第五食『白うさぎのミートパイ』 前編
非常事態である。
私の全財産が、底をついた。
異世界に来てからの暴飲暴食が祟ったのだ。
これでは、せっかくの異世界グルメ旅が続けられない。
――腹が減っては、異世界で生き残れぬ。
私は制服のポケットを探り、最後に残った銀貨を掌に落とした。
チャリ……と、情けない音がした。
勇者パーティをクビになった日、レントが「これだけは」と握らせてくれた餞別。
あの時は「優しさが痛い」と思ったのに、今はそれすら尽きた。
(あー……ほんまに詰んだ)
(異世界で、無一文。学食も無い。人生、ハードモードすぎるやろ)
星付きレストランなんて論外。
屋台の串焼きすら高級品に見える。
私は、恥を忍んで――あの子に相談した。
千尋。
地球では同じクラスだった友達で、
こっちの世界では勇者パーティの魔法使い。
そして――最後まで、私の解雇に反対してくれた子だ。
待ち合わせ場所は王都の外れ、石橋の下の薄暗い影。
千尋はフードを深く被っていた。
私を見つけると、ぱっと肩の力を抜いて、いつもの顔になる。
「ほのか、大丈夫? ……顔、死んでる」
日本語。
地球の教室と同じ温度の声。
たったそれだけで胸の奥がきゅっとなる。
この世界で「言葉が通じる」って、こんなに救いなんだ。
私はガマ口財布を振って見せた。
チャリ、と乾いた音。
「はい、終わり。所持金、終了のお知らせ」
「……でしょうね」
千尋は即答した。
同情より先に理解が来るあたり、昔から変わらない。
「で。食べ歩き、どこまで行ったの?」
「私の胃袋が行けるところまで」
「元気じゃん」
そう言いながら、千尋は眉を寄せた。
そして一瞬、目線だけを逸らす。
――あの時の顔だ。
レントが「悪いが、お前は今日から勇者パーティを抜けてもらう」と言った瞬間。
仲間たちが寄ってたかって煽って、私を笑った瞬間。
千尋だけが前に出た。
『やめて。ほのかは役立たずじゃない』
『協調性がない? 勝手? それ、あなたたちが決めることじゃない』
『ほのかは、ちゃんと戦ってた。ちゃんと――頑張ってた!』
それでも、優しすぎる勇者は周りの声に流された。
千尋は悔しそうに唇を噛み、
私の掌の銀貨を見て、ふっとため息をついた。
「……あるよ。仕事」
「え、マジ?」
「マジ。ほのかに向いてる」
そう言って、千尋は懐から一枚の古びた地図を取り出し、私に押し付けた。
「ここ。裏路地の奥。目印は……このマーク」
地図の端には、雑に描かれた扉の絵。
その下に異世界語の文字が並んでいる。
「そこ、ギルドの裏口みたいなとこ。腕試しの依頼が集まる」
「討伐とか、護衛とか。……まあ、だいたい命がけ」
「命がけって、さらっと言うな」
「異世界だからね」
千尋は淡々と、でも少しだけ優しい目をした。
「ほのか、ひとつだけ言っとく」
「うん?」
「無理はしないで。食べたいのは分かるけど、死んだら終わり」
「……食べたいのは分かるんや」
「分かるよ。だってほのかだもん」
その言い方が、あまりにも“友達”で。
私は笑ってしまった。
「サンキュー。ほんま助かる」
「いいから行け。あと――変な呪文は聞いたまま言うなよ」
「え?」
「やらかす未来が見える」
「失礼やな!?」
千尋は小さく笑って、私の肩を軽く叩いた。
「いってらっしゃい」
「……いってくる」
私は地図を頼りに、裏路地の奥へ進んだ。
そこにあったのは、一軒の店……というより、
“巣”だった。
分厚い鉄の扉。
窓はなく、表札もない。
ギギィ……と重い音が響き、扉が開いた瞬間、
熱気と汗とアルコールの匂いが鼻を突いた。
「いらっしゃいませ」という爽やかな声はない。
代わりに、店内にいた客――強面でムキムキの男どもが一斉に私を見て、ニヤニヤと笑い出した。
(……明らかに場違いや)
視線が刺さる。
(おやおや、可愛らしいお嬢さんだ。お遊戯でもしに来たのかな?)
言葉は分からないが、その顔が雄弁に語っていた。
私は無視して、カウンターへと進む。
そこにいたのは、気だるげに頬杖をついた猫耳の受付嬢だった。
彼女は私の制服姿を頭のてっぺんから足の先まで舐めるように見回すと、ダルそうに片手でシッシッと払う仕草をした。
(ま、みっともない娘が来たもんだね。お家にお帰り)
※ほのか脳内和訳
だが私は引かない。
今日のランチ代どころか、明日の命がかかっている。
私は千尋から「これだけ言え」と教えられた、求職のための魔法の言葉を放った。
相手が何を言ってきても、諦めずにこれを言い続けろ――そう言われたやつだ。
「ケント・デリカット」
(訳:働かせてください)
猫耳の耳が、ピクリと動いた。
彼女はさらにダルそうに溜息をつき、異世界語で何かを言ってくる。
(馬鹿なお喋はやめとくれ。そんなヒョロヒョロに何ができるのさ)
※たぶん、そんな感じだ。
私は負けない。
腹に力を入れ、第二の言葉を紡ぐ。
「パクリまクリスティ」
(訳:ここで働きたいんです)
猫耳は耳をピンと立て、鼻で笑いながら早口でまくし立ててきた。
しかし異世界語だ。
何を言っているのかさっぱり分からない。
私は無心になり、繰り返す。
「ケント・デリカット(働かせてください)」
バンッ!!
猫耳がカウンターを叩きつけた。
凄い剣幕だ。目が据わっている。
私は怯まず、トドメの一撃を放つ。
「パクリまクリスティ(ここで働きたいんです!)」
「リィァーーーリァーーーキェーーー!!!」
(訳:だーまーれー!! ※多分)
鼓膜が破れるかと思った。
(千尋……これ、本当に合ってるん?)
すると私たちの殺伐としたやり取りを見ていた一人の男が、ケラケラ笑いながら近づいてきた。
上半身裸。下は短パン一丁。筋肉隆々。
……怪しい。限りなく怪しい。
でもこの世界、強い人ほど服の面積が減る傾向あるから、まだ判断できない。
その男を見て、鬼の形相だった猫耳が慌てふためいた。
裸男と猫耳が何か言葉を交わす。
猫耳は深いため息をつくと、諦めたように一枚の紙を私に見せ、ペンでトントンとある部分を叩いた。
――ここに名前を書け、ということらしい。
私は文字盤を取り出し、タイトルだけを必死に読む。
『討伐依頼:白兎』
……白兎?
詳細は読めない。
だが、討伐なら獲物が手に入る可能性が高い。
裸男は紙にサラサラとサインをした。
『カイン』と書かれている。
私は日本名で『HONOKA』と記した。
しかし受付嬢が指を三本立てて首を振る。
どうやら、この依頼は最低三人パーティーでないと受注できないらしい。
困った。
あと一人なんて……。
その時、横からスッと伸びてきた手が、依頼書を取り上げた。
流れるような手つきで、その男は名前を書き込んだ。
見覚えのある顔。
昨日、屋台で私に奢ってくれた男だ。
名前を確認する。
『ラノック』
職業『教師』
猫耳受付嬢は「チッ」と舌打ちし(したよね?)、
不機嫌そうに三枚のカードを私たちに渡した。
私、裸のカイン、そして教師のラノック。
即席パーティーの完成だ。
明日の朝に出発らしい。
正直、戦力的に不安しかない。
私は非力な女子高生。
一人は裸の筋肉。
もう一人は優しそうな先生。
だが、そんな不安を吹き飛ばす文字が、依頼書のタイトルにあった。
――『白兎』。
私の脳裏に、地球で読んだ料理本の一ページが蘇る。
フランス料理。
ラパン。
白うさぎのミートパイ。
サクサクのパイ生地の中に、淡白でジューシーなウサギ肉がごろごろと……。
討伐した獲物は持ち帰り可。
店で調理してもらえば――
ジュルリ。
私の喉が鳴った。
待っていろ、白兎。
明日はミートパイパーティーだ。
その日の夕方。
宿に戻り、千尋に今日の出来事――特に受付での呪文のくだり――を話すと、千尋お腹を抱えて、床を転げ回るほどゲラゲラと笑い転げた。
……何がおかしいのか分からないが、とにかく仕事は見つかった。
明日は決戦だ。
(後編へつづく)
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