第44話 怒涛の雑用クエスト(RTA風)
冒険者ギルドの前。
私とフィオナさんは、三十枚を超える依頼書の束を手に途方に暮れていた。……いや、途方に暮れていたのは、フィオナさんだけだった。
「……おい、リリ。本当に、これ全部、今日中にやるのか……? 普通にやったら、一ヶ月はかかるぞ……」
「大丈夫です、フィオナさん。こういうのは、効率が大事なんですから」
私は自信満々に依頼書の束をぱらぱらとめくる。そして、いくつかの依頼書を抜き出すと、フィオナさんに見せた。
「まず、この『森の薬草採取』依頼、三件。それから、『近郊の森のゴブリン討伐』依頼、二件。場所が全部同じ森です。一度にまとめて片付けてしまいましょう」
「ま、まあ、それは、セオリー通りだな……」
【依頼①:薬草採取】
依頼主:ポポルのおみせ
内容:『月しずく草』を10本、採取してきてください。
報酬:銅貨5枚
私たちは街の東門から森へと向かった。
「月しずく草は、清らかな水辺にしか生えない。この先の小川に沿って探せば、見つかるはずだ。時間はかかるが……」
フィオナさんが真剣な顔で説明を始める。
私は、そんな彼女を横目に、すぅ、と息を吸い込んだ。
「――森の、全ての、月しずく草よ。私の元へ、集まれ」
生活魔法『招集』。
私が、そう心の中で念じただけ。
すると、森の奥から、ざわざわ、という音と共に無数の青白い光がこちらへと飛んできた。
それは、自らの意思で根っこごと地面から飛び出した大量の月しずく草だった。
数十本の月しずく草は、私の目の前で綺麗にくるくると回転すると、その中から状態の良い10本だけが、私の手の中にふわりと収まった。
「…………」
「はい、終わりました。次、行きましょうか」
「……おう」
フィオナさんの返事がどこか虚ろだ。
【依頼②:ゴブリン討伐】
依頼主:農家の爺さん
内容:畑を荒らす、ゴブリンの巣を、どうにかしてくれ。
報酬:銀貨2枚と、採れたて野菜
私たちは森のさらに奥へと進んだ。
洞窟の入り口らしき場所から、ゴブリンたちの下品な笑い声が聞こえてくる。
「よし、リリ。ここからは慎重に行くぞ。ゴブリンは弱いけど数がいる。それに罠を仕掛けてる可能性も……」
「フィオナさん、少し下がっていてください」
私は、そう言うと洞窟の入り口の地面にそっと手のひらを置いた。
「――『リフォーム』」
私が一言呟く。
すると、ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……という轟音と共に大地が揺れた。
ゴブリンの巣があった洞窟の入り口が、まるで粘土細工のように、ぐにゃり、と形を変え、あっという間に塞がってしまったのだ。
入り口だけでなく、全ての出口という出口が分厚い岩盤で完璧に封鎖されていく。
「…………」
下品な笑い声は聞こえなくなった。
代わりに洞窟の中から、ゴブリンたちの絶望の叫びが微かに聞こえてくるような気がした。
「よし。これで二度と外に出てきて悪さはしないでしょう。討伐、完了です」
「……おい、リリ。あいつら、このままだと、中で干からびるんじゃ……」
「大丈夫です。洞窟の中には食用キノコがたくさん生えてますから。食料には困りませんよ。永久に自給自足のスローライフです」
私の優しい配慮にフィオナさんは、なぜか顔をひきつらせていた。
【依頼③:迷子の猫探し】
依頼主:街の女の子、アンナ
内容:飼い猫の『タマ』がいなくなりました。屋根の上が好きです。
報酬:おばあちゃん特製のクッキー
街に戻った私たちは、次に猫探しの依頼に取り掛かった。
「さて、と……。まずは、聞き込みだな。最後に、タマが目撃されたのは……」
「フィオナさん」
「ん?」
「タマって、どんな猫ですか?」
「え? 白地に黒のぶち模様で、しっぽの先が曲がってる普通の猫だが……」
「そうですか。――街の全ての猫さんたち。しっぽの先が曲がった、タマくんを見かけませんでしたか?」
私が誰にともなく、そう呟く。
すると、どこからともなく、一匹、また一匹と猫たちが集まってきた。
三毛猫、茶トラ、黒猫……。
猫たちは、私の足元にすり寄ってくると口々に、にゃあ、にゃあ、と何かを訴えかけてくる。
「……なるほど。パン屋さんの屋根の上で昼寝ね。ありがとう」
私は猫たちから得た情報を元に、パン屋へと向かった。
その屋根の上では一匹の猫が気持ちよさそうに丸くなって眠っていた。
「…………なあ、リリ」
「はい?」
「……あんた、猫と会話できるのか……?」
「まさか。動物と話すなんて、できませんよ。ただ、なんとなく、言いたいことが分かるだけです」
その後も私たちの快進撃は続いた。
農家の依頼は『グロウ』の魔法で、一日で一年分の作物を収穫。
喧嘩の仲裁は、おやつのクッキーを半分こにすることで解決。
溝掃除の依頼は、『ウォーター』の魔法で街中の水路を高圧洗浄した。
そして、夕方。
依頼を開始してから、わずか数時間後。
私たちは、全ての依頼を終わらせて、ギルドへと凱旋した。その後ろには、お礼の品を持った街の人々のちょっとした行列ができていた。
ギルドの中は、相変わらず騒がしかった。
しかし、私たちがカウンターの前に立ち、三十枚以上の達成印が押された依頼書の束をどさりと置いた瞬間。
ギルドの全ての音が消えた。
「……あの。終わりましたけど」
私がにっこりとエララさんに微笑みかける。
エララさんは依頼書の山と壁掛け時計を二度、三度と見比べ、そして持っていたペンをぽとり、と落とした。
ギルドマスターが奥の部屋から満面の、これ以上ないくらい満足げな笑みを浮かべて現れる。
私のたった一日の就職活動。
それは、リーフサイドの街のギルドの歴史に新たな、あまりにも非常識な伝説を刻み込んだ瞬間だった。




