第42話 この世界で初めての就職活動
再び、リーフサイドの街へ。
しかし、私の足取りは、前回とは比べ物にならないほど重かった。
なぜなら、今回の目的は、楽しいお買い物ではなく『就職活動』だからだ。
「はぁ……。冒険者ギルドって、どんなところなんでしょうか。面接とか、あるんでしょうか。私、職務経歴書に書けるような経歴、何もありませんけど……」
「だから、会社じゃねえって言ってんだろ!」
「会社……? この世界に会社なんて……」
「どうでもいいだろ! 早く行くぞ!」
うーん、怪しい。この世界にも会社という単語が存在してるのかな? まあ、いいか。
私の社会人一年目のような不安に、隣を歩くフィオナさんが呆れたように前に出た。
「ギルドは実力主義だ。強ければ、それでいい。あんたの場合、実力は、ありすぎるくらいだからな。何も心配いらねえよ」
「でも、働きたくありません」
「その話は、もう終わりだ!」
そんな、気の抜けた会話をしながら、私たちは、街の中央広場に面した、ひときわ大きく、少しだけむさくるしい建物の前にたどり着いた。
木の扉には『冒険者ギルド・リーフサイド支部』という、勇ましい看板が掲げられている。
「ここが、ギルド……」
中に入ると、昼間だというのに、薄暗いホールには、酒と汗、男たちの熱気が渦巻いていた。
あちこちで屈強な冒険者たちが酒を酌み交わし、大声で武勇伝を語り合っている。
私にとっては、異世界のような光景だ。
中に入ると、その喧騒が一瞬だけ静かになった。
「……おい、あれ……『赤き疾風』のフィオナじゃねえか?」
「本当だ。なんで、こんな支部に……」
「隣にいる、フードの奴は、誰だ……?」
好奇と、少しの警戒が入り混じった視線が、私たちに突き刺さる。
フィオナさんは、そんな視線を意にも介さず、まっすぐカウンターへと向かった。
私も慌てて、その後を追う。
カウンターの向こう側には、白髪をきつく結い上げ、分厚い眼鏡をかけた、いかにも「ベテラン」といった雰囲気の女性職員が座っていた。
「あら、フィオナじゃないか。あんたみたいなA級が、こんな田舎の支部に何の用だい?」
「よう、エララさん。ちょっとね。こいつの新人登録を頼みたくてさ」
フィオナさんが親指で、私を示す。
エララさんと呼ばれた女性職員は、私を値踏みするように、じろり、と一瞥すると面倒くさそうに一枚の羊皮紙を取り出した。
「……はいよ。名前、年齢、出身地を、ここに書きな」
私はフードで顔を隠したまま、そこに『リリ、年齢はひみつ、森出身』とだけ、書いた。
「……ふざけた登録書だね。まあ、いいさ。次は、適性検査だ。あっちの水晶を軽く殴ってみな。あんたの身体能力を測定する」
エララさんが指差す先には、人間の上半身ほどの大きさの魔力を帯びた水晶が置かれていた。
「リリ、いいか。絶対に、力を入れるなよ。指先で、ちょん、と触るくらいで、いいからな!」
フィオナさんが真剣な顔で釘を刺す。
私はこくりと頷くと水晶の前に立った。
「えい」
私は言われた通り、人差し指で水晶の表面を、ちょん、と優しくつついた。
ピシッ
次の瞬間。
水晶に一本の亀裂が入った。
そして、その亀裂は凄まじい速度で水晶全体に広がり……。
パリンッッッ!!!
けたたましい音と共に、水晶は粉々に砕け散った。
「…………」
あれだけ騒がしかったギルドのホールが水を打ったように静まり返る。
全ての冒険者が口をあんぐりと開けて、こちらを見ていた。
「…………」
エララさんは無言だった。
ただ、眼鏡の奥の目がぴくと引きつっている。
「……ご、ごめんなさい……。ちょっと、力が入りすぎちゃったみたいで……」
「……」
私のしおらしい謝罪にエララさんは深いため息をつくと、もう一つの道具をカウンターの上に乗せた。
それは魔力を測定するための、ガラス玉のようなオーブだった。
「……次は、魔力測定だ。これに手をかざして、魔力をほんの、ほんの爪の先ほどだけ流し込みな」
その声は、なぜかさっきよりも低くドスの利いたものになっていた。
私は言われた通り、オーブにそっと手をかざす。そして体内の魔力の中からスプーン一杯分にも満たない、ごくごく微量の魔力をそっとオーブに送った。
オーブが淡い青色の光を放つ。新人冒険者としては標準的な光だ。
よし、今度はうまくいった。
そう思った矢先。
青い光は、白に、そして目を焼くような、黄金色へと輝きを増していく。
ギルド全体が真昼のように照らし出された。
「うわっ!?」
「ま、眩しい!」
冒険者たちの悲鳴。
黄金色の光は、やがて全ての光を飲み込むような漆黒へと転じたのだ。
オーブは、まるで小さなブラックホールのように周囲の光を吸い込んでいく。
ポフッ
最後には何の音もなく、ただ黒い灰になって、さらさらとカウンターの上に崩れ落ちた。
「…………」
ギルドは、再び沈黙に包まれた。
エララさんは黒い灰と私を交互に見つめ、そして、ゆっくりと自分のこめかみを指でぐりぐりと押さえた。
「……フィオナ」
「……は、はい」
「……今日の、うちのギルドの備品は、どうやら二つとも不良品だったようだねえ」
「……そ、そうみたい、ですね……」
「……新人登録、完了だよ。あんたは、今日から最低ランクのFランク冒険者だ。登録料と備品破損の迷惑料として、銀貨一枚、ここに置いていきな」
あまりにも現実逃避的な事務処理。
私は素直に銀貨を一枚、カウンターに置いた。
「ありがとうございます! これで、私にも身分証が!」
私は念願のFランクのギルドカードを受け取り、満面の笑みを浮かべた。
フィオナさんが歩く人間災害である私を一刻も早く、外に連れ出そうと腕を掴む。
その時だった。
ギルドの奥の扉がゆっくりと開かれたのだ。現れたのは、ギルドマスターであろう片眼鏡をかけた威厳のあるドワーフの老人だった。
彼はカウンターの上の灰と床の水晶の欠片を凝視する。そして、その鋭い全てを見透かすような視線をまっすぐに私に向けた。
「……ほう。面白い新人が来たもんじゃのう」
まずい。一番、目立ってはいけない人に、一番、目立ってしまったらしい。
私の平穏な就職活動は、とんでもない波乱の幕開けとなる予感がした。




