01 : Day -22 : Yotsuya
地下鉄の改札を出て地上にむかいながら、
「いまちょうど偶然たまたま四ツ谷にいるんだけど、よかったら合流しない?」
メッセージを送り、四谷見附の信号を見上げるチューヤ。
赤坂見附や四谷見附など、江戸城の外堀に沿って「見附」という名が多数残るのは、もともと見張りの番兵を置いた軍事施設であったからだ。
と、兵隊じみたリョージへの思いが通じたのか、
「ヨツヤミツケでよチュヤ見ッケ」
背後からの声に跳びあがり、ふりかえって指を突きつける。
「最悪だよ、それは最悪のボキャブラだ!」
なにやらトラウマを刺激したらしい。
リョージは、地団太を踏むチューヤをなだめつつ、
「ようチューヤ、偶然だな」
「……っていま送ったとこなんだけど、見てない、よね」
あらためてリョージの体躯を観察する。
ダメージ加工しすぎ、というレベルの空手の道着らしいものを着た彼は、このままストリートファイトの大会に出ても違和感がない。
「ああ、ケータイな。このまえブッ壊れてさ、ケートになんか頑丈なやつと交換してもらったんだけど、使いづらくてさ。ちょっと待て、えっと、どっかにあると思うんだけど」
冒険者か修行者しか使わないような巾着バッグを背中から降ろして、中身を探ろうとする友人を、静かに止めるチューヤ。
「いや、いい。おまえが1日1回、どこかでケータイを見てくれるだけで俺は満足だ。……てか、俺のうしろから来たってことは」
「ああ、ちょっとオクテートの本社に寄ってさ、王子だから……」
チューヤの脳内路線図が、反射的に点滅した。
「同じ南北線か! あなた北から、わし南から、よいじゃないか、えいじゃないか! ……いやあ、運命を感じるなあ、電車移動ってすばらしいね」
「てか、ふつうだろ。高級車であちこち移動してんの、お嬢とケートくらいだぞ」
「マフユも違法なバイクでかっ飛ばしてるけどね。やっぱ庶民は電車だよ!」
話しながら、並んで歩く。
──長い日曜日は、おそらくここで終わる。
マフユ、ヒナノ、ケートとバトンを受け渡し、リョージでシメるのは正しい流れのような気がした。
手短に事情を話すと、リョージは満足げにうなずいて、
「やっぱチューヤは、頼りになるな。オレが見舞い行ったときもさ、感謝してたぜ、お嬢」
「……リョージに、でしょ。正直、こっちに転んだのはラッキーだった。リョージの会社が妖精の王国じゃなかったら、無理だったよね」
「最初のほうから、いたずら者のパックとか、けっこう絡んでたろオレ。うちの会社には妖精系が多くてさ、だからトロールのことも、なんとかしなきゃって」
動機としては理解しやすい。
チューヤがなかば放棄した「舎人のトロル」シナリオを、リョージだけが丹念に埋めた結果、月島へとつながった。
その前段にある、校長室からヤバい酒を盗んできたいたずら妖精パックの記憶も、なんとなく思い起こされる。
まさかあれが伏線だったとは、思いもよらなかったが。
「老人ホームとかにも、かかわってるんだろ?」
高島平にいるのは妖精スプリガン。
まわりにキナくさいハイレベル悪魔も散見されるので、そのあたりがリョージの終盤を彩る戦いになるのだろうかと推測し、複雑な感情が湧いた。
あるいは自分も、そこに絡んでいく道もあるのかもしれないが……。
「ああ、いずれ行くことになると思うぜ、高島平。ある意味、あの団地はオヤジの会社(オクテート建設)の原点だからな。──人類が『都市』というものを築いて以来、多数の人間が一か所に集中して住む、って道のりを究めるのは順路だ。お嬢んちのばーちゃんも、同年代の仲間に囲まれて、しばらく心のリハビリに励むってよ」
「ああ、それは聞いた。そーいやサアヤが訊いてみろって言ってたんだけど、オクテート建設が進めてるエステート計画って、なに? 東京エステ村なんて、斬新な名前の老人ホームだとは思うけど」
リョージの思想は、チューヤも知っている。
ヒトを野生と切り離し、自分は野生の王国で暮らしたい、というタイプだ。
「それな。まえ言ったろ。オクテート建設の社是は、億の帝都を築くことだって。都市に億が暮らせば、その他の土地があまる。地球はみんなのもの、大地は動物に、海はおさかなに、空は花粉に、植物に、菌類に、自然に返そうよ、という意味だと、オレたちは考えてる」
「あらやだ、妖精さんたちが言いそうな、お花畑。……逆に、土建屋さんにとっちゃ風上にも置けない発想だと思うけど」
いかに「地形を変えるか」が、金銭的価値に直結する業界。
「地図に残る」ことこそが土建屋の誇り、レーゾンデートルである、と考えている人々もいる。
自然のままの地球なんてものは、ガリガリと削って整えてナンボなのだ。
その意味では「人工の秩序」であり、ケートと噛み合う部分もある。
彼らの戦いは、ただ「どちらが主であり従か」だけだ。
「国交大臣には聞かせられないな。まあ地方がゼネコン利権でもってる、っていう現実に目を背けるわけにいかないことは認めるよ」
無駄に広い道や、使わない公共施設というエサを、あんぐりと開いた口に投げ込んでもらって生きる土建屋は、たしかに一定数いる。
ひとが苦しむ災害で焼け太る、というのが彼らのもっとも忌まわしい部分で、不気味なほど高い防潮堤や、無意味な土地のかさ上げといった大規模プロジェクトで、地球を削れば削るほど儲かる仕組みになっている。
残念ながら、あらゆる手を使って公共事業をぶんどっていくことこそ、土建屋の至上命題なのである。
それでいいのか? いや、よくない。
土地の開発は集約すべきであって、それ以外は自然に返したほうがいい。
そのほうが便利だし、効率もいい。その道を究めるのが、21世紀の建設会社であるべきではないか?
「なるほど、だからこそオクテート建設は、立体的な土地開発に企業リソースの多くを傾けていると」
「理屈は通るだろ」
最初からそうだ。リョージはきっちり、わが道を行っている。
人類の築き上げた高度な秩序は、最先端の半導体のように、より小さな箱庭に押し込めるべきものとなった。
人類の秩序は(比較的)混沌にその座を譲り、より大きな自然にすべてを委ねることこそが正しい道である。
──いや、逆だろう。そう主張するのは、ケートだ。
部分的に自然保護区という箱庭を残してやってもいいが、あとは人類がぶんどって使い果たす。それが高度に発達した「ヒトの義務」だからだ。
また、ヒナノやマフユも、それぞれ別のアプローチで世界に向き合っている。
自分の道を貫いている、という意味では、他の面々だってまさるとも劣らないのだ。
あっちへフラフラ、こっちへフラフラしている優柔不断は、ニュートラルとかいうどっちつかずを標榜するチューヤくらいのものなのである。
「内心忸怩たるものがあるよ。……てか、パンピーの高校生なんて、これがふつうだと思うけど?」
「いつまでも子どもじゃいられないんだぜ、チューヤ。……いっしょに見に行かないか? あちら側にもある、オレたちのエステートを。オレたちの冒険は、はじまったばかりだ!」
打ち切られた少年漫画のようなリョージの発言は、どこまでを見据えているのだろう。
チューヤごとき鉄道おっかけ少年に、リョージの隣に寄り添う意志も能力もあるだろうか。
いや、ない。
「……で、リョージはいまから、どうするの?」
壮大なフリに疲れ果てたチューヤから、話題をもどす。
──番町文人通りを歩いていると、ここが東京のど真ん中であるという事実を、一瞬忘れる。
東はすぐ皇居、南は霞が関、東京の中枢もいいところであるエリアにもかかわらず、細い路地の裏には古めかしい一軒家があったりもする。
「すぐそこの料亭で待ち合わせてるんだ。だれかは……わかるか?」
「……ムシメヅルヒメギミ、かな」
チューヤの推測は、どうやらリョージのお眼鏡にかなったようだ。
彼はにやりと笑って、親指を立てたから。
──悪魔全書によれば、四ツ谷を支配するのは妖虫オキクムシである。
いわゆる「皿屋敷」につながる、番町と呼ばれる地域を支配するべき伝統を受け継いでいる悪魔、とみていいだろう。
そのオキクムシのうえには、おそらく目黒の奇昆虫館で会った妙齢の日本美人、ムシメヅルヒメギミがいる。
いずれ来訪することになるだろう、という予感はあった。
四ツ谷の料亭『割烹・菊ゐ』の名刺は、喉の奥に刺さる魚の小骨のように、財布の裏にぺったりと貼りついている。
まるで蜘蛛の糸のように張り巡らされた運命の線を、回収しなければならない……。
やおら、背後からクラクションを鳴らされて飛び退いた。
黒塗りの高級車が、細い道を傲然と横切っていく。
この大都会を四輪車で移動することじたい、けしからん……と本来ならケートたちにも言ってやりたいところだが。
「……整ってきやがったな」
周囲を見まわしながら、ぽつりとつぶやくリョージ。
チューヤもさっきから、皮膚にひりひりと感じてはいた。
ここにはヤバいやつらが集まってきている。境界的な意味はもちろんだが、現世的な意味でもかなりの「大物」が……。
「なにがあるのよ、いったい」
「よくあることだろ。この界隈じゃな。……さすがに総理大臣まで来るとは、思ってなかったが」
リョージの視線は、そのさき、たしかにとらえていた。
公用車のナンバーから所属を割り出せるほど、ギョーカイにくわしくはないが、刑事警察関係にツテのあるチューヤも、それがまともな警備の仕様でないことは察せられた。
「……木島総理?」
「だけじゃねえぜ。くせものカツラ、剛腕・黒井、国防の塩おんじと、財界からは代表で後藤田さんも来るらしいや」
さすがのチューヤも足を止めた。
ぶるっ、と一瞬だけ戦慄が頭のてっぺんに突き抜ける。
リョージはいったい、自分をどこに連れて行こうとしているのか。
「それ、与党の幹部だよね……。それから後藤田さんって、右翼のフィクサーでしょ」
「そういうひとが集まる料亭なんだよ、菊ゐってところはな。……うちのオヤジがさ、寛太ってんだけど」
話が飛んだ気がしたが、リョージのことだからどうせつながるのだろう。
「知ってるよ。伝説の暴走族でしょ」
「ははは、黒歴史掘り返してやるな。まあその蟲姫総長だったオヤジとさ、菊ゐの女将である琴さんは昔なじみで、たまに会ってるらしい。で、琴さんから、ちょっとした相談事があるらしいんだよ」
ミルメコレオとのバトルで「カンタダ!」を連呼されていた、リョージの父・寛太。
すでに開示されていた情報がつぎつぎ、脳内のシナプスに結びつけられていく。
納得できない流れではない。むしろそうあるべき筋道としか思えない。
それにしても……。
「面倒事に首を突っ込みすぎじゃないかな、リョージくん……」
菊ゐの女将の相談事が、日本の政財界のトップが集合する秘密会合の場に重なる。
その時点で、もういやな予感しかしなかった。
はいりこんだ道路には、まだ何個か埋まっていない有料駐車場に、すべてリザーブ済みの立て札。
埋まったスペースに並ぶ黒塗りの高級車はそれぞれ、いかなる大物、大臣を乗せてきたか。
「……止まりなさい、きみたち」
隣接する寺社の白壁に沿って立っていた警備員が、行き止まりの道へ踏み込もうとするチューヤたちを呼び止めた。
手前のマンションの住人以外、ここまで歩いてくる人間はいない。
このさきに進もうとする人間など、なおさらいるはずもない。
「小室さんに呼ばれて」
菊ゐの名のはいった名刺を差し出してみるが、警備員は疑わしそうにリョージを眺めて道を譲ろうとはしない。
流しの格闘家(?)のような風情の筋骨たくましい男子と、ただの鉄オタ満開(?)の貧相な男子のコンビが、そう簡単に「大物の知り合い」として受け入れられるはずはない、ということだろう。
そのとき警備員の無線が鳴り、彼は首元のマイクにむけて二言三言。
「……はい。はっ、了解しました。……通りなさい。右に曲がって駐車場の横から、通用口にまわるように」
チューヤは虚空を見上げ、短く息をついた。
大都会の隙間に穿たれた奇妙な空間を睨みつける、無数のカメラが見えるような気がした。
「入れてくれなかったら、速攻帰りたいところだよ」
「ははは。俺たちの席はあるよ、ちゃんと」
「いやリョージの席はあるだろうけどさ……」
ただのオマケとしてついてきただけのチューヤは、自分に自信がまったくない。
言われた通り右へ曲がって、駐車場の奥の細い砂利道を進む。
──巨大なビルや寺社に取り囲まれた、数寄屋造りの二階建て。
さすがに広壮な庭園というわけにはいかないが、内庭からたちのぼる日本庭園の香気は、チューヤのような朴念仁にもかぐわしい。
文人墨客の好んだ、自然との調和を重視した日本家屋。
格式ばった豪華な意匠や、きらびやかな装飾はまるでない。
一直線に伸びた笠木の塀と格子戸は、おそろしくシンプルで潔い。
ただ静かに内面を磨いて、客人をもてなす──割烹・菊ゐ。
新たなフィールドで、彼らの冒険は……はじまったばかりだ。




