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第48話 名物のアップルパイ

 冒険の旅、二日目の朝。

 私たちは、森の木漏れ日の中、鳥のさえずりと共に、ふかふかのベッドの上で目を覚ました。もちろん魔法の家の中である。


「……おはよう、リリ……」


「おはようございます、フィオナさん。よく眠れましたか?」


「ああ……ぐっすり、な……。冒険に出てから、こんなに熟睡できたのは、初めてだ……」


 フィオナさんは、どこか冒険者としてのアイデンティティを見失ったような、虚ろな目で天井を見つめていた。


 朝食は、ゴブリンシェフが腕によりをかけて作った、ふわふわのオムレツと、お兄ちゃんの畑で採れた新鮮なトマトのサラダ。

 あまりの美味しさに、フィオナさんは三回もおかわりをしていた。


 朝食を終え、オルゴールをポーチにしまうと、私たちの優雅すぎる旅は再開された。

 目的地である、ミリオンの街までは、今日の夕方には着くはずだ。


「昨日は、ありがとうな、嬢ちゃんたち!」


 道中、私たちを追い越していく、一台の馬車から陽気な声が飛んできた。

 声の主は、今朝方、車輪が壊れて立ち往生していた行商人の男性だった。


 フィオナさんが修理を手伝おうと、腕まくりをしていたのだが、それよりも早く、私が壊れた車輪を錬金術でちょちょいと直してしまったのだ。

 あまりの一瞬の出来事に商人の男性は、しばらく口を開けていた。


「このお礼は、必ず! 次に、どこかの街で会ったら、一杯奢らせてくれ!」


「はーい!」


 遠ざかっていく馬車に、私は大きく手を振った。

 フィオナさんは、その隣で深いため息をついている。


「……なあ、リリ。あんたもう少し手加減ってものを覚えろよな……。あの商人、あんたのこと『車輪直しの聖女様』とか呼び始めたぞ……」


「え? でも、壊れてたから直しただけですけど……」


「その『だけ』のレベルが、おかしいって言ってんだよ……」


 そんな、いつも通りのやり取りをしながら、私たちは歩き続けた。


 やがて、道の先にのどかな風車の回る風景が見えてきた。


「おお、見えてきたぞ、リリ! あれがミリオンの街だ!」


 私の記憶の中にあるリーフサイドの村にどこか雰囲気が似ている。

 石壁に囲まれたリーフサイドとは違い、ミリオンの街は、開けていて穏やかだ。街の周りには広大な麦畑が広がり、大きな水車が、ゆっくりと回っているのが見える。


「わあ……。綺麗な街ですね」


「だろ? 小さいが、いい街だぜ。人も温かいしな」


 街の入り口には門番すらいなかった。

 私たちは誰に咎められることもなく、ごく自然に街の中へと足を踏み入れる。


 街の中は焼きたてのパンの良い匂いがした。

 道行く人々も、どこかのんびりとしていて、私とフィオナさんのような旅人にも気さくに挨拶をしてくれる。


「……いいですね、この街。なんだか落ち着きます」


「そうだろう、そうだろう。……さて、と! それじゃあ、目的の場所に行くとするか!」


 フィオナさんは、私の腕を引くと慣れた足取りで街のメインストリートを進んでいく。

 そして、一軒の蔦の絡まる、趣のある建物の前で足を止めた。

 看板には『風車の宿』と書かれている。


「ここが、お目当ての宿屋だ。ここのアップルパイは世界一だぜ!」


「アップルパイ!」


 私の期待は最高潮に達していた。

 木の扉を開け、宿屋の中へと入った。

 中は、木の温もりにあふれた居心地の良い空間だった。酒場も兼ねているらしく、数人の客が、昼間から楽しそうにエールを酌み交わしている。


「いらっしゃい! 旅の方かい?」


 カウンターの奥から人の良さそうな恰幅の良い主人が顔を上げた。


「ああ、亭主。部屋を一つ頼む。それと名物のアップルパイも、二つな!」


「へい、毎度あり! ……ん?」


 主人は、フィオナさんの顔をじっと見つめると、その目を大きく見開いた。


「……あ、あんた……。その、赤い髪……。も、もしかして……!」


 その主人の大声に酒場にいた他の客たちも一斉に、こちらを振り返った。

 そして、その中の一人がグラスを片手に立ち上がり叫んだ。


「――『赤き疾風』だ! A級冒険者の、フィオナ様が来てくださったぞ!」


わあああああああああっ!


 次の瞬間。

 静かだった宿屋は、割れんばかりの歓声と興奮に包まれた。客たちが、一斉に、私たちのテーブルに押し寄せてくる。


「本物だ! すげえ!」


「なんで、こんな田舎町に!?」


「サインください!」


 あっという間に、私たちは、街の人々に囲まれてしまった。


 フィオナさんは有名人だったのだ。

 その顔は、困惑と照れ臭さで真っ赤になっている。


「……」


 私は騒ぎの中心で一人ぽつんと呟いた。


「……あの……。私のアップルパイは……?」


 静かで平穏な初めての街での、おやつタイムは、どうやら一筋縄ではいかないらしい。

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