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第三食 聖なる夜の黒い奇跡


 季節は夏。

 じりじりと焼けるような日差しが、王都の石畳を白く焼いている。


 なのに街は、なぜか浮かれムードだった。

 飾り付けられた花輪、きらきら光る布飾り、祈りの歌――そして、甘い匂い。


 ここ異世界アウルシアにも四季があるのかは謎だが、とにかく今日だけは「クリスマスっぽい日」らしい。


 その名も――


聖誕祭ユール・フェスタ


 かつて世界を滅亡の危機から救った伝説の勇者が生まれた日。

 人々は祈りを捧げ、感謝し、盛大に祝う。


 ……真夏に。


 セミの声がミンミン鳴いてる中でジングルベル的な空気を感じろ、というのは無理がある。

 だが、郷に入っては郷に従え。


 そして何より重要なのは――


 この日限定で販売されるという『聖誕祭ユールケーキ』の存在である。


 女子高生(元・勇者パーティ所属)たるもの、限定スイーツを見逃すわけにはいかない。


 勇者パーティをクビになっても、甘いものに罪はない。

 むしろ、こういう時にこそスイーツだ。

 心を癒やすのは剣でも魔法でもなく、糖分である。



 私はガイドブック(読めないので絵だけ頼り)に載っていた超有名洋菓子店、

『天使の口づけ(アンジュ・キス)』へ向かった。


 ……そして、到着して即、絶望した。


 行列。

 それも、ただの行列じゃない。

 店の前から広場を一周し、路地裏まで続く長蛇の列。


 最後尾にいた冒険者っぽい男に「どれくらい待つ?」と聞こうとして、

言葉が通じない現実を思い出し、無言で指を一本立てて「これくらい?」とジェスチャーしたら、

男は真顔で両手を広げて首を振った。


 ……絶望のスケールでかい。


 どうやら先頭集団は、一週間前から野営して並んでいるらしい。

 異世界のスイーツガチ勢、こわすぎる。



 呆然としていると、店の前で整理をしていた猫耳ウェイトレスと目が合った。

 彼女は私を見るなり、フンと鼻で笑った。


(どこの田舎者だい? こんな時間に来るなんてバカじゃないの? 出直してきな、お嬢ちゃん)

※ほのか脳内和訳


 その直後。


 私の目の前で「完売」の札が出された。


 行列から悲鳴が上がる。

 店主らしき巨漢のパティシエが、扉を閉めようとする。


 待て。

 閉めるな。

 私のクリスマスをここで終わらせてたまるか。



 私はダッシュで駆け寄り、閉まりかけた扉に足をねじ込んだ。


 パティシエが目を見開く。

 猫耳が「マジで?」みたいな顔をした。


 私は必死に訴えた。

 身振り手振り、そして演劇部(入ってないけどノリだけはある)仕込みの全力パントマイムで。


「ケー・キ! タ・ベ・タ・イ! プリーズ!!」


 パティシエと猫耳が、まるで汚物を見るような目で私を見下ろす。


(クズが! 帰れ! 完売だ!)

※ほのか脳内和訳(たぶん当たってる)


 だが私は引かない。

 勇者パーティをクビになって王都に放り出された女は、今さら恥を恐れない。


 狂気に気圧されたのか。

 パティシエがついに折れた。


 彼は深いため息をつき、両手で「待ってろ」のポーズをする。


 そして奥から戻ってきた彼の手には――


 ケーキ箱ではなく。


 一本の『ピッケル』と『空き瓶』が握られていた。


 ……は?


 DIY?

 ケーキって採掘するものなの?


 固まっている私の袖を、猫耳ウェイトレスがグイッと引っ張った。


(ついてきな。材料がないなら、自分で採ってくるんだよ)

※ほのか脳内和訳(たぶん合ってる)


 そんな顔をして、彼女はスタスタ歩き出した。



 炎天下の中、歩くこと30分。

 到着したのは街外れの巨大な岩山だった。


 ゴツゴツした岩肌が太陽の光を反射して白く輝いている。


 猫耳は尻尾を嬉しそうに振りながら、岩壁の一角を指差して「掘れ」とジェスチャーした。


 嘘でしょ。

 これ、重機がいるレベルの岩盤だよ?


 華の女子高生に真夏の土木作業をしろと?


 ……だが、ケーキのためだ。


 私は覚悟を決めてピッケルを振り上げた。


「うおりゃああああ!!」


 カキンッ!


 ……え?


 手応えが、ない。

 豆腐か? と思うほど軽く、ピッケルが岩に吸い込まれた。


 どうやら魔法のかかった道具らしい。

 サクサクと岩が削れていく。


 楽しい。

 これストレス解消になるな。


 しばらく掘り進めると、岩の裂け目からトロリとしたピンク色の液体が滲み出してきた。

 甘い香りが漂う。


 指ですくって舐める。


 ……甘い!


 イチゴシロップと練乳を煮詰めたような濃厚な甘さだ。

 天然の甘味料? なにそれ天才。


 私のスキル――絶対味覚が叫ぶ。

「これ、ケーキにしたら絶対うまい!」と。


 私は空き瓶に、岩のロック・シロップをたっぷり採取した。



 店に戻ってパティシエに渡すと、今度は分厚い革の手袋を投げ渡された。


 嫌な予感がする。


 裏庭へ連れていかれる。


 そこには身長2メートルはある巨大な怪鳥が、檻の中で殺気立った目でこちらを睨んでいた。


 ダチョウとティラノサウルスを足して2で割って凶暴化させたような生物。


 猫耳が顎でしゃくる。


(あいつの卵を盗ってきな)

※ほのか脳内和訳(死ぬやつ)


 ……死ぬわ!!


 私は死闘を繰り広げた。

 鋭いくちばしをスライディングでかわし、

 強烈な蹴りを制服のリボン一本の気合いで避け、

 泥だらけになりながら、なんとか巨大な卵を一つゲットした。


 その途中、囮になって身代わりになった猫耳に敬礼。

 制服はボロボロ。

 猫耳は殉職(死んでない)。


 だがケーキには変えられない。

 ごめん。



 最後は――店の屋根より高い巨木の天辺。


 そこに一つだけ実るという『星の実』。


 高所恐怖症には地獄のミッションだが、

 もはやアドレナリンが出まくっている私は猿のように登りきる……はずだった。


 木には蜂だか何だかよく分からない虫の巣があり、行く手を阻んでいた。

 このまま登れば、大量虫の餌食。


 私は先ほどのピッケルを握る。


 ――ごめん。


(すまん猫耳……これはケーキのために必要な犠牲だ)


 虫の巣を地上に落とす。

 地面の方から断末魔の叫びが聞こえた気がした。


 多少の犠牲はあったが、私は登りきり――星の実をもぎ取った。



「獲ったどーーっ!!」



 厨房に戻り、集めた材料をパティシエの作業台に叩きつける。


 どうだ、見たか。

 平々凡々な元女子高生の底力を!


 パティシエは驚いた顔で材料を確認し、ニヤリと笑った。

 太い親指を立てる(グッド)。


(やるじゃねえか、小娘。最高のユール・ケーキを作ってやるぜ)

※ほのか脳内和訳(たぶん正解)


 彼が調理を始める。

 魔法のような手つきだ。


 岩の蜜を泡立て、

 巨大卵を割り入れ、

 星の実を搾る。


 オーブンから甘い香りが漂い――やがて。


 チーン。


 という音が鳴った(なぜか異世界にもある)。



 完成した。

 私の努力の結晶。

 聖誕祭スペシャルケーキ。



 「……」


 目の前に置かれた皿を見て、私は絶句した。


 直径20センチほどの、完全なる漆黒の円盤。


 黒い。

 あまりにも黒い。


 イカスミ?

 竹炭?

 それともダークマター?


 ……何故。

 あの材料で黒くなる?


 恐る恐る鼻を近づける。


 ……無臭。


 あれほど甘い香りがしていたのに、

完成品からは何の匂いもしない。


 パティシエが得意げに「食え」と促す。

 猫耳も目を輝かせている。


 私は震える手でフォークを刺し、黒い塊を口に運んだ。



 モグモグ。


 ……。


 味が、しない。


 甘くも、辛くも、苦くもない。

 食感はスポンジケーキ。


 でも、味覚だけが完全に遮断されたような虚無の味。


 私の唯一のスキル、絶対味覚が泣いている。


(なんで!? あんなに苦労したのに!?)



 混乱していると、突如として口の中で「パチパチ」と弾ける感覚があった。

 駄菓子屋のパチパチキャンディの比じゃない。


 口内で爆竹が爆発しているみたいな衝撃。


 その瞬間。


 視界がホワイトアウトした。


 そして――



『メリークリスマス! 聖なる夜に祝福を!』



 脳内に直接、ファンファーレと共に美しい映像が流れ込んできた。


 雪景色。

 輝くツリー。

 ご馳走。

 笑顔の人々。


 そして――


 地球の記憶。


 幼い頃、母がプレゼントを渡してくれた時の温かい手。

 こたつの匂い。

 ケーキの甘さ。

 家族の笑い声。


 ……味じゃない。


 これは「幸せな記憶」を再生するケーキだったのだ。


 無味無臭のスポンジは、記憶を映すためのスクリーン。

 苦労して集めた食材は、脳の奥を刺激する魔法の触媒。


 頬を涙が伝う。


 なんて素敵なケーキだろう。


 真夏の異世界で、私は最高のクリスマスを味わっていた。



 ……と、感動していると。


 不意に視界の端で、猫耳ウェイトレスが腹を抱えて笑っているのが見えた。


 何?

 と思って手を口元に当てる。


 ぬるっ。


 鏡を見せられて、私は悟った。


 そこには、口の周りを真っ黒に染めたマヌケな女子高生が映っていた。

 泥棒コントのヒゲ面みたいなやつ。


 ……感動を返せ。



 パティシエと猫耳が腹を抱えて笑っている。

 私は真っ黒な口で「メリークリスマス!」と叫び(日本語で)、

中指ではなく親指を立てて店を後にした。



 帰り道、すれ違う人々が私の顔を見てギョッとして道を空ける。


 まあ、いいか。


 口の中はまだ、パチパチと幸せな音を立てているのだから。



【本日の評価】

★★★★★(星5つ)


 味は虚無だが、体験はプライスレス。

 「幸せな記憶」を味わえる魔法のケーキ。

 ただし、食後は口周りがお歯黒&泥棒メイク状態になるため、デート前には絶対に食べてはいけない。

 異世界のクリスマス、侮りがたし。

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― 新着の感想 ―
作中にBGMは流れませんでしたが、脳内に某コントの終わりの音が聴こえてきたのでOKとします! 時期はズレてるけどメリークリスマス!
なるほど幸せな記憶を再生するケーキ、と来ましたか…
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