第43話 ギルドマスターの特例
「ギルドマスター! こ、これは、その……!」
フィオナさんが慌てて、私を庇うように前に出る。
しかし、ギルドマスターは、そんな彼女を片手で静かに制した。
「フィオナ。お前が、保証人か?」
「……まあ、そんなところだ」
「そうか。……嬢ちゃん」
ギルドマスターは、私に視線を戻す。
「お前さん、名は?」
「……リリ、と申します」
「リリ、か。……見たところ、ただの世間知らずの小娘にしか見えんがのう」
彼は、そう言うとカウンターの上に、一枚の黒いカードを置いた。
それは私が受け取った銅色のFランクのカードとは明らかに違う。漆黒のカードの表面には、プラチナで髑髏の紋章が描かれていた。
「……! そ、それは……!」
フィオナさんが息を呑む。
ギルド中の冒険者たちも、そのカードを見てざわめき始めた。
「嘘だろ……。あれって『黒のカード』じゃねえか……?」
「なんで、あんなもんが、こんな支部に……」
ギルドマスターは、そんな周囲のざわめきを意にも介さず言った。
「そのカードをくれてやる」
「……え?」
「ただし、条件が一つだけある」
彼はにやりと口の端を吊り上げた。
その笑みは、まるで面白いおもちゃを見つけた悪戯好きの子供のようだった。
「わしからの依頼を一つだけ受けてもらおうか」
「……依頼、ですか?」
「うむ。簡単な仕事じゃ。このギルドに山ほど溜まっておる雑魚依頼を片っ端から、片付けてもらう。それだけじゃ」
雑魚依頼を片付ける?
どういうことだろうか。
私の疑問を察したように、カウンターのエララさんが深いため息をつきながら説明してくれた。
「……あんたみたいな、規格外の新人が来ると、たまに、こうなるのさ」
彼女が指し示したのは、ギルドの壁にびっしりと貼られた大量の依頼書だった。
薬草採取、ゴブリン討伐、迷子の猫探し、畑仕事の手伝い……。
そのほとんどが低ランクの冒険者がやりたがらない地味で、報酬の安い雑用ばかり。
「ベテランは、こんな仕事を受けたがらない。新人は、もっと派手な仕事で一攫千金を夢見てる。結果、こういう誰でもできるはずの、でも、誰もやらない仕事がどんどん溜まっていくのさ。街の住民たちも困ってるんだよ」
「なるほど……」
「ギルドマスターは、言ってるのさ。あんたが、その誰もやりたがらない、つまらない仕事を全部片付けてくれるなら、特例として最高ランクのカードをくれてやるってね」
黒のカード。
それはギルドに多大な貢献をした者だけに与えられる名誉ランク。どんな依頼も自由に選ぶことができ、どんな国でも、貴族と同等の待遇が保証されるという伝説のカードだ。
「……どうじゃな、嬢ちゃん。悪い話では、ないじゃろう?」
ギルドマスターが試すような目で、私を見る。
私は少しだけ考え込んだ。
雑用をたくさん片付ける。それは、つまり『働かなくてはいけない』ということだ。
私のスローライフの信条に反する。
でも……。
「……その雑用を全部、片付ければ、もう二度とギルドに来なくても、いいですか?」
私の斜め上の質問に、ギルドマスターは一瞬、きょとんとした。しかし次の瞬間、腹を抱えて豪快に笑い出したのだ。
「がっはっはっはっは! 面白い! こいつは面白い! そうか、そうか、お前さんは、働きたくないのか!」
「はい。できれば、一生」
「気に入った! よかろう! その依頼を完璧にこなした暁には、お前さんの自由を保証してやろう! 永久、名誉冒険者としてな!」
ギルドマスターの、鶴の一声。
それに私は、にっこりと微笑んだ。
「……契約、成立ですね」
こうして初めての冒険者としての仕事は、ギルドに溜まった大量の雑用依頼の一掃に決定した。
私は壁に貼られた数十枚の依頼書を、一枚、一枚、丁寧に剥がしていく。
「……おい、リリ」
そんな私を見て、フィオナさんが呆れたように声をかけた。
「……あんた、まさか、それ全部、今日中に終わらせる気じゃないだろうな……?」
「え? もちろんです。面倒なことは、さっさと終わらせるに限りますから」
私は剥がした依頼書の束を大事そうに抱える。その数は、ざっと三十枚以上。
薬草採取から、ゴブリンの巣の討伐、果ては、街の子供の喧嘩の仲裁まで。
「フィオナさん」
「……なんだい」
「街の案内、お願いしてもいいですか? 私、まだ、この街の地理に詳しくないんです」
私の悪気のないお願い。
それにフィオナさんは、天を仰いで深いため息をついた。
「……分かったよ……。付き合ってやるよ、どこまでも……。私のルームメイトは、どうやら世界で一番面倒くさい新人様らしいからな……」
こうして私が初めて経験する『依頼』が始まった。
それは街中を一日中、駆けずり回る、とんでもなく忙しい一日の始まりでもあった。




