第十四食 胃袋デスマーチ大祭(中編)
ユノリアの青空に、私たちの「なんでやねん!」という叫びが吸い込まれていった。
道行く魚人たちが何事かと振り返るが、気にしてはいられない。
勇者の聖剣が、こともあろうに大食い大会の質流れ賞品になっていたのだ。
「ちょっと言うてくるわ!」
カツヤが血走った目で立ち上がった。
「えっ、どこに?」
「あっこ(あそこ)でビラ配ってる祭りの運営役員に決まっとるやろ! 事情を説明して、あれは盗品やから返せって言うたるねん。俺に任せとけ!」
カツヤは背中の大剣を鳴らしながら、ずんずんと広場の方へ歩いて行った。
……大丈夫だろうか。ここは魚人の国だ。人間の常識や法律が通用するとは思えないのだが。
私は冷めた微炭酸塩水をすすりながら、彼の背中を見送った。
――10分後。
「あかんかったわ……」
カツヤが帰ってきた。
物理的に。そして、満身創痍で。
ボコボコだった。
顔は腫れ上がり、立派な革鎧は引き裂かれ、背中の大剣はへし折られていた。
「……何があったの」
「話し合いをな……しようと……」
カツヤは私の向かいの席に崩れ落ち、力なく突っ伏した。
「言葉が、通じひんねん。あいつら『ギエギエ』しか言わんし。身振り手振りで『それは俺らの剣や!』って伝えたら、突然殴りかかってきよって……集団でボコられた……。何を言うても通じひん、魚どもめ……」
だろうな。
だから言ったのに。ユノリアの魚人は基本的に言葉は通じない、アレと意志疎通がとれると何故思ったのか…
「……どうするの、これ」
私は冷や汗をかきながら聞いた。
「なんとか……聖剣を取り返さなアカン」
カツヤが腫れた顔で真面目に思案している。
良い案など出ない。
正攻法(交渉)は通じず、実力行使(戦闘)は多勢に無勢で負ける。
となれば、残された道は一つしかない。
「……祭りに参加して、優勝するしかないやろな」
カツヤが、苦渋の決断を下した。
祭りの詳細を改めてビラで確認する。
ルールはシンプルだった。
『制限時間:無し』。
『最後まで食べ続けていた者が勝ちの、サバイバル方式』。
食べる料理は『海王類バーガー』。海王類とは、海に生息するクジラよりも巨大なバケモノ魚類のことだ。それをパティにしたバーガー……想像しただけで胃がもたれる。
「私はパスね」
私は即座に言った。
「なっ、なんでや!?」
「なんでって……私は勇者パーティじゃないし。千尋の尻拭いをする義理も無い。そもそも大食いなんて無理だし」
ただで他人のトラブルに巻き込まれるのはゴメンだ。
「頼むわ、ほのか! 俺知ってるんやぞ、お前がアスガルドで意味のわからん量の炒飯を一人で平らげたって噂!」
「……どこでそんな情報を」
「冒険者の間で伝説になっとるわ! 『歩くブラックホール』って! お前のその無底の胃袋が必要なんや!」
……誰がブラックホールだ。女子高生に向かってなんてことを言うのか。
「嫌よ。自分の剣なんだから、自分で取り返しなさい」
「俺も出る! 俺も限界まで食うから! もし俺が限界迎えたら、その時はほのかが頼りやねん! 一生のお願いや! 今度うまい飯でもおごるから!」
……うまい飯
彼の熱意(と土下座の勢い)に負けた(あと、うまい飯に)
それに、あの美味そうな『海王類バーガー』がタダで腹一杯食べられるという点も、グルメハンターとしては魅力的だ。
「……仕方ないなぁ。今回だけだよ」
「おおきに! 恩に着るで!」
しぶしぶ了承した。
この時の私は、これから起こる本当の悲劇をまだ知らなかった。
*
そして、祭り当日。
暴食海神祭の会場である特設コロシアムは、超満員だった。
私は出場者用の待機テントで、腕組みをして苛立っていた。
「……あの野郎、逃げやがった!」
カツヤの姿が見えないのだ。
「一生のお願い」とまで言って私を巻き込んだ張本人が、集合時間を過ぎても一向に現れない。
ビビって逃げたか? それとも迷子か?
今さら参加を取り下げる事は難しく、私は仕方なく、一人で闘技場の中央に設けられた大食いテーブルへと向かった。
ドォォォォン……!!
巨大なホラ貝が吹き鳴らされ、爽快でハイテンションなナレーション(魚人の言葉だが、翻訳メガネで脳内再生される)と共に、祭りが始まった。
『さぁさぁさぁ! 年に一度の胃袋の限界突破! 暴食海神祭の開幕だァァァ!!』
熱狂する観客。
テーブルに着いたのは、私と、筋骨隆々のサメ型魚人、セイウチ型魚人など、どう見ても胃袋のキャパシティが私の数十倍はありそうなバケモノばかりだ。
『まずは、今年の優勝賞品の発表だァァ! 金貨100枚と……これだァァ!』
闘技場の奥から、祭壇に乗せられた賞品が運ばれてくる。
ナレーションが叫ぶ。
『質屋から買い取った光る棒! 自称・聖剣エクスカリパァァァー!!』
確かに、レントが持っていた聖剣と酷似している。装飾の無駄な多さといい、あの輝きといい、本物で間違いないだろう。
しかし、ナレーションはさらに続けた。
『そしてなんと! 今回は特別に、もう一つ優勝賞品を用意したぞォォ!! 昨日、運営に文句をつけてきた不届き者だァァ! なんとなんと、勇者パーティのメンバー、カツヤァァァ!!』
私は闘技場のど真ん中で、盛大にズッコケた。
慌てて顔を上げる。
祭壇の聖剣の隣。
そこには、ボロボロになって手錠と足かせをされ、マグロのように吊るし上げられているカツヤがいた。
「……どーしてこーなった?」
私は頭を抱えた。
これ、私が優勝できなかったら、カツヤは魚人たちの腹に収まるか、労働力として売り飛ばされるってことだよね?
プレッシャーが、海王類バーガーよりも重く私の胃にのしかかってきた。
(後編へつづく)




