後編『魔界の重箱・おせちパニック』
1月1日。元旦。
あけましておめでとうございます。
本来なら、家族と「おめでとう」を言い合い、お年玉の額に一喜一憂し、こたつで雑煮をすする平和な朝のはずだ。
しかし、私の現状はどうだ。
目の前にあるのは、朽ち果てた看板と、板で打ち付けられた窓。
どう見ても「廃屋」である。
私は地図を確認する。間違いなくここだ。
カマセーヌの情報通り、街外れの森の奥深く。
だが、そこにあったのは幻の名店ではなく、物理的に終わっている店だった。
「……嘘やん」
膝から崩れ落ちそうになる。
昨日の強炭酸地獄はなんだったのか。あの無限ゲップの夜は無駄だったのか。
おせち……私の栗きんとん……数の子……。
私が冬空の下で途方に暮れていると、店の裏手からガサガサと音がした。
熊か? それともモンスターか?
身構える私の前に現れたのは、ずんぐりむっくりとした体躯の老人だった。
伸び放題の白髪と髭。樽のような胴体。手には巨大な中華包丁のようなものを持っている。
ファンタジー知識が正しければ、これは「ドワーフ」だ。
ドワーフのおっちゃんは、私を見るなり野太い声で何かを言ってきた。
(なんだ小娘。ここは遊び場じゃねえぞ。帰んな)
多分、そんな感じだ。相変わらず異世界語は分からない。
私は諦めきれず、懐からあのスケッチブックを取り出した。
渾身の「おせち」の絵を見せる。
これを作ってくれ。私はこれを食べるために地獄を見てきたんだ。
ドワーフは絵を一瞥すると、大きく溜息をつき、首を横に振った。
ジェスチャーで「無い」「無理だ」「材料切れ」と伝えてくる。
廃業の理由は、どうやら食材不足らしい。
だが、ここで引くわけにはいかない。私の胃袋はもう、お正月モードなのだ。
私は食い下がる。拝み倒す。
根負けしたのか、ドワーフは深いため息をつくと、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
そこには、見たこともない文字が羅列されている。
食材リストだ。
ドワーフは「付いてこい」と手招きをし、森のさらに奥へと歩き出した。
◆◆◆◆◆◆
到着したのは、岩肌にぽっかりと口を開けた洞窟だった。
入り口には禍々しいドクロの看板(的なもの)がある。
……ダンジョンだ。これ、完全にダンジョンだ。
冷蔵庫代わりにするには、ハードルが高すぎないか?
ドワーフは入り口に立てかけてあった「ピッケル」を私に放り投げた。
ずしりと重い。
え、何? これで採掘しろと?
いや、彼の目を見るに、採掘ではない。「自分の身は自分で守れ」という意味だ。
待ってくれ。私はしがない女子高生だ。戦いは専門外だ。
戸惑う私を置いて、ドワーフはスタスタと暗闇の中へ入っていく。
私は慌てて追いかける。
暗い。寒い。怖い。
足元をカサカサと這い回る謎の多脚虫。天井から垂れるネバネバした液体。
帰りたい。おせちとかどうでもよくなってきた。コンビニのおにぎりでいい。
そう思った矢先、行き止まりにぶつかった。
目の前に立ちはだかる、巨大なクリスタルの壁。
ダンジョン自体は古びているのに、この壁だけが妙に新しく、神々しい光を放っている。
ドワーフが壁をポンポンと叩き、肩をすくめた。
どうやら、この壁が突然現れて道を塞ぎ、奥にある食材が取れなくなったらしい。
押しても引いてもびくともしない。
私はピッケルを振りかぶり、カーン!と叩きつけた。
……傷一つ付かない。逆に手が痺れた。物理無効かよ。
ドワーフは「違う違う」と手を振り、懐からある物を取り出した。
それは、クリスタルで出来た棒状の道具。
先端が丸くなっている。
……マイクだ。どう見てもマイクだ。
彼はそれを私に渡し、壁を指差し、口を大きく開けるジェスチャーをした。
「歌え」と?
歌声で開く扉なのか?
サーッ……と私の顔から血の気が引いた。
勉強もスポーツもそこそこ出来る私だが、神様が唯一与え忘れたものがある。
音楽の才能だ。
あれは小学五年の合唱コンクール。
私はクラスのために全力で歌った。しかし、リハーサル後、担任の先生に呼び出され、真顔で言われたのだ。
「松本さん。本番は口パクでお願いします」
ーー音痴。
それも、ただ音が外れるのではない。「破壊的な不協和音を生み出す」という特殊能力レベルの音痴らしい。
それ以来、私は人前での歌唱を封印してきた。カラオケではタンバリン担当に徹してきたのだ。
なのに、今。
ドワーフが期待の眼差し(キラキラ)を向けてくる。
彼もまた、自分では開けられない=音痴(仲間)なのだろう。
しかし……私が音痴だったのは小学生の話。過去形だ。
今は十七歳。大人の階段を登り、声帯も成長し、声に深みも増しているはずだ。
いける。今の私なら!
覚悟を決めた。女子高生にはやらなければならない事が3年間で3回ある
1つは期末テストの時
次に卒業後の進路を決める時
そして最後‥それが"今だ"
マイクを握りしめる。
スゥゥゥ……ッ。
私はダンジョンの冷たい空気を肺一杯に吸い込み、魂の叫びを解き放った。
「あぁぁまぎぃぃぃぃぃぃぃぃ!! ごぉぉえぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
ビリビリビリビリッ!!
空間が歪んだ。
私の声は、歌ではない。衝撃波だった。
鼓膜を劈く超高周波と、腹に響く重低音が同時に発生し、カオスな波動となって壁に直撃する。
パリーン!!
壁が「開く」のではない。
粉々に砕け散った。
……何故?
魔法の共鳴? いや、単なる音圧による物理破壊だ。
私の歌声は、クリスタルの固有振動数を凌駕し、原子レベルで分解したのだ。
ドワーフが「ブラボー!」と言わんばかりに拍手している。
複雑だ。非常に複雑だ。
壁の向こうには、美しい地底湖が広がっていた。
色とりどりの、見たこともない生物が泳いでいる。
ドワーフは「待ってろ」と親指を立て、食材を取りに走っていった。
私はその場にへたり込む。
喉が熱い。そして心に古傷が疼く。やはり、私は歌ってはいけない人間だったのだ。
◆◆◆◆◆◆
待つこと小一時間。
大量の「ナニカ」を抱えたドワーフと共に、廃屋(店)に戻った私たちは、即席の厨房で調理を開始した。
そして、ついに完成した。
目の前に置かれたのは、立派な朱塗りの三段重。
器だけは完璧だ。
私は震える手で、蓋を開けた。
パカッ。
「……ひぃっ」
思わず悲鳴が出た。
そこには、私の知るおせちとは似て非なる、地獄のフルコースが詰まっていた。
まず、一の重。
『黒豆』らしきもの。
黒くて丸い。だが、艶やかすぎる。
よく見ると、中心に瞳孔がある。
……目玉だ。大量の黒い目玉が、煮汁の中でこっちを見ている。
たまに瞬きをしている気がするが、気のせいだと思いたい。
『海老』らしきもの。
赤い。曲がっている。
だが、甲殻類ではない。
それは、分厚くて肉感的な「赤い唇」だった。
無数の唇が、重箱の中にひしめき合っている。
「チュッ」という音が聞こえてきそうだ。
『昆布巻き』らしきもの。
深緑色の触手が、何かを締め上げるようにぐるぐると巻かれている。
中身が蠢いている。まだ生きている。
……おせちとは本来、節句や季節の節目に、神様へお供えする料理のことを指す。
神聖な食材を使うはずだ。
だが、これはどう見ても「邪神」への供物だ。生贄だ。
ドワーフが「食え」と急かしてくる。
彼の目には一点の曇りもない。これが最高のおもてなしなのだ。
断れない。
私は日本人だ。出された料理を残すことは、武士道に反する。
「……いただきます」
私は覚悟を決め、箸を伸ばした。
まずは『黒豆(目玉)』から。
箸で摘むと、プニプニとした弾力がある。
口に入れる。
プチンッ!
噛んだ瞬間、口の中で何かが弾けた。
うわぁぁぁ! 汁が出た!
……ん?
甘い。
濃厚な黒蜜のような甘みと、ほんのりとした塩気。
食感はタピオカとイクラを足して二で割った感じだ。
見た目は最悪だが、味は……悔しいけれど、美味い。
次は『海老(唇)』だ。
このルックス。キスをするように食べるしかないのか。
意を決して、唇をハムッと噛む。
……ムニュムニュする。
なんだこの背徳的な食感は。
だが、味は極上のホルモンだ。噛めば噛むほど、濃厚な出汁が染み出してくる。
煮付けのような、スモークのような、複雑な旨味。
美味い。美味いぞ、ドワーフ!
私は無心で箸を進めた。
触手昆布巻きはコリコリとして磯の香りがし、脳みそのような栗きんとんはクリーミーなチーズのようだった。
完食。
私は重箱を空にした。
「ごちそうさまでした!」
満足感と共に、体の奥底からマグマのような力が湧き上がってくるのを感じた。
なんだ? 体が熱い。
喉が……喉が焼けるように熱い。
そうか、あの食材たち、精がつきすぎるのだ。
異世界の魔物たち(神聖な食材?)のエネルギーが、私の声帯に集まってくる。
ドワーフがニカッと笑い、親指を立てた。
私も笑顔で返そうとした。
その時だ。
「ありがとう……」
声を出したつもりだった。
しかし、口から出たのは言葉ではなかった。
ズドォォォォン!!
ーー衝撃波だ。
私の口から放たれた音圧が、廃屋の屋根を吹き飛ばした。
空が見える。綺麗な冬の青空だった
何故‥
私は崩壊した屋根の下で、心の中で呟いた。
お母さん
今年は少し、静かに過ごそうと思います。
皆様、あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
読んでくださってありがとうございます。
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この話はスピンオフ作品です。
本編も合わせて読んでいただけると幸いです
母は、異世界で天下をとる
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