。
吐き気をこらえながら、二口目……いや、無理だ。
身体が全力で拒否している。胃袋が「それ以上入れたらストライキするぞ」と警告している。
どうする? 残すか……。
私がスプーンを置こうとした瞬間、殺気を感じた。
猫耳老婆が、ツカツカと(非常に軽快な足取りで)歩いてくる。
(杖はどうした? 杖は!)
老婆は無言で、壁の張り紙を指差した。
そこには異世界の文字が書かれていた。翻訳メガネで見る。
『お残しは罰金・金貨10枚』
――10……だと!?
銀貨10枚の料理を残したら、金貨10枚の罰金?
ぼったくりにも程がある!
これでは、私のへそくりが全て消える。白ウサギの報酬がパーだ。
食べるしかない。
追い詰められた私は、再びスプーンで目玉を拾い上げた。
赤い充血した目玉が、私に視線を向ける。
(こっちを見るな!)
恐怖におののきながら、目玉と見つめ合う。
すると。
クルッ……。
目玉の瞳孔の形が、風車のように変わった。
「!?」
まさか……。
この文様は……あの一族の?
異世界にも"うちは"がいたなんて……。
いや、考えるな。幻覚だ。極限状態が見せた幻だ!
私は目を閉じ、その「万華鏡」な目玉を口に放り込んだ。
覚悟を決めて噛み潰す。
……ん?
こいつの味は……悪くない?
先程の腐った泥味とは違い、濃厚なチーズのような、あるいは熟成された珍味のような味がする。
なるほど、百味というだけあって、個体差があるのか。
なら、見た目というハードルさえクリアすれば、食べられる!
私は精神を統一した。
"心眼"を開く
物理的な視覚に頼るな。心の目で見れば、これはただのタンパク質だ。
私は目を閉じ、スプーンを口に運び続けた。
すると、どうだろう。
目を閉じているのに、見える……。
どうやら、大量の目を摂取したことで、私の身体が活性化し、額に『第三の目』が開眼したらしい。
しかも、その第三の目を通した視界では、皿の上の目玉たちが変化していた。
キラキラと輝く、ルビー色の粒。
……いくらだ。
大量の、こぼれいくら丼だ!
いくらなら話が変わってくる。
私はすかさず、鞄から愛用のアイテムを取り出した。
『わさび』と『醤油』だ(前回の買い物で入手済み)。
こいつを皿の上からぶっかける。
ジュワァ……。
醤油の香ばしい匂いが、生臭さを消し去る。
私はスプーンを加速させた。
これは目玉ではない。北海道直送のいくらだ。
プチプチとした食感(実際はブチュブチュだが気にするな)、醤油の塩気、わさびの辛味。
美味い。美味いぞ!
ガツガツガツッ!
私は残りの九十数個の目玉を一気に胃袋へ流し込んだ。
カチャンッ!
全て食し、スプーンを皿へ叩きつける。
「ごちそうさまでした!!」
私が顔を上げると、猫耳老婆は驚愕のあまり目を見開き、そして嬉しさのあまりカウンターの上でブレイクダンスを踊っていた。
ヘッドスピンからのウィンドミル。
キレッキレだ。
(初期設定をしっかり守れ。腰の曲がった設定はどこへ行った!)
私は店を出た。
額の第三の目が、ピリピリと脈打っている。
見える。背後の気配も、路地の奥のネズミも、全てが見える。
ふふふ……。
この『第三の目』さえあれば、この異世界も我が物になる。
死角なし。完全無欠だ。
明日からの冒険が楽しみだ。
首を洗って待っていろ、勇者、今の私なら勝てる!
†==================†
その夜。
私は宿のベッドで、世界の覇者となる夢を見ていた。
キュルルルル……ゴロゴロゴロ……ッ!!
突如、雷鳴のような轟音が腹部を襲っう
「う、うわぁぁぁぁぁ!!」
私はトイレに駆け込んだ。
決壊。
百味の逆襲。目玉たちの怨念。
私の野望も、第三の目も、全ては水流と共に下水へと円を描いて旅立っていった。
トイレを出た私は、げっそりと痩せ細っていた。
額には、ただの吹き出物が一つ、残っているだけだった。
【本日の評価】
★☆☆☆☆(星1つ)
代償がデカすぎる。
トイレとお友達になりたい人にのみ推奨。
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