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第四食『白うさぎのミートパイ』 前編


 非常事態である。

 私の全財産が、底をついた。

 異世界に来てからの暴飲暴食が祟ったのだ。

 これでは、せっかくの異世界グルメ旅が続けられない。

 「腹が減っては、異世界ここで生き残れぬ」

 私は恥を忍んで、母に相談した。


「いい場所がある」


 そう言って渡された一枚の古びた地図。

 私はそれを頼りに、裏路地の奥にある一軒の店(?)の扉を押し開けた。


 ギギィ……と重い音が響く。

 瞬間、熱気と汗とアルコールの匂いが鼻を突いた。

 「いらっしゃいませ」という爽やかな声はない。

 代わりに、店内にいた客――強面でムキムキの男どもが一斉に私を見て、ニヤニヤと笑い出した。


(……明らかに場違いだ)

 彼らの視線が突き刺さる。

 (おやおや、可愛らしいお嬢さんだ。お遊戯でもしに来たのかな?)

 言葉は分からないが、その顔が雄弁に語っていた。


 私は彼らを無視し、カウンターへと進む。

 そこにいたのは、気だるげに頬杖をついた猫耳の受付嬢だった。

 彼女は私の制服姿を頭のてっぺんから足の先まで舐めるように見回すと、ダルそうに片手でシッシッと払う仕草をした。

(ま、みっともない娘が来たもんだね。お家にお帰り)

 顔でそう訴えている。


 だが、私は引かない。

 今日のランチ代がかかっているのだ。

 私は母から事前に教わっていた「求職のための魔法の言葉」を放った。

 相手が何を言ってきても、諦めずにこれを言い続けろと言われた言葉だ。


「ケント・デリカット」

(訳:働かせてください)


 私が真顔で告げると、猫耳の耳がピクリと動いた。

 彼女はさらにダルそうに溜息をつき、異世界語で何かを言ってくる。

(馬鹿なお喋はやめとくれ。そんなヒョロヒョロに何ができるのさ)

 ※多分、そんな感じだ。


 私は負けない。腹に力を入れ、第二の言葉を紡ぐ。


「ケイン・コスギ」

(訳:ここで働きたいんです)


 猫耳は耳をピンと立て、鼻で笑いながら早口で捲し立ててきた。

 しかし、異世界の言葉だ。何を言っているのかさっぱり分からない。

 私は無心になり、繰り返す。


「ケント・デリカット(働かせてください)」


 バンッ!!

 猫耳がカウンターを叩きつけた。凄い剣幕だ。目が据わっている。


 私は怯まず、トドメの一撃を放つ。


「ケイン・コスギ(ここで働きたいんです!)」


「リィァーーーリァーーーキェーーー!!!」

(訳:だーまーれー!! ※多分)


 鼓膜が破れるかと思った。めっちゃ怒ってる。

 お母さん、これ本当に合ってるの?


 すると、私たちの殺伐としたやり取りを見ていた一人の男が、ケラケラと笑いながら近づいてきた。

 私は思わず後ずさる。

 上半身裸。下は短パン一丁。筋肉隆々。

 怪しい。限りなく怪しい変質者だ。


 その男を見て、鬼の形相だった猫耳が慌てふためいた。

 裸男と猫耳が何か言葉を交わす。

 猫耳は深いため息をつくと、諦めたように一枚の紙を私に見せ、ペンでトントンとある部分を叩いた。

 「ここに名前を書け」ということらしい。


 私は文字盤を取り出し、紙の内容を解読する。

 ……ふむ。

『討伐依頼:白兎ホワイトラビット

『概要:農家の野菜を食い荒らす害獣。山に巣があるため、巣ごと焼き払い100匹討伐せよ』


 ウサギ狩りか。

 怪しい裸男は、紙にサラサラとサインをした。

『カイン』と書かれている。この変質者の名前か。

 私もそれに続き、日本名で『HONOKA』と記した。


 しかし、受付嬢が指を三本立てて首を振る。

 どうやら、このクエストは最低三人パーティーでないと受注できないらしい。

 困った。あと一人なんて……。


 その時、横からスッと伸びてきた手が、依頼書を取り上げた。

 流れるような手つきで、その男は名前を書き込んだ。


 見覚えのある顔。

 昨日、屋台で私に奢ってくれた男だ

 名前を確認する。

『ラノック』職業『教師』


 猫耳受付嬢は「チッ」と舌打ちし(したよね?)、残念そうに三枚のカードを私たちに渡した。

 私、裸のカイン、そして教師のラノック。

 なるほど、即席パーティーというわけか。


 明日の朝に出発らしい。

 正直、戦力的に不安しかない。私は非力な女子高生、一人は変質者、もう一人は優しそうな先生だ。

 だが、そんな不安を吹き飛ばす文字が、依頼書にはあった。


 『白兎』。


 私の脳裏に、地球で読んだ料理本の一ページが蘇る。

 フランス料理、ラパン。

 白うさぎのミートパイ。

 サクサクのパイ生地の中に、ジューシーで淡白なウサギの肉がゴロゴロと……。

 討伐した獲物は持ち帰り可。店で調理してもらえば……。


 ジュルリ。

 私の喉が鳴った。

 待っていろ、白兎。明日はミートパイパーティーだ。


 その日の夕方。

 屋敷に戻り、母とフランに今日の出来事――特に受付での呪文のくだり――を話すと、母はお腹を抱えて、床を転げ回るほどゲラゲラと笑い転げた。


 ……何がおかしいのか分からないが、とにかく仕事は見つかった。

 明日は決戦だ。


(後編へつづく)

読んでくださってありがとうございます。


感想・レビュー・ブクマ、いつも本当に励みになっています。


本編も合わせて読んでいただけると幸いです


母は、異世界で天下をとる

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