第41話 旅のしおり
「よし! それじゃあ、早速、南の港町『アクアリア』までの、旅のしおりを作りましょう!」
私の遠足気分丸出しの提案に、フィオナさんは「しおりって……」と呆れながらも、どこか楽しそうに空中に浮かぶ立体地図を覗き込んだ。
私たちの、初めての本格的な冒険計画が、今、始まる。
「いいかい、リリ。ここが私たちの森だろ。で、こっちが目的地の『アクアリア』。直線距離でも、かなりのもんだ」
フィオナさんが地図の上に赤い光の線を引く。
「普通に馬車道を安全に進むなら、途中の大きな街で補給しながら、大体、二週間ってところだな」
「二週間……! そんなにかかるんですか。結構、長いですね」
私のあまりにものんびりした感想に、フィオナさんが苦笑いする。
「まあ、あんたの脚力なら三日もかからんだろうがな……。で、ルートだが、この『銀の街道』を、まっすぐ南下するのが、一番安全で確実だ」
彼女が指し示したのは、地図の上でも、ひときわ太く表示されている主要な街道だった。
「ふむふむ。……でも、フィオナさん」
「ん?」
「この街道のすぐ東にある、このキラキラ光っている森は、何です?」
「ああ、そりゃ『妖精のささやきの森』だ。一度入ったら、二度と出てこられないって言われる魔の森だよ。妖精に魅入られちまうんだとさ」
「まあ、素敵! ちょっと寄り道していきませんか?」
「するな!」
フィオナさんの鋭いツッコミが飛ぶ。
「じゃあ、こっちのプリンみたいな形をした山は?」
「それは、プリンじゃなくて、『ゴルゴン火山』だ! 今も普通に噴火してる活火山だぞ!」
「頂上からの景色が綺麗そうですね。登ってみませんか?」
「死ぬ気か、お前は!」
どうやら私とフィオナさんの間には『観光名所』と『危険地帯』の認識に大きな、大きな、隔たりがあるらしい。
私が綺麗な場所や面白そうな場所を指差すたびに、フィオナさんが悲鳴のようなツッコミを入れる。そのやり取りは、まるで夫婦漫才のようだった。
「……はぁ、はぁ……。もう、いい……。寄り道は、一切、禁止だ! 分かったな!」
すっかり言い疲れ、説得し疲れたフィオナさんが、ぜえぜえと、息を切らしている。
仕方ない。今回はフィオナさんの言うことを聞いてあげよう。
「分かりました。じゃあ、街道をまっすぐ……」
私がそう言いかけた、その時だった。
フィオナさんが、はっ、と何かを思い出したように顔を上げた。
「……待てよ、リリ」
「はい?」
「……やばい……。一つとんでもなく面倒なことを忘れてた……」
彼女の顔がさっと青ざめていく。
「この街道を進むと、途中で『中央自治領』を通過することになるんだ」
「中央自治領?」
「ああ。王国とは別の法律で動いてる、独立した領地だ。あそこは旅人の管理がめちゃくちゃ厳しい。特に関所は厳重で有名でな……」
フィオナさんはそこで一度、言葉を切ると、私の顔をじっと見つめた。
「……リリ。お前、身分を証明できるもの何か持ってるか?」
「みぶん……しょうめいしょ……?」
15年間、森の住民として、そんなもの必要としたことは一度もない。
「……持って、ませんけど……」
「だよなあ!」
フィオナさんが、がっくりと頭を抱えた。
「ダメだ……! 身分証がなけりゃ、関所は絶対に通れない! 下手すりゃ、不審者として捕まるぞ!」
「えええ!? そんな厳しいんですか!?」
「当たり前だ! ……どうする……。今から、あんたの戸籍をどうにかするなんて無理だし……」
フィオナさんは、うーんと、唸りながら必死に考え込んでいる。
そして、しばらくして一つの結論にたどり着いたようだった。
「……仕方ない。リリ」
「はい」
「あんた、冒険者になるぞ」
「…………はい?」
予想の斜め上を行く提案だった。
「冒険者ギルドに登録すれば、正式な身分証として、ギルドカードが発行されるんだ。それさえあれば、どこの関所だって、大抵は顔パスで通れる」
「な、なるほど……」
「一番、手っ取り早くて確実な方法だ。幸い、リーフサイドの街には、ギルドの支部がある。そこに行って登録を済ませるぞ!」
フィオナさんは、名案だとばかりに、私の肩をバンと叩いた。
しかし、私は全く乗り気ではない。
「……ええと……。冒険者になる、ということは、お仕事をするということですよね……?」
「まあ、そうだな。依頼を受けて、それをこなすのが仕事だ」
「……私、働きたくないんですけど……」
私のあまりにも正直すぎる心の声。
それにフィオナさんは盛大にずっこけた。
「お前は、スローライフをなんだと思ってるんだ!」
「のんびり、気ままに、暮らすことです!」
「そのために、今、頑張るんだろうが!」
彼女のあまりにも正論な言葉に、私はぐうの音も出ない。
確かに、ここでちょっとだけ頑張れば、その先には快適な南の海への旅路が待っているのだ。
「……はぁぁぁ……。分かりました……」
私は観念して頷いた。
「分かりましたよ。なります。冒険者になってやりますよ……」
こうして私の冒険の旅は、始まる前から、いきなり『就職活動』から、スタートすることが決定してしまった。
私は、冒険の準備リストに、震える手で新しい項目を書き加える。
『5.就職する(冒険者ギルドに登録)』
そのあまりにも夢のない文字列に、私はこの旅の前途多難さを改めて思い知らされたのだった。




